第6話 容疑者は燃え盛る
外からの声に何事かと部屋を飛び出して窓から外を見遣れば、燃えるような赤が視界に映る。
あれは何か。理解する間もなく、クロノスは廊下を走る。玄関を勢いよく開ければ、燃える〝何か〟が立っていた。
人型。それが人間であると認識して――悲鳴が上がった。ヘレンが口元を手で覆いながらへたり込む。
叫び声が気になって着いてきたようで、レミリア以外にコンラートたちも玄関前でその光景を目の当たりにしている。
先に出ていた数名のメイドと執事長であるシュバイツァーがバケツに水を汲み、消火を試みるも炎は消えない。まるで、水が炎に当たる前に無くなってしまったように。
「離れろっ」
クロノスはそう声を上げて、指を鳴らした。バチンと火花が散って指にはめられた紫水晶の指輪が淡く光る。瞬間、魔力を帯びた水の球体が燃える人間を包み込み、弾けた。
溢れ出る水によって火は消火され、倒れる。ほとんどが黒焦げとなっている姿は死んでいると認識するには十分だった。
僅かに残る衣服に見覚えがある。あれはとクロノスが思い出そうとして、シュバイツァーが「申し訳ございません」と頭を下げた。
「わたしが居ながらこのようなことに……。先ほど、ハングリッド殿がいらして……」
「ハングリッド!」
シュバイツァーの言葉にアンリッヒが察したようだ。玄関前にいた彼女はクロノスを押しのけて倒れ伏す黒焦げの遺体に駆け寄った。
あの遺体はハングリッドだ。そう理解して、一様に反応を示す。腰を抜かして驚愕するヘレン、彼女を支えながらも顔が強張っているコンラート。彼に縋りつくように泣いているアンリッヒの声が響く。
「そこのメイドの方! すぐに警察隊へ連絡を!」
「は、はい!」
レミリアの指示に近くにいた一人のメイドが慌てて門を飛び出した。クロノスは暫し縋りつくアンリッヒを眺めてから、門の方へと歩いていく。
「クロノス魔導司書官?」
そんな行動にレミリアが困惑したように呼ぶ。けれど、クロノスは気になった。これは魔法による発火ではないかと。
何故、そう思ったのか。それは燃える炎がバケツに汲んだ水で消える様子がなかったからだ。水が蒸発した形跡すらなく、無くなってしまったかのようで。それは魔法による反応である証拠だった。
「シュバイツァー」
「如何なさいましたか、クロノス様」
「どのタイミングでハングリッドは燃えたか教えてくれ」
クロノスの問いにシュバイツァーは「門をくぐってからになります」と即答する。最後の客人であるハングリッドが来ると予定されていた時間だったので、玄関先で待機していた時に見たので間違いないと。
門をくぐってからの発火となれば、この地点が鍵になっている。クロノスは門扉に触れながら左右を観察した。左側の扉におかしな箇所はないが、右側の扉に目が留まる。
石柱に繋がれた門扉、その下。地面に紙切れが一枚、張り付けられていた。それも小さく折りたたまれて。
少しばかり焦げているその紙を拾い上げて広げれば、魔法陣が描かれていた。円に組み込まれた図形を見て、クロノスはふむと顎に手を当てる。
「クロノス魔導司書官、それは?」
「起爆式の魔法に使われる魔法陣だ」
媒体となる物がこの魔法陣の前を通過すると起爆する。そういった魔法に使われるものだ。これによってハングリッドは燃えたのだろう。僅かに感じる魔力に作られてから日が経っていないのが分かる。
これが使われたとするならば、媒体となる物をハングリッドは身につけているはずだ。クロノスは倒れる黒焦げの遺体へと近寄ると、まだアンリッヒが縋って泣いていた。
「すまないが、どいてくれ」
「どいてくれって、どういうことよ! 人が一人、死んでいるのよ!」
「そうだな。だが、今は君が邪魔だ」
邪魔。クロノスの言葉にアンリッヒが目を見開く。何を驚く必要があるのだと言いたげにクロノスが彼女を見遣れば、「人の心が無いの!」と怒鳴られた。
