第56話 怪しいのは誰か
「クロノス魔導司書官。断らなかったのはやはり私の助手だからでしょうか?」
予備校の廊下を歩きながらレミリアが問う。朝九時過ぎ、授業が始まっているだろう時刻だ。
予備校の責任者であるヒデオン講師に案内されながら、ティルダのいる特別クラスへと向かっている。
ヒデオン講師には話が通っているので問題はない。クロノスは「それもあるが」と、レミリアの疑問に答える。
「俺にしかできないことならば、断る理由もないだろう。君の助手となると決めた以上は力になるさ」
確かに面倒だと思わないわけではない。けれど、助手となると決めたのは自分であり、レミリアを放っておけない存在と認識してしまったのだ。
どういう理由であれ、決めた以上は力になろう。クロノスの言葉にレミリアは「そういうところですよねぇ」と呟く。
「それに今回ばかりは俺を使うほうがいい」
「そうですね。ティルダさんの師匠っていう話がここでは活躍できそうですし。でも、聞いた話では貴方って誰かに教えるのが下手なのでは?」
「……そこには注意していこう」
クロノスの返答にレミリアが「無理そう」と呟いた声が聞こえる。それに突っ込むことをクロノスはしなかった。絶対にできる自信というのはなかったのだ。
「こちらが特別クラスです。お二人ともよろしくお願いいたします。ヘリット講師にはお二人の特別授業期間の担当にしておりますので」
ヒデオン講師の言葉にそれは怪しまれないかとクロノスが思っていれば、レミリアが「仕掛けを施したくじ引き引っかかってくれたので」と耳打ちする。
どうやら、公平性を保つ体で担当をくじ引きで決めたのだという。もちろん、それには仕掛けが施されている。必ずヘリットが当たるように。
なるほどとクロノスは納得したのと同じく、ヒデオン講師が教室の扉をノックした。奥から男性の声がしたのを確認してから扉が開かれる。
「皆さん、お待たせしました。特別講師のレミリア聖女様とクロノス魔導司書官殿です」
ヒデオン講師に「ご挨拶を」と促されて生徒たちが席から立ち上がり、一人一人頭を下げていく。
「レミリア聖女様は説明をせずとも皆、よく分かっているだろう。この方は若き騎士たちのために聖騎士団での行いや、どういった行動で聖女様のサポートをするのか、そういったことを教えてくださる」
聖騎士団は聖女のお役目の手助けもするのだ。今回はどういったことをするのかなどを教えてくれると、ヒデオン講師から説明される。
レミリアは笑みを浮かべて「よろしくお願いしますね」と、生徒たちへ目を向けた。
その自然な動きと安心できる微笑みに生徒たちが目を奪われる中、クロノスの紹介へと入る。
「クロノス魔導司書官はトップの成績で魔導司書官試験に合格し、主席で学院を卒業しているお方だ。より多くの魔導司書官を輩出する力になれるならばと、特別講師になってくださった」
クロノスもレミリアに習って挨拶をすれば、「あのリーグベルト家の」と小さく声が聞こえた。
聖女の助手となったのはあっという間に広まったことなので、自分の噂も知っているのは想像できる。
(下手に怪しまれるよりはいいか)
噂や聖女の助手という話題で誤魔化せるならば、痛くはない。クロノスは聞こえなかったふりをしながら、ヒデオン講師の話を聞く。
「失礼のないように。あとはヘリット講師にお任せします。わたしはこれで。聖女様、クロノス魔導司書官殿、よろしくお願いいたします」
ゆっくりと頭を下げてからヒデオン講師は教室を出て行った。彼の背を見送ってから、教壇に立っていたヘリットが「ぼくが担当講師です」と自己紹介してくれる。
白髪の短い髪に少し不健康そうな顔色の男がヘリットだ。ひょろっとしていると言う言葉が合う彼は「よろしくお願いいたします」と挨拶をしてから、生徒たちに「君たちもちゃんと授業を受けるように」と注意していた。
