適当言ってるだけですが
王都の大聖堂に赴任してから、三日が経った。
俺はというと――。
「……暇だな」
大聖堂の一室。
俺は窓の外を眺めながら、静かに息を吐いた。
大聖堂の神父ともなれば、さぞ忙しいのだろう。
そう思っていた。
だが、実際にやっていることは。
祈りを捧げる。
書類に目を通す。
信者の話を聞く。
その程度だ。
そして。
なぜか俺のところには、相談に来る人間が多かった。
「神父様。少し、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」
「構わない」
できるだけ落ち着いて答える。
神父なのだから、それくらいの威厳は必要だろう。
「実は……」
今日の相談者は、若い冒険者だった。
仲間との関係が上手くいっていないらしい。
話を聞く。
聞く。
そして――。
「……そうか」
俺は目を伏せた。
さて。
どう答えるべきか。
正直なところ、俺に人間関係の専門知識なんてない。
だが。
こういう時は、少し格好いいことを言っておけばいい。
「君は、仲間を信じている」
「……!」
「だからこそ、言葉にすることを恐れているのだろう」
冒険者が息を呑んだ。
「仲間なら分かってくれる。
そう思っているのではないか?」
「…………」
沈黙。
どうやら当たったらしい。
「だが、人は言葉にしなければ分からないこともある」
「……はい」
「信じるというのは、何も言わないことではない」
俺はそこで一度、言葉を切った。
そして。
「伝えることもまた、信じるということだ」
「…………!」
冒険者の目が見開かれた。
……なんだ。
それっぽいこと言えたな。
「一度、仲間と腹を割って話してみるといい」
「……分かりました!」
冒険者は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、神父様!」
そう言って、部屋を出ていく。
俺は椅子に背を預けた。
「…………」
……今の、そんなに大したこと言ったか?
まあいい。
相談者が納得したなら、それでいいだろう。
そう思っていた。
◆
「神父様の言葉のおかげで、仲間と仲直りできた」
その噂が冒険者たちの間を駆け抜ける。
さらに。
「神父様は人の心を見抜く」
「相談すれば、自分でも気付いていないことまで言い当てられる」
「いや、あの方は人の心だけじゃない。何かもっと大きなものを見ている」
噂は勝手に膨らんでいった。
本人の知らないところで。
◆
翌日。
「神父様。相談があります」
「話してみろ」
今度は別の冒険者だった。
「最近、討伐依頼で妙なことが続いているんです」
「妙なこと?」
「はい。討伐対象の魔物が、依頼書に書かれた場所から移動しているんです」
俺は黙って話を聞いた。
魔物が移動する。
同じ場所で何度も目撃されている。
依頼書の情報と現地の状況が食い違っている。
「…………」
俺は少し考えた。
ゲームなら。
こういう時は大抵――。
「誰かが魔物を誘導している可能性がある」
「……!」
「魔物そのものを追うな」
俺は静かに告げる。
「魔物が、なぜそこへ向かっているのかを考えろ」
冒険者が息を呑んだ。
「原因を見つけなければ、何度討伐しても同じことになる」
……まあ。
たぶんだけど。
「一度、魔物が移動している経路を調べてみるといい」
「分かりました!」
冒険者は頭を下げた。
そして。
「ありがとうございます、神父様!」
部屋を出ていった。
俺は一人になった。
「……まあ、こんなところだろ」
ゲームだったら、その辺に原因があることが多い。
だから言ってみただけなのだが。
その日の夜。
冒険者ギルドで騒ぎが起きた。
「魔物の移動経路が見つかったぞ!」
「本当か!?」
「森の奥に、魔物を誘導するための痕跡があった!」
「まさか……」
「神父様の言った通りだ!」
その一言で。
冒険者たちは黙り込んだ。
「……あの方は、一体何者なんだ?」
◆
そして翌日。
「神父様!」
また相談が来た。
「神父様、少しよろしいでしょうか」
