ペットゲット
俺って神父だよな?
当たり前みたいに出てきたけど、騎士団が神父に応援要請するんじゃないよ。
「特徴は?」
「赤黒い毛。黒い角。そして……身体から黒い霧を放っています」
俺は少し考えた。
その特徴。
前世のゲームで見たことがある。
「……グラヴァルか」
騎士が目を見開いた。
「ご存じなのですか?」
「知っている」
ゲームに登場したS級魔獣。
かなり強かった記憶がある。
序盤・中盤で遭遇したら、まず勝てない。
RTAで遭遇したらリセット確定。
プレイヤー側が最高位レベルでも、単独では相手にしない方がいい。
それくらいの魔獣だった。
「S級魔獣……グラヴァル」
騎士が呟く。
その声には、明らかな恐怖が混じっていた。
S級魔獣。
魔獣の中でも、最上位に分類される存在。
一体現れただけで、街や村が避難を検討するほどの脅威。
討伐するとなれば、王国騎士団やS級冒険者を含む大規模な戦力が必要になる。
つまり。
普通なら、俺が朝食を食べながら聞くような話ではない。
「……それで、人を襲ったのか?」
俺が尋ねると、騎士は首を横に振った。
「それが……」
少し言いにくそうに口を開く。
「グラヴァルには、人間を襲った記録がありません」
「ない?」
「はい」
S級魔獣。
それほどの力を持っているにもかかわらず。
これまで確認されているグラヴァルは、森の中で他の魔獣を狩ったり、縄張りを移動したりするだけだった。
人間の村が近くにあっても、わざわざ襲うことはない。
冒険者が遭遇しても、向こうから襲いかかってくることはなかったという。
だからこそ。
人間にとっては恐ろしい存在でありながら、グラヴァルには妙な評価がついていた。
「危険ではある。だが、人を襲わない魔獣」
それが、今までのグラヴァルだった。
「なのに今回は暴れている、と」
「はい」
俺は立ち上がった。
「行く」
「神父様、自らですか?」
「そうだ」
「ですが、相手はS級魔獣です!」
「分かっている」
俺は教会を出た。
◆
北の森。
森の奥から、巨大な音が響いていた。
木々が倒れる。
地面が揺れる。
そして。
現れた。
巨大な魔獣。
四本の脚。
赤黒い毛。
身体は巨大だが、ただ大きいだけではない。
無駄な肉が一切なく、鋭く引き締まった四肢。
長く伸びた尾。
獣としての力強さと、異様なほど整った体躯。
まるで何かの彫像を、そのまま巨大な獣にしたような姿だった。
頭部からは、ねじれた黒い角が左右へ伸びている。
長い牙。
鋭い爪。
濁った赤い瞳。
そして。
皮膚には黒い亀裂が走り、その隙間から黒い霧が絶えず漏れ出している。
見れば見るほど、異様だった。
美しい。
そう思わせるほど整った姿なのに。
同時に。
どうしようもなく悍ましい。
近づいてはいけない。
そう本能に訴えかけてくるような姿だった。
「……あれが、グラヴァル」
騎士たちが息を呑む。
確かに怖い。
ゲームで見たときより、ずっと大きい。
それに。
実物の方が、圧倒的に迫力がある。
赤黒い毛並み。
黒い角。
異形の巨体。
それだけなら、ただの強大な魔獣だ。
だが。
あの黒い霧が異様だった。
まるで身体の中から何か別のものが這い出しているように見える。
「神父様、お下がりください!」
騎士が叫ぶ。
俺は動かなかった。
グラヴァルがこちらを見る。
唸り声。
黒い霧。
巨大な身体。
だが。
俺には、違和感があった。
「……おかしいな」
「何がです?」
「こいつは、本来こうじゃない」
ゲームの記憶。
グラヴァルは確かに凶悪な見た目だった。
だが、こんな黒い霧をまとってはいなかった。
もっと黒く。
もっと鋭く。
それでも、どこか獣としての美しさがあった。
今の姿は違う。
何かがおかしい。
「あれは、魔力じゃない」
俺は目を細めた。
黒い霧の奥。
その身体に、本来存在しない魔力が絡みついている。
「……何かが混ざっている」
「何か、とは?」
「分からない」
俺にも、そこまでは分からない。
ただ。
外から入り込んでいる。
それだけは、なんとなく分かった。
「……外から入り込んでいるな」
「外から?」
俺はグラヴァルを見つめた。
黒い霧の奥。
その身体に、本来存在しない魔力が絡みついている。
呪い。
瘴気。
あるいは、それに近い何か。
「なるほど」
理由は分かった。
たぶん。
いや。
……たぶんだ。
「神父様!」
騎士が叫ぶ。
グラヴァルが動いた。
巨大な身体が、こちらへ向かってくる。
地面が揺れる。
木々が震える。
その巨体が近づくほど、黒い霧が濃くなる。
普通なら、逃げるところだ。
だが俺は、一歩前へ出た。
「止まれ」