人一人が死んでいるのだ。例え、知った人間でなくとも、死者に何も思わないのか。恐怖、悲しみ、弔う感情。仕事仲間を失った人間の心境すらも、貴方は考えられないのか。
アンリッヒの主張にクロノスはあぁと納得する。確かにそいった考えに行きつかなかった自分に気づいた。
「だが、彼の死因を早急に調査することも大事だ。彼を殺した人間を捕まえるためにも」
起爆の魔法によってハングリッドが発火したのだならば、それは誰かが行った殺人となる。犯人を早期に捕まえるのも亡くなった彼への弔いにもなるのではないか。
クロノスは「悲しむだけでは何も解決はしない」という意見に、アンリッヒは一瞬だけ言葉を飲むも、「他人の心境も考えれないのは酷いわ!」と、睨んできた。
「もっともらしいことを言っているけれど、他人の心境なんて考えていなかったでしょう!」
「……俺は現状を見て言ったわけだが」
「クロノス。その間は肯定でしょう、全く……。アンリッヒ、落ち着きなさい」
息子の失言にはぁと深い溜息を吐き出しながら、アイリーンがアンリッヒの傍らまで歩み寄って彼女の肩を抱いた。
とんとんっと落ち着かせるように優しく肩を叩いて、「ごめんなさいね」と息子の非礼を詫びる。
「この子はそういった感情に疎いのよ。嚙みついても本人は何とも思わないわ。言うだけ無駄だから、クロノスの言う通りに離れましょう」
ハングリッドを殺した犯人には捕まってほしいでしょう。アイリーンに諭されて、アンリッヒは渋々といったふうに遺体から離れた。
さりげなく母親に毒を吐かれたなとクロノスは気づいたけれど、否定ができなかったので黙るしかない。二人が離れたのを確認してから、黒焦げの遺体を観察するためにしゃがみこむ。
全体的に燃えているが特に上半身が酷かった。炭になっているのではというほどに黒く焦げている。
顔はもう判別ができない。余程、強い火属性魔法だったようだ。さてと、その燃え具合を観察していれば、隣にレミリアがしゃがんだ。
「クロノス魔導司書官」
「まだ何も分かっていない」
「そうではなくて、言動には気をつけなさい。噂には聞いていましたが、本当に冷たいのですね」
噂というのは自分より爵位の低い者や平民への態度の冷たさのことを言っているのか。クロノスはそういえばそうだったなと思い出す。これはもう性格なのだ、きっと。
(転生した記憶を思い出したとしても、性格まではそう簡単には変えられないということか)
改心や心変わりというのはそう簡単にできるものではないみたいだ。あるいは前世の記憶である刑事といった職ゆえに、感情と事件を切り離しているのが残っているのかもしれない。
クロノスは自分に呆れながらも、「善処しよう」と返事を返すだけにとどめた。
上半身は黒焦げという点以外におかしな箇所はない。衣服すら燃え尽きているので、判断ができないというのは正しい。
上半身から下半身へと目を向ける。ふくらはぎから下は人間だった形跡は残っていった。この燃え残った衣服に見覚えがあったのだろう。
燃えたこと以外への外傷は見当たらない。クロノスは「魔法で殺人か」と視線を上半身へと戻して――ふと、気づく。
そっと遺体の手に触れてみれば、薬指に僅かなくぼみができていた。これはまるで指輪を付けていた時にできたような――
「どうかしましたか?」
「レミリア聖女、君も見ていたと思うが……ハングリッドは指輪をつけていなかっただろうか?」
「あぁ、つけていましたね。とても大事にしていて……あれ、指輪がない」
レミリアも指輪が無い事に気づき、もう片方の手も確認している。両手どちらにも指輪がないことに彼女は疑問を抱いているようだ。
そう、ハングリッドは指輪を愛しげに大事にしていたのをこの目で見ている。肌身離さず持っているのはその態度で分かることだ。
指のくぼみを見るについ先ほどまでは身につけていたのではないだろうか。指をよく観察してみれば、擦れたような真新しい跡が残っていた。
「なるほど」
クロノスはその跡を見て、理解した。