その翌日も。
「神父様にお聞きしたいことが……」
さらに翌日も。
「神父様なら、何か分かるかもしれないと思いまして」
「…………」
俺は机の上に積み上がっていく相談依頼を見つめた。
「……なんでこんなに増えてるんだ?」
気付けば。
大聖堂には、俺に相談するために訪れる冒険者まで現れ始めていた。
そして。
噂は、冒険者だけに留まらなかった。
◆
「あの神父様は、何でも知っているらしい」
「未来まで見えているという話もあるぞ」
「魔物の動きまで言い当てたらしい」
「人の心まで見抜くらしい」
「いや……」
一人の男が、低い声で言った。
「きっと、俺たちとは見ているものが違うんだ」
「どういう意味だ?」
「分からない」
男は大聖堂を見上げた。
「だからこそ、怖いんだよ」
噂は広がる。
広がるたびに。
俺という存在は、勝手に大きくなっていった。
そしていつしか。
王都では、こんな言葉まで囁かれるようになっていた。
――困ったことがあれば、神父様に聞け。
――神父様なら、答えを知っている。
俺自身は。
そんな評判になっていることすら知らなかった。
◆
その日の夕方。
一人の女性が、俺の前に座っていた。
「神父様……私は、どうすればいいのでしょう」
仕事を辞めるべきか。
家族のために残るべきか。
そんな相談だった。
俺は黙って彼女を見る。
……これは難しいな。
俺に正解なんて分からない。
なら。
「正解を探す必要はない」
「…………」
「選んだ道を、正解にするんだ」
女性が顔を上げる。
「人は、選ばなかった道をいつまでも美しく思う」
俺は静かに続けた。
「だが、振り返っているだけでは、何も変わらない」
「…………」
「進め」
それだけ言った。
女性はしばらく黙っていた。
やがて。
「……ありがとうございます」
深く頭を下げる。
「何を選ぶべきか、分かった気がします」
「そうか」
女性が去っていく。
俺は椅子に座り直した。
「…………」
……またそれっぽいこと言ったな。
正直、自分でも何を言っているのか半分くらい分からない。
だが。
相談者が少しでも前を向けたのなら、それでいい。
そう思った。
その時だった。
大聖堂の外で。
「やっぱり、あの方は違う」
誰かが呟いた。
「……あの人は、答えを教えているんじゃない」
「じゃあ、何をしている?」
「自分で答えを見つけさせているんだ」
「…………」
そんな会話が交わされていた。
もちろん。
俺は知らない。
◆
そして。
人の目には届かない、大聖堂より遥か高い場所。
そこに、一人の女神がいた。
「…………」
彼女は静かに目を閉じる。
今日もまた。
彼の言葉だけが、届いていた。
『選んだ道を、正解にするんだ』
女神は目を見開いた。
「……やはり」
小さく呟く。
「この方は……」
その声には、確信が混じっていた。
「自らが答えを持っているのではない」
「人々が、自分自身の答えを見つけることを望んでいる……」
女神は、胸に手を当てる。
「幼い頃から、ずっと……」
彼女には聞こえている。
幼い頃の彼の言葉も。
『人を救えない神を、敬う必要なんてないと思う』
『力は、人を傷つけるためじゃなく、守るためにあるんだ』
そして。
今の言葉。
『選んだ道を、正解にするんだ』
女神には、それらが一つの思想として繋がって見えていた。
だが。
実際の俺は――。
「……今日、結構疲れたな」
そんなことを考えていた。
女神には聞こえない。
俺が何を考えているのか。
俺が何を恐れているのか。
俺が何を知らないのか。
何一つ。
「…………」
女神は静かに微笑む。
「あなたは、一体……何を見ているのですか?」
その問いに。
答える者はいない。
なぜなら。
俺自身が――。
何も見ていないからだ。
◆
「明日は暇だといいんだけどな」
その夜。
俺はベッドに横になりながら、そんなことを考えていた。
まさか。
翌日から。
王都中の人間が。
俺を頼って押しかけてくることになるとは――。
この時の俺は、まだ知らなかった。