グラヴァルの足が止まった。
巨大な身体が、俺の目の前で静止する。
「……やっぱりな」
敵意がない。
少なくとも、こいつ自身には。
「お前、人を襲いたいわけじゃないだろう」
グラヴァルは俺を見つめている。
濁った赤い瞳。
その奥に。
ほんの僅かに、苦しそうな色が見えた。
俺は手を伸ばした。
「少し触るぞ」
そのまま、グラヴァルの身体に手を置く。
黒い霧が大きく揺れた。
「……これか」
俺の手から、淡い光が広がる。
黒い霧だけが、ゆっくりと剥がれていく。
グラヴァルの身体そのものには触れない。
本来持っている魔力も消えない。
ただ。
外から入り込んだ異物だけを取り除く。
「これは治療じゃない」
俺は呟いた。
「元に戻しているだけだ」
黒い霧が消える。
黒い亀裂が、少しずつ薄れていく。
濁っていた赤い瞳からも、ゆっくりと濁りが抜けていく。
そして。
最後の黒い霧が消えた。
静寂。
誰も声を出さなかった。
グラヴァルの姿が、はっきりと見える。
黒い毛並み。
だが、先ほどまでの赤黒さとは違う。
光を受けると、深い赤の光沢が浮かぶ。
まるで黒曜石のような艶。
黒い角はそのまま残っている。
しかし、禍々しくねじれていた輪郭は、今では鋭く整っている。
左右へ伸びる角は、まるで王冠のようだった。
赤かった瞳は。
いつの間にか、深い金色へ変わっている。
その眼差しには知性すら感じられた。
身体に残るのは、ほんの僅かな魔力の紋様。
黒い毛並みの中に、赤い線が淡く浮かんでいる。
巨大。
それなのに、動きには一切の無駄がない。
長い尾が静かに揺れる。
獣としての荒々しさを残しながら。
どこか気品すらある。
さっきまでの悍ましさとは違う。
いや。
完全に消えたわけではない。
むしろ。
本来の美しさが戻ったことで、その強大さがよりはっきりと分かる。
美しい。
そして。
怖い。
近くにいるだけで、身体が本能的に警戒する。
それなのに。
不思議と目を離せない。
そんな魔獣だった。
「……」
騎士たちは言葉を失っていた。
俺も少しだけ見つめる。
……かっこいいな。
ゲームで見たときも、こんな感じだったか?
いや。
もっと普通に怖いデザインだった気がする。
現実で見ると、妙に迫力がある。
「……終わった」
グラヴァルが、ゆっくりと頭を下げる。
「?」
何をしているんだ。
俺が一歩近づく。
グラヴァルも一歩近づいてくる。
そして。
俺の目の前に伏せた。
「……大人しいな」
騎士たちは完全に固まっていた。
S級魔獣。
国が恐れる存在。
その魔獣が今。
神父の足元で伏せている。
俺は少し考えた。
「グラヴァル」
その名を呼んだ瞬間。
グラヴァルの耳が、ぴくりと動いた。
金色の瞳が、俺を見上げる。
そして。
ただ。
俺の手に頭を押しつけてきた。
「そうか」
俺はその頭を撫でた。
硬く整った毛並み。
思ったより触り心地がいい。
なぜか。
グラヴァルは嬉しそうに目を細めた。
その光景を見ていた騎士の一人が、震える声で呟く。
「……神父様」
「なんだ」
「まさか……」
騎士が恐る恐る尋ねる。
「その魔獣を、どうするおつもりですか?」
俺はグラヴァルを見る。
グラヴァルも俺を見る。
少し考える。
「飼う」
「…………」
騎士たちが沈黙した。
「……飼う?」
「そうだ」
「S級魔獣を?」
「そうだ」
「教会で?」
「そのつもりだ」
「…………」
何か問題でもあるのだろうか。
人を襲ったこともない。
今は大人しい。
俺の言うことも聞く。
なら。
「飼えるだろう」
騎士たちは、誰も反論できなかった。
グラヴァルは俺の隣に座っている。
大きい。
ものすごく大きい。
教会の廊下を通れるかは、少し怪しい。
……まあ。
なんとかなるだろう。
◆
その日の昼。
王都中に、とんでもない噂が広がった。
「神父様がS級魔獣を倒したらしい」
「いや、倒してない。従えてる」
「S級魔獣を?」
「しかも教会で飼うらしい」
「何を考えてるんだ……」
当然だが。
俺は何も考えていない。
ただ。
助けられるなら助けただけだ。
そして。
グラヴァルは、なぜか俺の後ろをついてくる。
「……お前、本当に俺についてくるのか?」
グラヴァルが歩く。
俺が止まる。
グラヴァルも止まる。
「……そうか」
俺は歩き出した。
今日から。
俺の神父生活に、S級魔獣が加わった。
静かな生活から。
また一つ、遠ざかった気がする。
……いや。
もう諦めよう。
「グラヴァル。教会では大人しくしていろ」
グラヴァルが小さく鳴いた。
「よし」
俺は満足して歩き出す。
その後ろを。
世界最上位の魔獣が、嬉しそうについてきていた。