「では、授業は休憩後に行います。今のうちにお二人といろいろお話してみてください」
ヘリットが言い終わるのと同時にわっと生徒たちが集まってくる。騎士志望の生徒はレミリアの、魔導士官学科を受験する、あるいは魔導司書官志望の生徒はクロノスの周囲を取り囲んだ。
ヘリットが「押しかけたら駄目ですよ」と注意して、一人一人並び始めた。これは一人一回、質問をするという形式のようだ。
これは長くなりそうだなとクロノスは顔に出そうになるのを堪えながら、一人一人の質問に答えていく。ふと、ティルダが腕を組む素振りに紛れて指をさした。
隣にいる女子生徒と男子生徒が何か言い合っている。この二人がボルティルとヴィタリーのようだ。
彼らの番になった時、ティルダが「師匠」と言って、二人を紹介する。
「わたしの友人のボルティルさんとヴィタリーくんです。二人とも魔導司書官志望なんですよ」
「よ、よろしくお願いいたします!」
「お願い、します!」
ぺこりと頭を下げる二人をクロノスは観察する。赤毛の長い髪をふわりと巻いている大人びた印象のボルティルは、少しばかり緊張しているようだった。
栗毛の癖のある髪が特徴の眼鏡をかけたヴィタリーも同じようだ。ぱっと見た感じでは怪しい印象はない。
「魔導司書官志望ということだが、この職は魔法と魔導書の知識の両方に長けていなくてはならないが、大丈夫だろうか?」
事件のことを感じさせないように、当たり障りない話題を振れば、二人は「それが」と目を伏せた。
話を聞くに成績が思ったよりも低かったようだ。なので、ティルダは「どの辺りを中心に勉強したら良いでしょうか?」と質問してくる。
「少なくとも魔法は中級以上は身につけなくてはいけない。知識は魔導書に関するものに絞るといいだろう」
「知識だけでは、駄目なんですか?」
「駄目だ。魔導書というのは暴走することもある。それに対応できるように魔法は扱えるようにしていないといけないんだ」
ヴィタリーの問いにクロノスは答えた。魔導書というものは中には罠がしかけられていたり、呪詛が付与されているものもある。
魔法に長けていなくては対処というのができなくなってしまう。クロノスに言われて、ヴィタリーは眉を寄せた。
露骨な機嫌の悪さに顔に出やすいタイプなのだろうことは察することができる。ボルティルはむむっと考えている仕草を見るに真面目な気質はあるようだ。
(ヘリットはどうだろうか)
ちらりとヘリットを見遣れば、生徒たちに「質問は一人一回ですよー」と声をかけている。口調や仕草は穏やかさが感じられた。
(この三人の共通点は決まった時間に図書館の第一魔導書室を訪れていたことだ)
レナントはサリュ容疑者から「わたしが見かけたのはこの三人よ」と、証言をもらっているので間違いがないだろう。
では、誰か。今の様子を見るに怪しさというのは感じられない。クロノスは一通りの生徒の質問に答え終わった後に「ティルダ嬢」と、彼女を呼ぶ。
「どうしましたか、師匠」
「このクラスは活気があるように感じられるが、講師が良いからだろうか?」
「ヘリット先生はみんなのことをよく見てくださっているんです」
一人一人に対してしっかりと教えてくれる良い講師だとティルダは話す。
「みんなことが心配なのか、よく観察しているんですよね」
些細なことでも気づいてくれて、心配してくれるんですよと、ティルダの言葉にクロノスはヘリットを見た。
彼はレミリアにしつこく質問をしている熱心な生徒を止めに入っているところだ。こらこらと穏やかな声で叱っているので、威圧感というのはない。
(彼の事も気になるが、他二人の情報もほしいな)
クロノスは言い合うボルティルとヴィタリーを眺めながら、どう切り出すか考えるように顎に手をやった。




