幼馴染はよく馴染む
王都の大聖堂に赴任して、一週間。
俺は。
忙しかった。
とにかく忙しい。
朝から相談。
昼も相談。
昼食中にも相談。
最近では、俺がパンを持った瞬間に、
「神父様、少しよろしいでしょうか」
と来る。
よくない。
今から食べるところだ。
パンくらい。
パンくらい静かに食わせてくれ。
しかし。
神父なので、話は聞く。
「次の方」
「はい!」
「どうぞ」
「実は――」
今日もそんな感じだった。
俺の昼食は。
また冷めた。
◆
「神父様」
「何だ」
「次の方です」
「分かった」
扉が開く。
俺はいつものように顔を上げた。
そして。
止まった。
「…………」
そこにいたのは。
一人の女性だった。
腰に剣。
背中に旅装。
長くなった髪。
そして。
見覚えのある顔。
「……久しぶり」
「…………」
俺は黙った。
知っている。
ものすごく知っている。
というか。
幼い頃から、ずっと一緒だった。
「……お前か」
「うん」
彼女は笑った。
その笑顔だけは。
昔と変わらない。
……まあ。
大人になったな。
昔よりずっと綺麗になっている。
いや。
待て。
何を考えている。
神父だぞ、俺。
「元気そうだね」
「そうか」
「うん」
「お前もな」
「ありがとう」
よし。
普通。
今の俺は、かなり普通だ。
問題ない。
たぶん。
◆
「冒険者になったのか」
俺は彼女の腰の剣を見る。
「そうだよ」
「そうか」
「前に話したでしょ?」
「覚えている」
「そっか」
彼女は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、私のことも知ってる?」
「何の話だ」
「最近、ちょっと有名になったから」
「…………」
ちょっと。
嫌な予感がする。
「どれくらいだ」
「えっと」
彼女は少し考える。
「『銀剣のミレア』って呼ばれてる」
「…………」
聞いたことがある。
というか。
昨日、冒険者たちが大騒ぎしていた。
『銀剣のミレアが北の魔王領でS級魔獣を倒した』
『一人で古代遺跡を攻略した』
『あの人、S級冒険者の中でも別格らしいぞ』
とか。
あと。
『酒場で食事してたら知らない人にサインを求められて困ってた』
とか。
最後のはどうでもいい。
「……お前だったのか」
「うん」
「…………」
知らなかった。
いや。
知るわけがない。
俺は最近まで教会からほとんど出ていない。
世間の情報なんて。
なんか最近魚が高くなってるくらいだ。
「お前、S級冒険者なのか」
「そうだよ」
「…………」
S級。
この世界で、数えるほどしかいない。
冒険者の頂点。
国からも一目置かれる存在。
魔王領へ単独で入れるレベル。
そんな奴が。
目の前にいる。
「昔から、強くなりたいって言ってたな」
「覚えてたんだ」
「忘れるわけがない」
「そっか」
彼女は嬉しそうに笑った。
……なんだろう。
昔と同じだ。
見た目は大人になったのに。
笑うところは変わっていない。
◆
「それで?」
俺は椅子を勧める。
「何の用だ」
「王都に来たから」
彼女は普通に答えた。
「会いに来た」
「それだけか?」
「それだけ」
「そうか」
本当にそれだけらしい。
S級冒険者が。
わざわざ王都まで来て。
幼馴染に会いに来た。
「久しぶりだったから」
「そうか」
「うん」
「なら、座れ」
「もう座ってるよ」
「…………」
そうだった。
俺は何を言っている。
◆
「でも」
彼女が部屋の外を見る。
「すごいね」
「何がだ」
「人」
「……ああ」
「大聖堂の前まで並んでたよ」
「そうなんだよ」
「何をそんなに相談してるの?」
「色々だ」
「例えば?」
「店のこと」
「うん」
「剣のこと」
「うん」
「人生のこと」
「うん」
「魚のこと」
「魚?」
「魚だ」
彼女が吹き出した。
「ふふっ」
「笑うな」
「ごめん」
「魚は重要だ」
「うん」
絶対分かってない。
◆
「昔から、人が集まってたもんね」
「そうだったか?」
「そうだよ」
「覚えてない」
「私は覚えてる」
彼女は懐かしそうに笑う。
「教会で何かあると、みんなあなたに聞きに行ってた」
「俺に?」
「うん」
「何を聞いてたんだ」
「色々」
「例えば?」
彼女は少し考える。
「『それはお前が決めろ』とか」
「…………」
「『やればいい』とか」
「…………」
「『考えれば分かる』とか」
「…………」
それ。
今とほとんど変わってないな。
俺、成長してないのか?
