第58話 気づく、違和感
「首謀者が居たとして、目的はなんだろうか」
昼休憩がもう間もなく会議室でふと、抱いた疑問にレミリアが「穢れに憑かれている可能性はあります」と答える。
穢れというのは憑りついた人間を闇に落としてから魂を食らう存在だ。餌が多ければ、それだけ食うに困らない。
穢れの誘惑に堕ちそうな人間を見つければ、それを仲間に知らせることもできるのだと、レミリアは教えてくれた。
「思い出したのですが、サリュさんに憑りついていた穢れは〝騙された〟と言っていたのですよ。恐らく、他の穢れにそそのかされたのかもしれません」
そういえば、あの時の穢れは言っていたなとクロノスも思い出して、あっと声を零す。
「どうかしたのですか?」
「いや、穢れを倒した後に背筋を這う寒気がしたんだ。誰かに睨まれたような」
「穢れの残り香……あるいは、首謀者がその場にいたのか……」
少し気になりますねとレミリアがふむと考える素振りを見せる。気のせいだと思っていたが、そうではないのかもしれない。
時計を見れば、休憩時間が終わる頃合いだ。そろそろ、教室へと向かうか、そう思って立ち上がった時だ。
「レミリア聖女様っ!」
ばんっと会議室の扉が開いた。なんだと見遣れば、ボルティルが慌てた様子で入って来るや否や、レミリアの手を引く。
「た、大変なんです。ティルダが!」
「ティルダさんがどうしたのですか?」
「怪我をして、それが……」
怪我。もしや犯人に気づかれたかとクロノスたちは急いで教室へと向かう。
会議室から特別クラスはそれほど離れてはいない。廊下には人混みができており、教室からは騒ぐ声も聞こえてくる。
室内へと入れば、ティルダが手を押さえていた。彼女の手のひらからは血がにじみ出ている。
「大丈夫か、ティルダ」
「師匠、すみません……油断していました」
ティルダは申し訳なさげにしながらも、クラスメイトが持ってきたハンカチで傷口を押さえる。
何があったのかと近寄って聞けば、「手袋にナイフの刃が」と床を指さす。
落ちていた手袋をクロノスがそっと拾い上げて中を確認すれば、小さく加工されただろうナイフの刃が仕込まれていた。
次の授業のために手袋をはめようとしたところ、ざっくりと切ってしまったということのようだ。
「手袋は自分の物で間違いないだろうか?」
「はい、わたしの物です」
「誰か、怪しい人を見かけませんでしたか?」
周囲にいる生徒たちにレミリアが問いかければ、あのと恐る恐るといったふうに一人の女子生徒が手を挙げた。
「ヴィタリーくんがティルダさんの席で何かしているのを、あたし見ました」
ヴィタリー。彼の名にレミリアと視線を合わせる。彼が隠し事をしていたのは間違いがない。
周囲を見渡すも、ヴィタリーの姿はない。彼は何処だとクロノスが聞こうとして、「大丈夫ですか!」とヘリットが慌てて教室に入ってきた。
「ヘリットさん、ヴィタリーさんを見かけていませんか?」
「え? あぁ、彼ならさっき見かけたけれど……」
「どこですか!」
レミリアは立ち上がってヘリットに詰め寄る。彼は驚きながらも、「予備校裏の方へ」と答えた。
「案内してもらえますか、ヘリットさん」
「えぇ、構いませんよ」
「クロノス魔導司書官はティルダさんをお願いします!」
レミリアはそう言ってヘリットと共に教室を飛び出していく。逃げられてはいけない、あるいは穢れを暴走させないために。
クロノスもティルダを他の教師に引き渡してからレミリアを追いかけようと、手袋の中身へ目を向けた。
傷つけないようにナイフの刃を取り出してみる。少し細長いが手を切るだけならば、さくっと傷つけられるだろう。
(これは技術魔法で使われるナイフではないだろうか)
技術魔法というのは様々な種類があるが、一番メジャーなのは物に魔法を付与するものだ。
特にナイフというのは魔法を付与するのに最適な物の一つとなる。その中でもこのナイフは、上級者向けのものではないだろうか。
(このナイフの研ぎ具合、素材……間違いない。上級者向けはそれに見合った実力者の持ち主にしか売られないはずだ)
ヴィタリーはどうやってこのナイフの刃を手に入れたのか。彼は魔法に長けていたのかと思うも、ティルダが言っていた「魔法の勉強をもっとしたほうがいいですよ」が頭に過る。
(本当に彼自身の意思で行った行動なのだろうか)
目撃者がいる以上はヴィタリーがやったことはほぼ決まりだろう。けれど、それにしてはナイフの刃が気になる。
(気になる……気になると言えば……)
レミリアが言っていた「なんか違和感があったんですよね」という言葉。ヴィタリーの言動には隠し事をしている点以外には感じられなかった。
けれど、レミリアは違和感を覚えている。なんだろうかとナイフの刃を眺める。
(技術魔法に使われる……技術魔法?)
ぴたりとクロノスの動きが止まった。
「何故、彼は〝弟子が床に置いたカバンに仕掛けをした〟ことを知っているんだ」
カバンに仕掛けたというのが広まるのはまだいい。だが、あの場では誰も〝床に置いた〟とは言っていないのだ。
コリーはただ、「目を離したことはありますが」と証言しただけだった。彼女が床にカバンを置いた隙にトランプのマークを消したのは、警察隊の事情聴取で分かったことだ。
「彼女が危ないっ」
丁度、ヒデオン講師が騒ぎを聞きつけて教室へとやってきたタイミングでクロノスは立ち上がった。
「ヒデオン講師、ティルダをお願いします」
「え、は、はい……」
「そこの廊下にいる生徒たち。レミリア聖女たちはどっちに向かった!」
その問いに生徒たちがあっちですと指をさす。クロノスは駆け出した、まだ間に合うはずだと。




