↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/13

神父的には敵じゃない

王都の大聖堂に赴任して、五日目。


俺は今日も、椅子に座っていた。


「……暇だな」


二日目までは、そう思っていた。


三日目からは、そう思う暇がなくなった。


「神父様、相談が――」


「神父様、少しお聞きしたいことが――」


「神父様! 昨日の件ですが――」


朝から人が来る。


冒険者。


騎士。


商人。


時には貴族まで。


どうやら、俺に相談すれば何かしら答えが返ってくる。


そんな噂が、王都中に広がり始めているらしい。


……なんでだ。


俺は適当に答えているだけなんだけどな。


「神父様」


今日も一人の男が入ってきた。


白銀の鎧を身につけた騎士だった。


その表情は硬い。


「どうした?」


「西門付近で、魔物が確認されました」


「魔物?」


「はい。しかも、通常なら王都へ近づくはずのない種類です」


男は一枚の紙を机の上に置いた。


そこには、魔物の目撃地点が記されている。


俺は紙を見る。


……この配置。


見覚えがある。


ゲームの知識。


『聖印のレクイエム』でも、似たような現象があった。


魔物が突然、街の近くへ集まり始める。


そして、その原因は――。


「……西門だけじゃないな」


「!」


騎士の顔が変わった。


「北東の森」


俺は地図を指差す。


「ここでも、魔物の目撃が増えているはずだ」


「……その通りです」


やっぱりか。


嫌な予感がする。


俺は地図を眺めながら考えた。


ゲームでは、この後に大規模な魔物襲撃が起きた。


でも。


ここはゲームの世界じゃない。


同じことが起こるとは限らない。


「騎士団は、魔物を討伐するつもりか?」


「はい。そのために――」


「やめたほうがいい」


「……え?」


俺は地図を見たまま答えた。


「これは、魔物の問題じゃない」


「では、何が……?」


「誰かが、魔物を動かしている」


騎士が息を呑んだ。


「根拠は?」


「……」


しまった。


何もない。


ゲームでそうだっただけだ。


どうする。


適当にそれっぽいことを言うか。


「魔物が、自ら危険な場所へ集まる理由は少ない」


俺は地図を指でなぞった。


「餌を求めたわけでもない」


「……」


「縄張りを広げたわけでもない」


「……」


「ならば、そこには目的がある」


自分で言っていて、少し格好いい気がした。


「魔物を追うな」


俺は騎士を見る。


「魔物を動かしている者を探せ」


「……承知しました」


騎士は深く頭を下げた。


そして部屋を出ていった。


……大丈夫かな。


俺の勘だけど。


当たってるといいな。


そう思っていた、その時だった。


――ドンッ!!


大聖堂の外から、巨大な音が響いた。


「な、なんだ!?」


廊下が騒がしくなる。


俺は窓へ向かった。


王都の西門。


そこに、巨大な影が見える。


「……魔物?」


違う。


大きすぎる。


四本の脚。


黒い外殻。


赤く光る眼。


ゲームで見たことがある。


――魔獣。


しかも、かなり強い個体だ。


「神父様!」


さっきの騎士が戻ってきた。


「西門に魔獣が出現しました!」


「分かった」


俺は立ち上がる。


「住民の避難を」


「しかし、あの魔獣は――」


「俺が行く」


「……え?」


騎士が固まった。


俺は大聖堂の扉へ向かう。


別に英雄になりたいわけじゃない。


目の前で人が死ぬのを見たくないだけだ。


それに。


あんなものが王都で暴れたら、教会の修繕費が大変なことになる。


……それは絶対に避けたい。


外へ出る。


遠くから、魔獣の咆哮が響いた。


「グォォォォォォッ!!」


その瞬間。


大聖堂の周囲にいた人々が、一斉に逃げ始めた。


俺は一人、魔獣へ向かって歩く。


「神父様!」


誰かが叫んだ。


「危険です!」


「下がってください!」


聞こえてくる声。


だけど俺は止まらない。


魔獣がこちらを見た。


赤い眼。


巨大な牙。


俺を敵と認識したらしい。


「グルル……」


「……」


さて。


どうする。


剣は持っていない。


魔法でもいいけど。


人が多すぎる。


派手な魔法を使えば、街まで壊れる。


なら。


これでいいか。


俺は右手を上げた。


「止まれ」


魔獣が踏み込む。


地面が揺れた。


巨大な爪が振り下ろされる。


その瞬間。


俺は右手を前に出した。


――ズン。


空気が震えた。


魔獣の爪が。


俺の手のひらの前で止まった。


「……え?」


周囲から声が漏れる。


俺自身も少し驚いた。


止まるとは思っていた。


でも。


思ったより軽い。


「……そうか」


俺は魔獣を見る。


「お前も、怖いんだな」


魔獣が唸る。


俺はその額に手を伸ばした。


「なら、もう終わりだ」


指先が触れた瞬間。


――パァンッ!!


魔獣を包んでいた黒い瘴気が、霧のように消えた。


巨体が崩れ落ちる。


だが、死んではいない。


ただ眠っているだけだ。


「…………」


周囲が静まり返った。


俺は魔獣から手を離した。


「これで大丈夫だ」


誰も答えない。


騎士も。


冒険者も。


住民も。


ただ俺を見ている。


……あれ?


何かまずかったか?


俺は少し考えてから言った。


「力は、人を傷つけるためじゃなく、守るためにあるんだ」


――沈黙。


誰かが、息を呑んだ。


俺はその反応を見て。


……また言いすぎたかな。


そう思った。


けれど。


周囲の人々は、違う意味で沈黙していた。


「……あれほどの魔獣を」


「触れただけで……」


「神父様が……?」


「一体、何者なんだ……」


そして。


その場にいた騎士の一人が、震える声で呟いた。


「まるで……神そのものだ」


俺は聞こえないふりをした。


いや。


聞かなかったことにした。


神父なのだから。


神と同一視されるのは、ちょっと困る。


俺はただ。


自分がラスボスにならないために。


目立たないように生きたいだけなのだから。


――その夜。


王都では、一つの噂が広がった。


『大聖堂の神父は、魔獣を素手で止めた』


『しかも、殺さずに浄化した』


『あの方は、魔物の心すら理解している』


『いや……あれは本当に人間なのか?』


噂は、一晩で王都を駆け巡った。


そして。


その噂を聞いた一人の少女が、王都へ向けて歩き始めていた。


まだ、俺は知らない。


この出来事が。


俺の望んでいた「平穏な神父生活」を。


完全に終わらせることになるとは。


「……明日は絶対、筋肉痛だな」


そして翌朝。


俺のところには。


昨日までとは比べ物にならない数の人間が、押し寄せることになる。


「神父様に相談したい!」


「神父様に会わせてくれ!」


「神父様なら、あの魔獣の正体も分かるはずだ!」


「神父様は未来まで見えているらしいぞ!」


「……いや、待ってくれ」


俺は頭を抱えた。


「話が大きくなりすぎてないか?」


こうして。


俺の平穏な神父生活は。


1週間も経たずに、終わった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。