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クロノス魔導司書官の事件録―悪評公爵令息は聖女の助手となる―  作者: 巴 雪夜
第九篇:穢れを楽しむ愚か者

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第60話 これからも


 ヴィタリーは自分の成績の悪さにテストをカンニングしてしまった。そのことをヘリットに脅されて、彼に協力していたのだという。


 ヴィタリーの家庭は勉学に関してとても厳しく、少しでも成績が落ちれば責め立てられていたらしい。


 母から言葉で、父からは手を上げられて。また怒られるのが嫌だったのだと、ヴィタリーは警察隊に全てを話した。


 ヘリットは自分の興味のためだけに犯罪に手を染めてしまった人間だ。穢れへの興味が彼らを引き付けて、利用するはずが逆手に取られてしまい――闇に落ちてしまった。


 サリュに犯罪方法を教えたのも、穢れを騙すことができるのかという興味からだ。あまりにも分かりやすい人間である彼女に憑りつかせることができるかと。


 すでに闇に落ちてしまった彼にはもう常識は通用しない。けらけらと狂った姿をレナントが「あれはもうだめでしょう」と言っていたのを、クロノスは思い出す。


 週末の休日。晴れ晴れとした昼下がり、久々にゆっくりとできるはずだったクロノスは、広場前のいつものカフェテラスで珈琲を飲んでいた。



「ティルダさんも怪我が大したことなくてよかったですね」


「毒など仕込まれていなくてよかったが……」


「なんでしょうか、クロノスさん」



 もぐもぐとイチゴとクリームがたっぷり乗せられたパンケーキを食べながら、レミリアは首を傾げる。



「当然のように俺の休日に参加してくるな、君は」


「だって、私も休日なんですもん」



 クロノスの突っ込むにレミリアはいいじゃないですかと返す。良くもなければ、悪くもないがクロノスの心情だが、彼女には伝わらない。


(そもそも、伝えたら拗ねそうだ)


 まだ短い付き合いではあるが、レミリアのことが分かってきているクロノスは、黙って彼女を見つめるだけにとどめた。



「君は友人が本当に少ないな」


「うるさいですよ。いいんですよ、私の交友は狭く深くなんですから」


「シャンタルを紹介しよう。彼女は真面目な人間だからな」


「なんですか、その断りにくい感じはぁ」



 私が一緒では嫌ですかとむぅっと頬を膨らませるレミリアに、クロノスは「いや?」と首を左右に振った。



「一緒にいるのが嫌ならば、最初っから誘いに乗っていないが?」



 自分はそこまでよくできた人間ではないのだから、嫌なら断っている。クロノスがそう言えば、レミリアは眉間に皺を寄せながら眉を下げた。


 むむっといったふうに。暫しそうしてから、「そういうところですよ」とレミリアは呟いてパンケーキをぱくりと食べる。



「飴と鞭が上手いんですよ」


「君が言うならばそうなのだろうな」


「これが女性慣れした男性の余裕ってやつですね」


「女癖の悪評の事は忘れてくれ」



 今は大人しくしているだろうとクロノスが言えば、そうですねとレミリアは何でもないように返す。



「最近はカラスと影で噂をする人間も減ってますし。まぁ、私の助手なのですから大人しくしてくれないと困りますね」


「今は君の婚約候補者でもあるからな」


「お義父様がますます貴方を気に入ってましたよ」



 ヴィタリーと娘の話を聞いて、身を挺して守ったという覚悟をランドルフはえらく気に入ったのだという。


 それほどのことができるならば、娘を任せられるなと。聖騎士団内でも話題になっていて、「あの精霊たちを動かすことができた魔導司書官」と一部では尊敬されているらしい。


 目立ちたくはないのだがとクロノスは面倒くさげな顔をすれば、「貴方ってほんっと欲がないですよね」とレミリアに言われてしまった。



「騎士たちからすれば、名誉な事なのに」


「でも、君はそういったことを気にする人間を選んだりはしないだろう?」


「しませんね。だから、私はクロノスさんを選んでよかったと思っていますよ」



 そういった姿勢が自分にとっては落ち着けるのでと、レミリアは笑む。聖女としての重圧を感じることもなく、一人の女性としていられるのですからと。


(君もそういうところだと、俺は思う)


