第5話 証言の食い違い
クロノスの母アイリーンのアトリエはジュエリーショップ:アンジャベルの近くにある。上流階級の人間が住まう地帯の一角にある庭付きのレンガ造りの家がそうだ。
リーグベルト家は幅広く活躍しているのもあって、王都の一角に本家があるのだが、この国の王都は広い。本家から自分の店へと向かうには少しばかり遠いので、仕事が立て込んでいる時は近いアトリエに引きこもるのだ。
クロノスは何度か来た事はあるけれど、いつ振りかは覚えていない。そういえば、こんなところにあったなといった感じだ。
「クロノス様、お母上様が応接室でお待ちしております」
アトリエから出迎えてくれたのは一人の老執事だった。彼はシュバイツァー・ハルラック、長年リーグベルト家に仕えている執事長だ。
普段は本家にいるが今回は聖女であるレミリアが訪ねてくるとあって、執事長の彼が対応している。母らしい手際の良さだなとクロノスは思いながら、午後の陽ざしを背に屋敷の中へと入った。
屋敷とは違ったシックな造りの玄関ホールを抜けて、応接室へと案内される。応接室にしては広い室内は母アイリーンの好みでもある、モノトーンで統一されていた。
程よく飾られた調度品は品が良く、嫌味がない。ソファとテーブルが置かれている室内にはすでに人が集まっていた。
「あら、クロノス。ちゃんと聖女様の〝お手伝い〟をしているようでよかったわぁ」
優雅にソファに座り、ウェーブのかかった長い黒髪を流して、美麗な顔に手を添えながら微笑まれた。クロノスはそんな母アイリーンの姿に眉を寄せそうになる。
真っ赤なマーメイドラインのドレスにレースのボレロを着こなしている姿は、いつ見ても若々しく見えた。
誰のせいでこうなっているのだ。なんていう文句は受け付けられないのを、クロノスは理解しているので返事はせずに、他にソファに座る人物たちへ目を向けた。
小綺麗なスーツが少しばかり窮屈そうな、短い金髪を跳ねさせている中年男性はそわそわと落ち着きがない。
小太りで不機嫌そうに眉が寄っている顔に、ハングリッドが言っていた店員のコンラートは彼で間違いがないだろう。
彼の隣に白金の髪を肩で切りそろえた若い女性が座っていた。平民なのはそのできうる限りの綺麗な格好をしている姿で察することができる。
「クロノス魔導司書官。彼がコンラートさんで、彼女がヘレンさんです。それから……ヘレンさんの前に座っている方がアンリッヒさんになります」
後ろから隣に立ったレミリアが彼らを紹介する。ヘレンの前に座っていた女性にクロノスは目を向けた。
一目見て、一般男性ならば目を惹いてしまうだろうとクロノスはそんな感想を抱く。小顔ですっと通った鼻筋に切れ長の翡翠の瞳は美しい。浅褐色の肌に映える真っ白な長い髪がくるくると巻かれている。
黒地のドレスに白のストールを羽織る彼女はどことなく妖艶さがあった。母アイリーンと違った美麗さにクロノスは「男には困らなさそうだ」と、失礼なことを思ってしまう。
そうとは口に出さず、クロノスはレミリアの後に続いて彼らの傍へと近寄る。聖女であるレミリアが来たとあって皆が立ち上がった。
「私を気にしせず、お話を聞かせてください」
「君を気にしないは無理があるだろう」
「では、公平に立ってお話をしましょう。質問はよろしいでしょうか?」
「せ、聖女様が良いのでしたら……」
コンラートがそう返事をすれば、ヘレンとアンリッヒも同意するように頷いた。アイリーンは落ち着いた様子で「どうぞ」と質問を促している。
「では、事件前夜のことを教えてください。戸締りをしたのはアイリーン夫人を除いて、ハングリッドさんと皆さんで間違いないでしょうか?」
レミリアの問いに三人は頷いた、間違いないと。コンラートが「わたしは保管庫のほうを……」と、戸締りをしていた時の事を話す。
コンラートは店内の確認をハングリッドたちに任せ、ジュエリーや宝石が保管されている金庫の確認をしにいった。窓のない室内で金庫は厳重な鍵がいくつも施されている。
現金と宝石類は別になっており、両方ともしっかりと鍵はかけられていたと証言した。部屋の鍵も施錠したのは間違いないという。
「あとは正面玄関の鍵を施錠して……」
「その証言だと従業員が閉めた箇所の確認を怠ったと聞こえるが?」
クロノスの指摘にコンラートはびくりと肩を跳ねさせてから、俯いて「はい」と再確認を怠ったことを認めた。
でも、従業員の事を信じていてと、顔を上げながら言う。皆、ちゃんと働いてくれているから疑わなかったらしい。