いや。
違う。
ブレていないだけだ。
たぶん。
「それで、みんな納得してた」
「そうか」
「昔から凄かったよ」
「…………」
また始まった。
「俺が?」
「うん」
「そうか?」
「そうだよ」
彼女は当然のように頷く。
「昔から、私よりずっと強かったし」
「それはまあ……」
事実だ。
「剣も勝てなかった」
「ああ」
「走っても勝てなかった」
「ああ」
「木登りも」
「ああ」
「腕相撲も」
「ああ」
「石投げも」
「ああ」
「じゃんけんも」
「……それは運だ」
「でも負けたよ?」
「…………」
負けた。
◆
「だから」
彼女は笑う。
「王都で噂を聞いたときも、そんなに驚かなかった」
「何を聞いた」
「魔獣を素手で止めたって」
「ああ」
「人の心を見抜くって」
「それは違う」
「未来まで見えるって」
「それも違う」
「でも」
彼女は首を傾げる。
「魔獣は止めたんだよね?」
「止めた」
「素手で?」
「素手で」
「じゃあ、やっぱり凄いね」
「…………」
否定できない。
「昔から何でもできたじゃん」
「限度はある」
「そう?」
「ああ」
「私、S級になったよ?」
「そうだな」
「でも」
彼女は笑う。
「昔はあなたに一度も勝てなかった」
「そうだったな」
「だから、今でもちょっと悔しい」
「今度やるか?」
「いいの?」
「構わない」
「じゃあ、やろう」
「結果は変わらないがな」
「ふふっ」
楽しそうだ。
……S級になっても。
こういうところは変わらないんだな。
◆
「でも」
彼女が少しだけ真面目な顔になる。
「今のあなたは、昔よりもっと凄くなったんだね」
「…………」
「なんか安心した」
「なぜだ」
「私が知ってるあなたが、そのまま大きくなった感じがするから」
「そうか」
「うん」
彼女は笑う。
「昔から凄かったけど」
「……」
「今は、王都中の人が知ってる」
「それは困る」
「どうして?」
「静かに暮らしたい」
「無理じゃないかな」
「…………」
即答された。
こいつ。
昔から、こういうところだけ妙に現実的だ。
◆
「そういえば」
彼女が俺を見る。
「私の名前、聞いたことあった?」
「ああ」
「どこで?」
「冒険者たちが話していた」
「そっか」
「S級だとは知らなかった」
「まあ、わざわざ言わないからね」
「そうなのか」
「うん」
彼女は肩をすくめる。
「S級って言っても、冒険者として仕事してるだけだし」
「…………」
S級が。
「仕事してるだけ」
と言った。
世界でも数えるほどしかいないんだが。
俺の幼馴染。
思っていたより。
かなり凄い奴だった。
いや。
知っていた。
昔から強かった。
ただ。
規模がおかしい。
◆
そのとき。
外から声が聞こえた。
「神父様!」
「相談があります!」
「少し待て」
俺が言う。
外が。
ピタッ。
と静かになった。
彼女が目を丸くする。
「……すごい」
「何がだ」
「一言で静かになった」
「騒がしかったから止めただけだ」
「普通は止まらないよ」
「そうなのか?」
「うん」
彼女は笑う。
「やっぱり、あなたは凄いね」
「…………」
まただ。
何をやっても褒められる。
昔からそうだった。
「俺は普通だ」
「そういうところも変わらないね」
「何がだ」
「自分では普通だと思ってるところ」
「普通だ」
「ふふっ」
また笑った。
◆
しばらく話したあと。
彼女が立ち上がる。
「今日はもう帰るね」
「そうか」
「また来てもいい?」
「好きにしろ」
「ありがとう」
「宿は取ってあるのか」
「うん」
「なら問題ない」
「心配してくれた?」
「当然だ」
「そっか」
彼女は嬉しそうに笑った。
……。
まあ。
なんだ。
昔から知っている顔が。
久しぶりに目の前にいる。
それだけなのに。
妙に落ち着く。
……あと。
やっぱり。
綺麗になったな。
これは。
本人には言わない。
絶対に。
◆
彼女が扉の前で振り返る。
「ねえ」
「何だ」
「今度、勝負しようよ」
「勝負?」
「うん」
「何でだ」
