第55話 事件には首謀者がいる
「なぁ、クロノス」
始業時間の九時過ぎ、業務の確認を第一魔導書室の貸出カウンターでおこなっていたクロノスに、同僚の魔導司書官であるローランドが話しかけてくる。
いつもならば無視をするところだが、補佐であるシャンタル図書司書官も何か言いたげにこちらを見ていたので、仕方なく書類をカウンターに置いた。
「あの子、どうすんだよ」
クロノスが問い返す間もなく、ローランドがほらとカウンターの下を指さした。そこにはじっとこちらを見ているティルダの姿がある。
クロノスの動きを観察しては、魔導司書官としての業務のやり方をメモしているティルダに、そろそろ説明がほしいようだ。
仕方ないとクロノスはこの前あった魔女の弟子殺害事件のことを簡潔に話す。弟子になりたいと言われたことも含めて。
事情を全て理解した二人は同時に言った。
「弟子はない」
「弟子はないですね」
「何故ですか!」
二人の言葉にティルダが声を上げる。図書室では静かにとクロノスが注意すれば、表情がない顔を向けながら、「理由が知りたいです」と問う。
「いや、クロノスは教えるのが下手なんだよ」
「下手?」
ローランドの言葉にティルダが首を傾げれば、彼は「自分と同等の人間にしか伝わらない言い方をすんだよ」と教えてくれた。
要は分かりやすく、噛み砕いて説明するのが下手なのだ。シャンタルもそれを実際に体感しているので、「あれは分かりにくいです……」とはっきり言っている。
「だから、弟子を断っただろうし、そもそも面倒くさいことはしないタイプの人間だからなぁ。クロノスは」
「でも、諦めませんよ!」
すんっと表情がないが、言っている言葉は力強い。なんとも考えが読みにくい子だなとクロノスが困っていれば、室内の扉が開いた。
「クロノス魔導司書官、少し良いでしょうか……って、ティルダさん?」
レミリアがティルダを見て目を瞬かせる。クロノスが「弟子関連だ」と言えば、彼女は納得してくれた。
「少し、お話がしたいのですが大丈夫でしょうか?」
「あぁ、問題はない。別室に移動して……」
「いや、お三方にも聞きたいことがある」
クロノスの言葉を遮るようにレミリアの後ろからレナントが入ってくる。扉が閉まったのを確認してから、彼は話を続けた。
「つい先日のホテルで起こった事件、クロノス殿は覚えているでしょう。その犯人のサリュ容疑者が〝殺人方法はある人から教わった〟と証言したんだ」
「それが僕たちに何か関係でも?」
「殺人方法を教わるためにこの魔導書室を利用していたと言っているんだ」
レナントの言葉にえっとシャンタルが驚いた声を上げる。それにはローランドが「どうやって?」と疑問を口にする。
話し声というは静かな室内では聞こえるものだ。どんなに小さく話そうとも。
「本にメモを挟んでおいたらしい。司書官たちに見つからないように、時間を指定して、分かりにくい項目の本を選んでだ」
「わたしたちが本の確認をする前にメモを取っていたのですね……」
「あぁ、確認する時間帯も調べられていたってことか……。なら、僕たちにも見つからない可能性はあるね」
なるほどとローランドとシャンタルが頷き合う。レナントは「怪しい人物がいなかったか」と、問いかける。
「二週間前からやりとりをしていたらしい。貸し出しの名簿なども確認させてもらいたい」
「名簿ならこちらに……」
わたわたとシャンタルが貸出カウンターから名簿を取り出しのを横目に、ではティルダを残す理由はとクロノスが問い返す。
「実は犯人が魔法学院予備校生の可能性が出ているんだ。確か、ティルダ嬢は予備校生ではなかったか?」
「はい。師匠、クロノス魔導司書官さんの推薦状のおかげで予備校生になれましたので」
「君ならば予備校内の状況が分かるのではないかね?」
レナントの問いにティルダが「魔導士官学科ならば」と答える。クラスは二クラスに別けられているが、同じ学科を目指すので話は耳に入ってくると。
ただ、人数がそこそこ多いので全ての人間を覚えているかと問われると、自信はないのだとティルダは素直に伝えた。
「君は通常クラスではなく、特別クラスだろう?」
「クロノス魔導司書官の推薦状で特別クラスにいますけど……」
「特別クラスの生徒なんだ、容疑者は」
容疑者は三名、男二人に女一人。ボルティルという十七歳の女性と、ヴィタリーという十六歳の少年、それから特別クラスを担当している教員の一人、ヘリット三十五歳の男性だ。
