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一応ラスボス神父ですので

教会の中庭。


俺とミレアは、数メートルの距離を空けて向かい合っていた。


周囲には、何人かの神官と騎士。


それから、いつの間にか集まってきた冒険者たち。


「……人、多くない?」


俺が呟く。


「仕方ないよ」


ミレアが笑う。


「私と神父様の勝負だから」


「そうか」


まあ、いい。


早く終わらせよう。


ミレアが剣を構えた。


さっきまでの柔らかな表情が消える。


腰を落とす。


右足を半歩引く。


剣先が、俺の喉元へ向いた。


空気が変わった。


「……」


静かだった。


風の音すら遠く感じる。


俺も構える。


ミレアが一歩踏み込んだ。


速い。


地面を蹴った瞬間には、もう目の前にいた。


銀の刃が走る。


首。


そこから胸元へ。


さらに返して脇腹。


三連撃。


俺は身体を僅かにずらした。


刃が服を掠める。


一歩。


また一歩。


ミレアは止まらない。


剣が銀色の線を描く。


右。


左。


下から斬り上げる。


そこから一回転。


遠心力を乗せた横薙ぎ。


俺は避け続ける。


「……」


速い。


昔とは比べものにならない。


ちゃんと強くなっている。


最後の一撃が来た。


ミレアの身体が沈む。


次の瞬間。


地面を蹴った。


一直線。


今までで一番速い。


銀色の閃光が、俺の視界を横切った。


俺は首を僅かに傾ける。


刃が頬のすぐ横を通過した。


風圧で髪が揺れる。


「……惜しい」


俺が呟いた。


「まだだよ」


ミレアが笑った。


そのまま地面を蹴る。


二歩。


三歩。


消えた。


「――!」


背後。


振り向く。


間に合わない。


そう思わせるほど速い。


だが。


「見えてる」


身体を捻る。


銀の剣と俺の手が交差した。


カンッ!


