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剣聖がきた

朝。


 教会の中庭で、俺は剣を振っていた。


 昨日、ミレアと戦った。


 久しぶりの手合わせだったが、思った以上に強くなっていた。


 特に最後の技。


 ――銀閃・天穿。


 あれは、本当に速かった。


 正面から受ければ、俺でも少し面倒だっただろう。


 まあ。


 逸らせたから問題はない。


 そう考えながら、もう一度剣を振る。


 風を切る音。


 悪くない。


「神父様!」


 後ろから声がした。


 振り返ると、若い神官が走ってくる。


「何だ」


「昨日の件ですが!」


「昨日?」


「ミレアさんとの決闘です!」


「ああ」


「大変なことになっています!」


「そうか」


 嫌な予感がする。


「王都中に広まっていますよ!」


「……何が」


「神父様が、銀剣のミレアの必殺技を指一本で逸らしたって!」


「……」


 事実だ。


 否定できない。


「それだけならまだいいんです!」


「まだあるのか」


「『銀剣のミレアと互角以上に戦える神父』」


「……」


「『S級冒険者を圧倒する神父』」


「……」


「『王国最強の剣聖より強い神父』」


「待て」


 最後だけ話が飛びすぎている。


「俺は剣聖と戦ったことはない」


「ですが、噂ではそうなっています!」


「噂を基準にするな」


「はい!」


 元気よく返事をされた。


 なぜだ。


◆


 昼。


 教会の前には、また人が集まっていた。


 昨日まではミレアの決闘を見に来た者も多かったらしい。


 今日は違う。


「神父様!」


「一度でいいから剣を見せてくれ!」


「銀閃・天穿をどうやって見切ったんだ!」


「剣聖と戦ったことはあるのか!」


「ない」


 即答した。


「では、剣聖より強いという噂は?」


「知らない」


「否定はしないんですか!」


「俺が否定しても、噂は消えないだろう」


 その場が静かになった。


 誰かが小さく呟く。


「……やはり深い」


「……」


 違う。


 ただ面倒だから諦めただけだ。


 俺はため息をついた。


 昨日はミレアと戦った。


 今日はその噂。


 明日は何だ。


 そう思っていると。


「神父様!」


 また声がした。


 今度は別の男だ。


「どうした」


「実は、息子が剣士を目指していまして!」


「そうか」


「ぜひ一度、神父様から何かお言葉を!」


「鍛えればいい」


「……!」


 男の目が輝いた。


「なるほど……!」


「いや、普通のことを言っただけだ」


「息子に伝えます!」


 走っていった。


 ……帰りたい。


◆


 夕方。


 ようやく人が少なくなった頃。


 教会の扉が開いた。


 入ってきたのは、一人の男だった。


 背が高い。


 質素な服装。


 腰には一本の剣。


 派手な装備は何もない。


 それでも。


 歩き方だけで分かる。


 強い。


 男は俺の前まで歩いてくると、立ち止まった。


「アベル・クロイツ神父だな」


「そうだ」


「私はレオンハルト」


 聞いたことがある名前だった。


 王国で最も有名な剣士。


 剣聖。


 俺は少しだけ目を細めた。


 まさか、本当に来るとは。


「昨日の戦いを聞いた」


「そうか」


「銀閃・天穿」


 男の目が鋭くなる。


「あれは、私でも見切ることのできない世界最速の剣技だ」


「……そうなのか」


「それを、あなたは逸らした」


「そうだな」


「一度、見てみたい」


「何を?」


「あなたの剣を」


 嫌な予感がした。


「戦ってほしい」


 俺は黙った。


 昨日、ミレアと戦ったばかりだ。


 今日はもう十分だ。


「断る」


「理由を聞いても?」


「疲れた」


 男が固まった。


「……それだけか?」


「それだけだ」


 しばらく沈黙。


 やがて男は、小さく笑った。


「なるほど」


 何がなるほどなんだ。


「では、明日また来よう」


「来なくていい」


「そう言われると、余計に戦いたくなるな」


「困ったな」


 俺が呟くと。


 男は笑った。


「あなたは、噂とは少し違うようだ」


「どんな噂だ」


「何でも見通す、神に選ばれた神父だと」


「そんなことはない」


 俺は少し考えてから続けた。


「俺は、分からないことは分からない」


 男は黙って俺を見る。


 そして。


「……それもまた、強者の言葉か」


「違う」


 本当に違う。


「俺はただ、自分に分からないことまで分かるとは言っていないだけだ」


「……」


 なぜか男は真剣な顔になった。


「ますます興味が湧いた」


「そうか」


「明日、また来る」


「来なくていい」


 男は笑いながら教会を出ていった。


 扉が閉まる。


「……」


 静かになった。


 ようやく帰ったか。


 俺は椅子に座った。


 剣聖。


 まさか、こんなに早く会うことになるとは思わなかった。


 ゲームでも名前くらいしか知らない人物だ。


 確か、王国最強の剣士。


 ミレアがS級冒険者として有名になるより前から、ずっと剣聖と呼ばれていた。


 そんな人物が、俺と戦いたいと言ってきた。


「……面倒だな」


◆


 その頃。


 王都の冒険者ギルドでは。


「剣聖が神父に会いに行ったらしいぞ」


「本当か?」


「ああ。昨日の決闘を聞いたらしい」


「じゃあ、ついに戦うのか?」


「分からん」


「でも剣聖だぞ?」


「相手は、銀閃・天穿を逸らした神父だぞ」


「……」


 冒険者たちは顔を見合わせる。


「どっちが勝つと思う?」


「俺は神父だと思う」


「俺は剣聖だ」


「いや、ミレアですら負けたんだぞ?」


「でも剣聖だぞ?」


「神父だぞ?」


 誰も答えを出せない。


 ただ一つだけ。


 全員が同じことを考えていた。


 ――明日、何かが起こる。


◆


 夜。


 俺は教会の中庭に出ていた。


 空には星が出ている。


 グラヴァルが少し離れた場所で寝そべっていた。


「グラヴァル」


 呼ぶと、顔を上げる。


「明日、あの男がまた来るらしい」


 グラヴァルの耳が動いた。


「面倒だな」


 グラヴァルが尻尾を一度振る。


「お前もそう思うか」


 俺は小さく笑った。


「まあ、いい」


 空を見上げる。


「明日になってから考えればいいか」


 その時だった。


 王都の外。


 遠くの空が、一瞬だけ赤く染まった。


 俺は気づかない。


 グラヴァルだけが、ゆっくりと顔を上げた。


 森の向こう。


 何かを感じ取ったように、低く唸る。


「……どうした?」


 俺が振り返る。


 グラヴァルは答えない。


 ただ。


 暗い森を見つめていた。


 俺はしばらくその横顔を眺める。


「……まあ、何もないか」


 そう言って、教会へ戻った。


 その翌朝。


 王都に、緊急鐘が鳴り響くことになる。


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