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クロノス魔導司書官の事件録―悪評公爵令息は聖女の助手となる―  作者: 巴 雪夜
第一篇:聖女と組んだ最初の事件

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第7話 真実が告げられる

 ゆっくりとクロノスは立ち上がって振り返った。玄関の傍にはやっとのことで腰を上げたヘレンと彼女を支えるコンラートの姿がある。


 二人の元へとアイリーンがアンリッヒを連れている様子を眺めてから、クロノスがレミリアを見れば、彼女はうーんと考えている素振りをみせていた。



「レミリア聖女」


「待ってください。えっと……」



 クロノスが何かに気づいたとレミリアは分かっていた。けれど、自分はまだ見逃しているのだと注意深く遺体を観察している。どうやら、自分自身で気づきたいようだ。


 さて、彼女は気づくのか。クロノスは少しだけ待つ。レミリアも時間が残されていないのは、態度で察したようだ。



「指輪がない……指に何か……」



 クロノスの言動を元にレミリアは指輪が身につけられていただろう指を持ち上げて、あっと声を零す。



「気づいただろうか?」


「えぇ、貴方の言いたいことには」



 レミリアは立ち上がってクロノスをちらりと見てから、玄関の方にいる四人へと視線を移す。 彼女の目に映る相手にクロノスは「では、終わらせよう」と声をかけた。


 クロノスの言葉に四人が顔を上げる。何を言っているのだといったふうに。そんな態度を気にするでもなくクロノスはまず、母アイリーンに問うた。



「母上は従業員たちの私情を何処まで知っていただろうか?」


「私情? どうかしらね……ヘレンに借金があるぐらいかしら」



 従業員の事情というのは店において必要なものぐらいしかアイリーンは知らないと答えた。ヘレンの借金に関しては雇う時に事情を聞いていたと。


 母の返答にクロノスは他三人へ同じように問う。顔を見合わせながらも、コンラートは「込み入ったものは」と答える。



「従業員の私生活までは知りませんが……ヘレンに借金があることと、ハングリッドが最近やけに機嫌がよかったぐらいで……」


「借金は本当の事です。ただ、他の事情はワタシも詳しくは……。でも、最近ハングリッドの機嫌がよかったのはワタシも気づいていました」



 コンラートの言葉にヘレンが自分もとハングリッドの機嫌の良さについて話す。いつもなら小さなミスをぐちぐちと指摘してくるのが彼だ。


 だが、ここ最近はしてくるどころか、「そんなこともあるさ」と手のひらを返したような態度をしてきたのだと教えてくれた。


 ヘレンはアンリッヒに同意を求めるように「そうですよね」と問いかける。それに彼女が「そういえば、そうだったわね」と頷いた。



「それは彼が〝深紅の指輪〟を身につけてからではないだろうか?」



 深紅の指輪。クロノスの言葉にヘレンが「そうよ!」と声を上げる。指輪を身につけてだしてから態度が激変したと彼女は思い出す。



「四六時中、指輪を愛でてるからちょっと気持ち悪かったの。でも、あれを身につけだしてから態度が変わったわ、そうよ」


「では、誰が指輪を渡したのか、知っているだろうか?」



 誰なのか。ヘレンは知らないと首を左右に振った。アンリッヒもいつだったかしらと、身につけだした時期すらも覚えていないふうに呟く。


 コンラートも分からない様子で、アイリーンに至っては興味がなかったようだった。それぞれの反応を見てからクロノスはアイリーンに「指輪なのだが」と、指輪について問う。



「母上、深紅の宝石類でオーバルカットの0.5カラットは簡単に買えるものだろうか?」


「宝石の種類とデザインによって変わってくるわねぇ。その指輪に他の装飾がなかったのなら……まぁ、買えるものはいくつかあるわね」



 平民でもお手軽とは言わないものの、買える指輪はうちでも取り扱っている。アイリーンの返答にクロノスはなるほどと呟いてから、コンラートたちに「何か思い出せないだろうか」と問いかける。