 クロノスは口に出そうになった言葉を飲み込んだ。こういったところが放っておけないとなる理由の一つなのだが、言わないでおく。



「正式に父が婚約者にしてくるでしょうけど、これからも私の助手としてよろしくお願いしますね。クロノスさん」


「最初の一文はどうにかならないか、レミリア嬢」


「諦めてください」



 レミリアは「大丈夫ですよ、私がちゃんと責任を取りますから」と胸を張る。そう言いながらパンケーキを食べないでほしいとクロノスは思った。


(だが……きっと、彼女に付き合い切れるのは自分だけなのだろう)


 レミリアのこういった言動を許して、受け入れるというのは。彼女を聖女として特別扱いせずにできるのは、きっと。


(面倒だと思わないわけではないが……嫌だと感じていないのだから)


 こういったやりとりをしても嫌な気はしてない。助手も続けてもいいと思ってしまっている。



「こういった感情を抱いてしまったが、負けなんだ」



 呟いて、はぁとクロノスは小さく息を吐き出した。



「そういえば、ティルダさんが言っていたのですが。貴方の正式な弟子になるんですね」


「……ローランドがやらかしてくれたのでな」



 クロノスは思い出してか、眉を寄せる。


 あの後、ティルダが油断した自分のせいでとだいぶへこんでいたらしい。謝りに来た彼女にクロノスは気にしないようにと声はかけていた。


 そんな様子を見てローランドが元気づけるためだったのか、「ティルダちゃん、日雇いしてみる?」と提案をしたのだ。


 魔導司書官の弟子となれば、学院に通いながらも仕事を手伝うことができる。館長に相談すれば、ここで日雇いとして雇用してくれるだろうと。


 

「何かを返すならば、身をもって行うべきだろうとな。元々、弟子になりたかったのもあってか、ティルダ嬢がやる気を出したんだ」


「申請をしたのはローランドさんですか」


「そうだ。俺の名でしたからな、あいつは」


「ティルダさん、律儀に私に挨拶しにきたんですよ」



 ティルダは申請が通った後、すぐにレミリアの元へとやってきて「クロノス魔導司書官の弟子になりました」と挨拶をしにきたのだという。


『わたしはただ、魔導司書官として師匠を尊敬しているだけですので、聖女様は安心してください』


 表情のない顔ではあるものの、真面目にそういってくれたらしい。「あの子は良い子ですよね」とレミリアはパンケーキの最後の一切れを頬張った。



「良い子なのだろうが……俺は教えるのが下手なんだ」


「それは聞いていますが、頑張ってください」



 他人事だと思ってとクロノスがじとりと見遣れば、レミリアに紅茶を飲みながら気づかぬふりをされる。



「さて、昼食も食べ終えましたし、行きましょうか」


「聞かなくても分かるが、何処だろうか?」


「ラフォール歌劇団ですよ!」



 月姫シリーズの最新作が今日公演なのだとレミリアは目を輝かせる。だろうなとクロノスは思った。彼女は決まってこういう時は歌劇を観に行きたがるのだ。


 月姫シリーズは制覇させられているので、クロノスはもう慣れてしまっている。しかし、人気公演なのにチケットは取れたのだろうか。


 そんな疑問にレミリアは「ローランドさんからいただきました」と、チケットを見せてきた。



「お姉さまが観に来てほしいからと」


「なるほど」


「付き合ってくれますよね?」



 じぃっと見つめられて、クロノスは珈琲を飲み干すと立ち上がった。



「仕方ない、君に付き合おう」


「流石です、クロノスさん。今度は私が貴方に付き合いますから、考えておいてくださいよ」



 なんという提案だろうかとクロノスは思ったが、突っ込むのを止めた。彼女に他意などないのだ。


(本当に、そういうところだな)


 君も他人の事は言えないぞと、言ってやりたい気持ちをクロノスは堪える。


(けれど、彼女のために生きることを最後まで足掻いてみるのも、悪くはないか)


 前世の記憶で見た死に際に答えを出したクロノスは小さく笑む。なんとなくだが、自分が転生した意味を感じられて。



「ほら、早く行きましょう!」


「チケットがあるのだから焦らなくてもいいだろうに」


「いいじゃないですか。ほらー」



 レミリアに手を引かれながらクロノスはカフェテラスを出る。こうやってまた付き合っていくのだろうなと思いながら。




END

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