「S級になったから」
「関係ないだろ」
「あるよ」
彼女は笑う。
「今度こそ勝てるかもしれないし」
「無理だ」
即答した。
「早いよ」
「事実だ」
「昔からそういうところだけ自信あるよね」
「事実だからな」
「ふふっ」
彼女は楽しそうに笑う。
「じゃあ、楽しみにしてる」
「好きにしろ」
「うん」
「またな」
「またね」
扉が閉まる。
◆
静かになった。
俺は椅子に座る。
「…………」
なんというか。
久しぶりだった。
昔は。
毎日のように一緒にいた。
それが。
いつの間にかS級冒険者。
王都でも名前を知られている。
俺の知らないところで。
随分と遠くまで行ったらしい。
「……凄い奴になったな」
少しだけ。
嬉しかった。
……まあ。
昔から俺が勝っていたけど。
そこは別だ。
◆
「神父様」
「何だ」
後ろから声がした。
若い神官だ。
「今の方は?」
「幼馴染だ」
「…………」
神官が固まる。
「まさか……」
「何だ」
「『銀剣のミレア』ですか?」
「ああ」
「…………」
神官が。
ものすごい顔をした。
「S級冒険者の!?」
「そうらしい」
「そうらしいって……!」
「さっき知った」
「知らなかったんですか!?」
「知らなかった」
神官は頭を抱えた。
「王都では有名ですよ!?」
「そうなのか」
「誰でも知っています!」
「へえ」
「S級ですよ!?」
「分かった」
「分かってないですよね!?」
うるさい。
◆
神官がしばらく悩んだあと。
突然。
俺を見る。
「……神父様」
「何だ」
「もしかして」
嫌な予感がする。
「S級冒険者より強いんですか?」
「…………」
そういう話になるのか。
「昔は俺が勝っていた」
「…………」
神官が。
完全に黙った。
そして。
ゆっくりと。
何かを悟った顔になる。
やめろ。
その顔をするな。
「つまり……」
「何だ」
「S級冒険者ですら」
神官が震える。
「幼少期から、神父様には勝てなかった……」
「…………」
「つまり」
やめろ。
「神父様は、子供の頃からS級以上……」
「待て」
「やはり規格外だったのですね!」
「話を聞け」
もう遅かった。
神官は。
完全に納得していた。
◆
その日の夕方。
また噂が広がった。
――大聖堂の神父には、S級冒険者の幼馴染がいる。
――そのS級冒険者は、幼少期から神父に一度も勝てなかった。
――つまり。
――神父は幼少期からS級冒険者を上回っていた。
「…………」
違う。
いや。
大体合っている。
そこが一番困る。
しかも。
「S級か……」
俺は窓の外を見る。
あいつ。
本当に凄くなったんだな。
昔は。
俺の後ろを走っていたのに。
今じゃ。
王都中が知っている冒険者だ。
「……まあ」
少しだけ口元が緩む。
「立派になったな」
誰も聞いていない。
だから。
これは。
普通に言っていい。
◆
その夜。
王都から少し離れた森。
一人の男が歩いていた。
黒い外套。
手には黒い魔石。
「……魔獣は失敗した」
男は呟く。
「だが、まだ終わってはいない」
魔石が脈打つ。
「大聖堂の神父……」
男の声が低くなる。
「次は、必ず――」
ガサッ。
「…………」
男が振り返る。
ガサガサッ。
「……何だ?」
木々が揺れる。
巨大な影。
男の顔が引きつる。
「まさか……」
魔物だった。
しかも。
かなり大きい。
「なぜ、こんな場所に……」
魔物が男を見る。
「グルル……」
「…………」
男は。
逃げた。
全力で。
◆
翌朝。
「神父様!」
「何だ」
「北の森で巨大な魔物が出たそうです!」
「そうか」
「騎士団から応援要請が来ています!」
「分かった」
俺は立ち上がる。
「行く」
「はい!」
……。
またか。
俺は思う。
神父になって。
まだ一週間。
なのに。
相談。
噂。
魔獣。
幼馴染。
S級冒険者。
そして。
また魔物。
「…………」
俺は窓の外を見る。
今日は。
昼寝できるだろうか。
たぶん。
無理だな。
「……面倒だ」
俺はそう呟いて。
大聖堂を出た。