乾いた音が響く。


俺は刃の腹を指先で弾いた。


ほんの僅か。


それだけで軌道が変わる。


ミレアの剣が空を切った。


「……っ」


ミレアはすぐに体勢を立て直す。


そのまま距離を取る。


観客から息を呑む音が聞こえた。


◆


「すごい……」


誰かが呟いた。


「今の、見えたか?」


「いや……」


「ミレアの動き、全然見えなかったぞ」


「それを神父様は……」


言葉が途切れる。


ミレアは聞いていない。


俺だけを見ている。


「やっぱり」


ミレアが小さく笑った。


「強いね」


「そうか?」


「うん」


剣を握り直す。


「でも、昔とは違う」


「そうだな」


「私も、ずっと遊んでたわけじゃないから」


ミレアの周囲に魔力が集まり始める。


空気が震える。


銀色の剣が淡く輝いた。


「……本気でいくね」


「好きにしろ」


ミレアが踏み込む。


今度は違った。


速いだけじゃない。


剣筋が読めない。


一撃ごとに軌道が変わる。


直線だった刃が途中で曲がる。


斬ったと思った瞬間には、もう次の一撃が来ている。


俺は避ける。


受ける。


流す。


弾く。


銀の雨が降る。


「はあっ!」


ミレアが踏み込んだ。


剣を振り下ろす。


俺は横へ。


地面が裂けた。


石畳が砕ける。


そのままミレアは剣を返す。


横薙ぎ。


俺はしゃがむ。


頭上を刃が通過する。


立ち上がる。


突き。


身体を捻る。


剣先が肩を掠めた。


「……」


俺は少し驚いた。


今のは危なかった。


ミレアが笑う。


「今、ちょっと驚いたでしょ?」


「そうだな」


「よし」


嬉しそうだった。


◆


ミレアが、一度だけ距離を取った。


剣を下げる。


呼吸を整える。


そして。


ゆっくりと剣を掲げた。


「……これで終わらせる」


周囲の空気が変わった。


銀色の魔力が、ミレアの身体から剣へ集まっていく。


一つ。


また一つ。


光が刃へ重なる。


剣そのものが、一本の巨大な銀の線になったように見えた。


騎士たちがざわめく。


「まさか……」


「ミレアの切り札か?」


「まずい、距離を取れ!」


冒険者の一人が息を呑む。


「――銀閃・天穿(ぎんせん・てんせん)」


その名が告げられた瞬間。


ミレアの姿が消えた。


踏み込んだ場所の石畳が砕ける。


次の瞬間。


銀色の閃光が、一直線に迫ってきた。


速い。


今までとは比べものにならない。


速さだけじゃない。


剣に込められた魔力が、周囲の空気まで切り裂いている。


まともに受ければ、防御ごと貫かれる。


俺はミレアを見る。


強い。


本当に。


昔とは違う。


ここまで強くなったのか。


少しだけ。


嬉しくなった。


俺は右足を引いた。


身体を半身にする。


銀の刃が迫る。


一瞬。


世界が静止したように見えた。


刃が目の前まで来る。


俺は右手を伸ばした。


指先が。


刃の腹に触れる。


ほんの少し。


ほんの僅かに。


軌道を逸らす。


キィン――。


銀の剣が、俺の頬の横を通り過ぎた。


そのまま後方へ抜けていく。


ミレアの目が見開かれた。


「――え?」


俺は一歩踏み込んだ。


ミレアの懐へ。


完全に入る。


「終わりだ」


拳が。


ミレアの肩の手前で止まった。


風圧だけが、髪を揺らす。


「……」


「……」


静寂。


俺は拳を下ろした。


「俺の勝ちだ」


◆


誰も声を出せなかった。


さっきまで中庭を満たしていた喧騒が。


嘘みたいに消えている。


やがて。


「……今の」


誰かが呟いた。


「銀閃・天穿を……」


別の騎士が震える声で続ける。


「指一本で……逸らした?」


「いや、待て」


冒険者が首を振る。


「あれはミレアの切り札だぞ」


「知ってる」


「まともに受けたら、盾ごと斬られるって言われてる技だぞ」


「……それを」


全員の視線が俺に集まる。


俺は少し困った。


そんなに騒ぐことか?


ミレアがゆっくりと剣を下ろした。


「……やっぱり、勝てなかった」


悔しそうなのに。


どこか嬉しそうだった。


「今の、避けたんじゃないよね?」


「逸らしただけだ」


「……それを言うなら、余計におかしいんだけど」


「そうか?」


「そうだよ」


ミレアが苦笑する。


そして。


「でも」


顔を上げる。


「私の銀閃・天穿を、ちゃんと見てくれた」


「ああ」


「嬉しい」


「そうか」


ミレアは少しだけ笑った。


「負けたけど」


「そうだな」


「完敗」


「そうだな」


「少しくらい慰めてくれてもいいんじゃない?」


「結果は変わらないと言っただろ」


「それ、慰めになってないよ」


ミレアが笑った。


昔と同じ笑顔だった。


「でも」


ミレアが俺を見る。


「楽しかった」


「そうか」


「またやろうね」


「好きにしろ」


「じゃあ、次は勝つ」


「結果は変わらない」


「今度は変えるよ」


そう言って、ミレアは笑った。


俺も少しだけ笑う。


◆


その日の夜。


冒険者ギルドでは、ある噂が広がっていた。


銀剣のミレアが。


本気で戦った。


切り札まで使った。


それでも。


神父には勝てなかった。


「なあ……」


一人の冒険者が呟く。


「神父って、S級より強いのか?」


誰も答えられなかった。


ただ一人。


ミレアだけが、静かに笑っていた。


「昔からだよ」


その言葉を聞いて。


周囲の冒険者たちは、ますます頭を抱えた。


一方その頃。


教会では。


「……疲れた」


俺はベッドに倒れ込んでいた。


グラヴァルが横から覗き込む。


「今日は疲れたな」


グラヴァルが小さく鳴く。


「お前もか」


尻尾が揺れる。


俺は目を閉じた。


「……明日は静かだといいな」


その願いが叶うことは。


たぶん、ない。

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