 ハングリッドが指輪を手にする前後に。クロノスの言葉にコンラートが「あぁ……一つ」と思い出したことを話した。



「ヘレンが彼に小さく梱包された荷物を渡していたのを見ました……。彼女には荷物を任せていないので、不思議だったのを覚えています」


「ちょっと待って! ワタシが指輪を渡したわけじゃないわ!」


「荷物を渡したことは覚えているのですか?」



 レミリアが聞けば、ヘレンは「はい」と荒げそうになっていた言葉を飲み込むように言う。確かに小さく梱包された荷物をハングリッドに渡したことを認めた。


 けれど、それには訳があるのだとヘレンはその時の事を話す。数日前の事だった。いつものように出勤し、裏口からスタッフルームへと行こうとした時だ。


 裏口の扉の前に荷物が置かれていた、手紙と共に。


【これを見つけてくださった方へ。

私の愛のカタチをどうかハングリッド様にお渡しください】


 手紙を見たヘレンはハングリッドへ片想いしている人が置いていったプレゼントだと思ったのだという。


 彼は容姿は悪くないし、人前では丁寧な対応をするので、客受けがよかったのだ。お徳様もできていたので、その中の誰かだろうとヘレンは特に気にせずに荷物を渡した。



「だから、ワタシじゃない、です!」


「でも、それを証明してくれる人はいないじゃない」


「あ、アンリッヒさん! ワタシを疑うんですか!」



 ヘレンはショックを受けたようにアンリッヒを見る。彼女は「証拠がないから」と怪しむ眼を向けていた。


 確かに証拠はない。自作自演の可能性もあるのだ。コンラートもヘレンの証言を信じきれずに困っている。


 信頼していた従業員なのだから、疑いたくはないのは当然だ。けれど、証拠がなければ信じることができないのも人間の心理として間違ってはいない。


(俺の記憶が間違っていないなら……)


 クロノスはハングリッドと話した時の事を思い出す。彼は確か――



「レミリア聖女」


「なんでしょうか、クロノス魔導司書官」


「俺の記憶ではハングリッドは〝愛している人からの贈り物〟と言っていなかっただろうか?」


「えぇ、私の記憶でもそうですね。ハングリッドさんは確かにそう言っていました」



 ハングリッドは言っていたのだ、〝愛している人からの贈り物〟と。それはつまり、彼に想い人がいたことになる。



「ハングリッドに想い人がいたのを知っている人は?」



 クロノスの言葉にヘレンが「あっ!」と声を上げた。そうだと思い出したといったふうに。



「ハングリッドはアンリッヒさんが好きだったわ! ワタシ、愚痴を聞かされたのよ。余計な虫が彼女についてしまうから掃うのが大変だって」



 彼はアンリッヒには甘かった。彼女に無理をさせることは絶対にしないし、常に傍にいようとしていたとヘレンは彼女をじとりと見つめる。



「母上。魔法の媒体になる宝石をハングリッドは見分けられなかったのだろうか?」


「あの子は無理ね。そもそも、一般人には分からないでしょう。でも、アンリッヒは宝石鑑定師だから見分けられるわね」


「あたしを疑うっていうの! 証拠を出しなさいよ!」



 アンリッヒは自分に疑いが向いているのに気づき、声を荒げた。証拠もなく疑われたのだから無理もない。睨みつけれてしまうも、クロノスは引かなかった。


 彼女の指に煌めく一つだけ身につけられた深紅の指輪。すうっと目を細めてから「証拠なら」とアンリッヒの手を掴む。振り払おうとする彼女の手を持ち上げてクロノスは指輪を指さした。



「君は〝銀の指輪〟しかしていなかったはずだというのに、〝深紅の指輪〟に変わっているのは何故だろうか?」



 皆が一様にアンリッヒの指を見た。銀の指輪がはめられていた指には深紅の宝石が煌めいている。


 しんと静まった。空気が途端に重くなっていく感覚が身体を這う。それでもクロノスはアンリッヒの手を放さずに、指輪に触れて――二つに分解される。


 銀の指輪と深紅の指輪、二つになったそれにレミリアの眼が鋭くなった。



「ハングリッドの死は起爆の魔法による発火だ。起爆剤となる魔法陣はこちらで見つけている。あとは大本である魔法の媒体だ。この指輪についている宝石、これは魔法の媒体となる」



 ハングリッドが身につけている時から起爆の魔法は仕掛けられていた。起爆剤となる魔法陣の前を通り過ぎることで起動し、魔力の炎によって燃え上がるように。


 通常の火と違い、魔力の炎は特殊だ。簡単には消火できず、火力も強い。人間を殺すことは簡単にできる。



「ハングリッドと事前に話をさせてもらったが、ヘレンとアンリッヒへの反応の違いがあった。ヘレンに対しては厳しく、アンリッヒには異様に甘い。まるで、ヘレンに意識を向けさせようとするぐらいには、印象操作をしようとしていた」



 彼も犯行に関わっていたのだろうとクロノスは、ヘレンたちの話を元に推理する。裏口の鍵を開けておいたのはハングリッドだと。


 ハングリッドを協力者とし、警備員を気絶させて裏口から入る。宝石を盗って外部から侵入したように工作をする。室内が暴れ舞ったように荒らされていたのは、大げさにそう見せるためだ。


 クロノスは深紅の指輪を持ち上げて見せながら言う。これを取ることができるのは君だけだと。



「ハングリッドの遺体の指には指輪がはめられていただろう痕が残っていた。それから、取り外されただろう真新しい擦り傷もだ」



 ハングリッドの指は炭のようになっている。指輪を取る時に擦れた痕はどうしても残ってしまったのだろうと、クロノスは「違うだろうか?」とアンリッヒに問いかける。



「君だけだ、遺体の傍にいたのは」



 告げた瞬間だ。異常な力によって掴んでいた手を振り払われた。

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