彼らは知っているかとレナントに聞かれたティルダは「はい」と頷く。
ボルティルとは同じ魔導司書官を目指す同級生として、ヴィタリーはちょっとしたことで神経質にぐちぐちと言ってくるが、交友はあるのだと。
「ヘリット先生は確か技術魔法を教えてくれていました。わたしは基礎だけ教わっています」
「三人にここ最近、怪しい動きはなかったかい?」
「そうですね……。ボルティルは成績が伸び悩んでいて焦っているようでした。ヴィタリーも理由は分かりませんが、気が立っていたかと思います。先生は、穏やかでした」
怪しいかと問われると自信はない。つい先日に学力テストの結果が出たばかりで、成績の伸び悩みが原因となって焦ったり、苛立っている生徒は多かったからだ。
なので、ティルダは参考になるかは……と、申し訳なさげに言う。
「他の司書官殿はどうだろうか?」
「名簿には三人の名前がありますね。しかも、ここ最近」
ティルダが開いた名簿をローランドが受け取ってレナントに見せる。そこには三人の名前が記されていた。
共通点として、二週間前ぐらいからさまざまな分野の魔導書を借りている。有名なものから、マイナーなものまで。
時間帯は一致している時もあれば、そうでない時もある。メモを取るだけなので、実際に借りる必要はないため、本から犯人を推察するのは難しかった。
「今、内密に捜査をしているのだが……如何せん、予備校内の情報が足りなくてなぁ」
「迂闊に生徒に聞き込みをすれば、犯人に見つかってしまいますもんね」
「レミリア聖女様の言う通りです。若者というのは、どうも……」
全ての若者がというわけではないけれど、警察隊から聞き込みをされたと漏らす人間はいるのだ。
誰かと話をしていることに興味を持って聞き耳を立てようとしたり、噂をする者というのは現れてしまう。
せめて、内部に協力者がいればとレナントががしがしと頭を掻いた時だ。
「わたしなら、三人の様子を窺えますよ」
ティルダが言った、手伝えますと。まさかの申し出にレナントはうーんと腕を組み、レミリアは「危険ですよ!」と止めに入る。
「ティルダさんに何かあっては大変です」
「でも、わたしなら三人と気軽に話ができるんですよ。怪しまれたりしません」
「それはそうですけど……」
「……ティルダ嬢は確か魔導司書官志望だったね?」
レナントの問いにティルダがはいと頷けば、彼はクロノスへと目を向けた。あぁ、これは自分にも役が回ってくるぞとクロノスは悟る。
「成績優秀な魔導司書官が特別講師としてやってくれば、ティルダ嬢を守りながらやれるのではないかね?」
「そうきたか……」
「あ! なら、私は騎士学科専攻の生徒へ特別講師として参加できますね!」
なるほどと、レナントの提案にレミリアが納得する。〝特別講師として〟ならば、周囲から怪しまれることはない。
警戒するのは犯人だけだ。三人の様子を窺うのには丁度よいだろう。それならばと、ティルダは「友人として紹介ができます」と胸を張った。
「わたしの師匠ですと、ボルティルに紹介できますし、ヴィタリーには自慢ができますから。彼も魔導司書官志望だったはずなんで」
「ここで、その師匠ネタが役に立つのか……」
「穢れの影響を受けている可能性がありますので。クロノス魔導司書官、ここは事件解決のために演じてください」
レミリアに「お願いします」と言われて、クロノスは仕方ないと一つ息を吐き出した。
これがティルダを守りつつ、犯人を捜す方法としては一番の手段だろう。クロノスは「特別講師の手配はできるだろうか?」と、レミリアに問う。
「お義父様経由で若き騎士志望育成のためにと申し出はできるかと。問題は魔導司書官側ですよね……」
「館長にお願いしたらいけるんじゃないか?」
名簿をまとめ上げたローランドがレナントに渡しながら言う。館長からレミリアの父に言うように、魔導司書官をより多く輩出するためにといった体で、予備校に申し出ればと。
その提案が一番、怪しまれないはずだ。レミリアが「では、こちらから言っておきましょう」とレナントに、大丈夫ですよねと聞く。
「こちらは問題ない。予備校の責任者にのみ情報共有をしよう。協力に感謝するが、無理だけは決してしないでほしい」
「わかりました。師匠たちの指示にはちゃんと従います」
「では、作戦を考えましょう」
いろいろと準備がありますからとレミリアはレナントと相談を始める。クロノスはティルダへと目を向ければ、彼女は無表情ながらもやる気に満ち溢れていた。




