僕は、悪い神父じゃないよ
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俺には、前世の記憶がある。
自分の名前。
家族のこと。
友人のこと。
そして――死ぬ直前まで遊んでいたゲームのこと。
この世界に生まれてから、その記憶について誰かに話したことはない。
話したところで信じてもらえるとは思えない。
それに。
説明するのが面倒だった。
俺がこの世界に生まれたのは、二十年前。
王都から少し離れた、小さな教会の前だったらしい。
教会の者に拾われ、そのまま育てられた。
両親はいない。
身寄りもない。
だから物心ついた頃には、教会が俺の家だった。
食事があって。
寝る場所があって。
神父になるための勉強も教えてもらった。
特に不満はなかった。
むしろ――
「神父って、結構楽だな」
子供の頃の俺は、そんなことを思っていた。
少なくとも。
自分がラスボスになるかもしれないと気づくまでは。
◇
王都。
今日から俺は、この街にある大教会で神父として働くことになった。
馬車から降りる。
最初に目に入ったのは、巨大な建物だった。
白い壁。
高くそびえる塔。
正面に広がる大きな広場。
そこを行き交う人々。
「……でかいな」
思わず呟いた。
俺が育った田舎の教会とは、規模が違いすぎる。
……いや。
田舎の教会と比べる方がおかしいのかもしれない。
「神父様、お待ちしておりました」
教会の前で、職員が頭を下げる。
「ああ。今日からよろしくお願いします」
俺も頭を下げた。
別に、特別な挨拶ではない。
ただの新人挨拶だ。
それなのに。
その日から、俺は王都の多くの人間に顔を覚えられることになった。
そして――
それが、俺の平穏な生活を終わらせる最初の一歩だった。
◇
大教会の中を案内されながら、俺は周囲を見回していた。
王都。
ゲームの舞台にもなっていた場所だ。
ただ。
前世で遊んでいたゲームとは、少し違う。
建物の配置も違う。
知らない人物も多い。
ゲームには存在しなかった店まである。
だから最初は、ただの偶然だと思っていた。
けれど。
魔物を見た。
魔法を見た。
冒険者を見た。
騎士もいる。
そして何より――
この世界の歴史には、俺が知っているゲームと似た出来事がいくつも存在していた。
「……やっぱり似てるな」
俺は小さく呟く。
思い出す。
前世で遊んでいたゲーム。
『聖印のレクイエム』
そのゲームに登場するラスボス。
アベル・クロイツ。
元は神父だった。
人々を救うために祈り続けた男。
けれど、どれだけ祈っても、人は救われなかった。
やがて男は神を憎むようになった。
そして――闇に堕ちた。
最後には、世界そのものを滅ぼそうとした。
「…………」
俺は近くにあった鏡を見る。
黒い神父服。
銀色の髪。
整った顔。
そこに映っているのは、もちろん俺だ。
ゲームのラスボスは、闇に堕ちた後の姿しか登場しない。
仮面をつけていた。
だから、その素顔は分からない。
俺と同じ顔なのかも分からない。
……それでも。
「……なんとなく、雰囲気が似てる気がする」
ただ、それだけだった。
根拠なんてない。
証拠もない。
でも――
「神父で」
一つ。
「強くて」
二つ。
「この世界が、あのゲームに似ている」
三つ。
俺は腕を組んだ。
「……これ、俺がラスボスになるやつじゃないか?」
しばらく考える。
そして。
「そうか……」
俺は静かに頷いた。
「俺は、ラスボスになる前に転生したんだ」
我ながら、かなり無理のある結論だと思う。
でも、他に説明もつかない。
ゲームのラスボスは元神父。
俺も神父。
ゲームのラスボスは、とてつもない力を持っていた。
俺も昔から、異常なほど魔力が高いと言われている。
少し力を入れただけで木剣が折れる。
魔法を使えば教会の庭が吹き飛ぶ。
走れば馬より速い。
だから最近は、なるべく本気を出さないようにしている。
それでも。
自分の力が、どれくらいのものなのかは正直よく分からない。
「……やっぱりラスボスなんだろうな」
俺はため息をついた。
だが。
ラスボスだからといって、世界を滅ぼす必要はない。
俺には世界を滅ぼす趣味なんてない。
「だったら、悪い神父にならなければいい」
人を殺さない。
世界を滅ぼさない。
勇者に会わない。
魔王にも近づかない。
ラスボスになるようなイベントを、全部避ける。
それでいい。
……まあ。
せっかく異世界に来たのだ。
少しくらい格好いいことを言っても、罰は当たらないだろう。
俺は昔のゲームに倣い、静かに呟いた。
「僕は、悪い神父じゃないよ」
◇
そんな彼を。
一人の女神が見ていた。
「……悪い神父では、ない」
女神は呟いた。
不思議だった。
彼女は、この青年を昔から知っている。
――正確には。
彼が格好をつけて口にした言葉だけを。
幼い頃。
まだ小さな子供だった頃から。
『人を救えない神を、敬う必要なんてないと思う』
そんな言葉を聞いた。
少年だった頃には、
『力は、人を傷つけるためじゃなく、守るためにあるんだ』
そんな言葉も聞いた。
青年になった今も、
『僕は、悪い神父じゃありません』
そんな言葉を聞いた。
けれど。
その前後に彼が何を考えていたのかは、女神には分からない。
いや。
聞こえてすらいない。
だから女神には、彼が幼い頃から一貫した信念を持ち、己の力を律し、人々を救うために生きてきたように見えていた。
「……この方は、幼い頃から……」
女神は青年を見つめる。
神の力をもってしても、その魂の深奥を覗くことができない。
力の底も見えない。
未来も読めない。
だからこそ。
女神は、彼を畏れながらも見守っていた。
「一体、何者なのでしょう……」
女神は静かに微笑む。
そして、少しだけ頬を緩めた。
「私へのアピール、というわけでもないでしょうし……」
もちろん。
地上の青年は、そんなことを一切考えていない。
ただ――
「……今の俺、結構格好よかったな」
そう思っているだけだった。
その声は、女神には届かなかった。
こうして。
世界で最も主人公を理解していない女神と。
自分がラスボスだと思い込んでいる神父の物語が、始まった。