コンラートの発言にアイリーンがはぁと露骨に溜息を吐き出した。それには彼も「ひぃっ」と、鳴いてしまう。オーナーに何を言われるか、恐れているのだ。
「母上、従業員の指導は後にしてくれ。まずは証言を全て聞きたい」
「分かっているわよ。わたくしはその日は店に顔を出してはいないの。だから、関係はないわ。他の二人はどうかしら?」
アイリーンの問いにヘレンが飛び跳ねる勢いで身体を揺らしながら、「ワタシはスタッフルームを」と、自分が担当した場所を伝える。
スタッフルームの窓の施錠と清掃をしてから裏口の確認を行ったとヘレンは証言した。ハングリッドの言った通り、彼女は裏口に行っている。
「裏口の施錠は確認した、という認識でいいだろうか?」
「え? はい。ちゃんと閉まっていました……」
「他に君が担当した場所は?」
「えっと……裏口の確認をしてから店長のところに行ったので……」
裏口を確認後、ヘレンは店長のコンラートの手伝いをするために保管庫の方へと向かったと話す。店内のほうには行っていないので、様子は知らないと不安げに。
「店のほうはハングリッドとアンリッヒさんが担当してたんで……」
「あたしはハングリッドと一緒に窓とショーケースの施錠を行いましたわ」
そろりとヘレンに見つめられて、アンリッヒは銀の指輪を一つ身につけた指で髪を梳きながら答えた。窓はハングリッドが、自分はショーケースをやったと。
店内を清掃しながら不審物が無いか、不審者が潜んでいないかの確認もしたが、怪しいものは見つからなかった。アンリッヒは「いつもと変わらない店内でしたわ」と証言する。
「アンリッヒさんはスタッフルームや裏口のほうには行っていないのですか?」
「行っていませんわね。だって、ヘレンさんがいつも確認してくださるから、あたしはお任せしているの。そうよね、ヘレンさん?」
「そうですね。いつも私です……」
「聖女様からのご質問ですもの。嘘はつきませんわ」
ねぇとアンリッヒに促されてヘレンはうんうんと頷く。その言い方では他の人の質問には嘘をつく可能性があるということになるが。出かけた突っ込みをクロノスは飲み込む。
三人の証言からハングリッドが言っていたことというのは間違いではないようだ。現状で言うならば、裏口を担当したヘレンが怪しく映る。けれど、クロノスの元刑事の勘が何かを訴えかけていた。
(嘘〝は〟ついていない)
嘘はついていない。では、〝黙っていること〟はあるのではないか。クロノスは質問の仕方を変えた。
「では、〝裏口へと行ったのはヘレンさん以外にはいない〟ということで間違いないだろうか?」
クロノスの問いに一人、反応を示す。
「え? ハングリッドが行ったのをワタシは見ましたよ?」
ヘレンは何を言っているのだといったふうな表情をしてみせる。彼女の一言にレミリアはちらりとクロノスを見遣ってから察したように、彼女に「どういうことでしょうか?」と問い返す。
「えっと、店長の手伝いで保管庫に居ましたけど、ワタシの閉め方が甘くてドアが開いちゃったんです。閉め直そうとした時に廊下の先、裏口にハングリッドの姿を見ました」
保管庫は建物の一番奥にあるのだが、一直線に通路があってその突き当りが裏口になっている。そこまで距離が離れているわけでもないので見間違うことはない。ヘレンは「あれはハングリッドよ」と断言する。
ヘレンの証言が正しいのであれば、ハングリッドは嘘をついたことになる。彼は裏口には行っていないと言ったのだから。
「おかしいですね。私たちは午前中にハングリッドさんから話を聞いているのです。ですが、彼は〝裏口には行っていない〟と言っていました」
「はぁっ! そんなことはありません! あれは間違いなくハングリッドでした。ワタシは聖女様の前で嘘などつきません!」
一歩前へ出てヘレンは少しばかり声を荒げる。絶対に見間違えではないのだと主張した。その表情は焦りでも困惑でもなく、真面目なものだ。
クロノスは他の二人の様子を見る。コンラートはどういうことか理解できていないふうで頭を掻いていた。汗を拭き出しているのを見るに動揺はしているようだ。
アンリッヒは落ち着いていた。表情一つ変えず、ヘレンを眺めている。けれど、組んだ腕から指がちらりと見えた。とんとんっと動かしている仕草が。
苛立ちか、焦りか。クロノスは二人の対照的な反応に考えを巡らせようとした時だった。
「うあぁああぁぁあああっ!」
喉の奥から出したような叫び声が木霊した。




