第54話 人間というのは咄嗟にボロが出てしまうものだ
ほらっと四個目のトランプをコリーは取り出す。白地に赤色の模様が描かれている箱はよくみるトランプに似ていた。
それをクロノスはコリーから受け取って、サリュへと目を向ける。彼女は「何よ」と怯えたふうに声を零した。
「君はトランプを拾ったのは間違いないだろうか?」
「拾ったわ。でも、落ちたのを見かけたからよ」
何もしていないわと言うサリュにクロノスは手に持っているトランプを観察する。箱は至って普通の紙製だ。クロノスは箱を裏返して、ふと気づく。
箱の角に何かが書かれていただろう跡があったのだ。これはと、テーブルに置かれた他二つのトランプの箱も手に取って確認してみれば、ハートや三角のマークが記されていた。
ではと、手品に使われただろうトランプの箱を見てみれば――星マークだ。
「このマークは手品の種類を分かるようにしているのだろうか?」
「は、はい。 手品によってトランプの仕掛けは変えていますので……」
「では、〝星マークの手品をしてほしい〟と言ったのは誰だろうか?」
「それは……サリュさんです」
コリーがそう言えば、皆がサリュを見る。彼女は自分が疑われていることに対して、「ふざけないでよ!」と怒っていた。
(確たる証拠はないが……)
現状、怪しいとなったのはサリュと、時点でコリーとなる。しかし、これだけでは納得はされない。
ではと考えながら描かれていたマークを眺めて、クロノスはすっと目を細めた。
「これは、特殊なインクを使っているのではないだろうか?」
クロノスはトランプの箱を傾けながら問う。光の加減でインクが見えなくなっていたことに気づいたのだ。
ドナートが「あぁ、そうです」と、教えてくれる。影におくと色が視え、光に当てると消えてみえる特殊なインクで隠しているのだと。
「このインクの特徴は?」
「えっと、擦ると簡単に落ちるんです。でも、布や皮膚につくと洗っても落ちないんですよ。だから、マークを消す時は紙で拭うんです」
少し特殊でしょうとドナートが話したことで、クロノスは一つ思いつく。
「一つ聞くが、サリュと一緒に行動してから彼女と離れた時はあるだろうか?」
「ホテルで合流してからは離れていませんね。でも、カバンから目を離したことはありますが……」
コリーが頬を掻きながら答える。隙を見せたのは間違いないらしいことを確認して、クロノスは「君たちの持ち物を調べさせてほしい」と提案する。
「ハンカチなど布製のもの及び、手を調べさせてくれないだろうか。そうすれば、この場では疑いを少しは減らせる。君たち全員だ」
「オレは大丈夫ですよ。コリーお前もだよな?」
「はい、あたしも大丈夫です。えっと、あのインクは布や皮膚に着いた場合、光に当てるときらきら光るんですよ」
ほらと、近くにあったテーブルにあったナフキンに、カバンから取り出した特殊なインクの入ったペンを垂らす。
それからグラスにはいった水を傍に居たホテリエからもらって洗ってみせた。ぱっと見は綺麗に落ちているようだが、シャンデリアの光に当てると――きらきらと煌めいた。
「紙に書くと光で見えなくなるのに、布や皮膚ではきらきらするのですね。不思議なインク」
「最近、発売された魔法学を取り入れたインクなんだ。マジシャンの間では受けがいいよ。手や布に付着しないように気を付けなくてはいけないが」
ほらとドナートは手を光に当ててみせた。続くようにコリーも見せてみるが、二人とも何の変哲もない。
荷物だって調べてもらっていいし、家を捜索してくれたって構わないよと、ドナートは言う。
サリュはどうだろうか。クロノスたちが目を向ければ、彼女は咄嗟に両手を背に隠した。
(それは白状しているのと同じではないだろうか)
クロノスが突っ込むことをせずとも、皆の表情に出ている。サリュはわなわなと震えながら、何かを言おうとするも言葉にならず――ゆらりと何かが視界に入った。
靄か、いやそれにしてはとクロノスがレミリアに聞こうとして、黙った。彼女が聖槍を構えていたからだ。
「憑りつく相手を間違えましたね、穢れよ」
分かりやすい人間に憑りつくとはと、レミリアは言う。瞬間だ、サリュが悲鳴を上げた。
彼女は弾け飛ばされて床に倒れる。靄が形を成し、穢れが具現化された。それは人型のゴーレムに似た姿をしている。
「あぁぁああ、騙された騙されたあぁあああ!」
穢れが喚く。こんな役立たずな人間に憑りついたことを後悔するように。
「お義父様、皆さんを避難させてください!」
レミリアが声を張り上げたのと同じく、ランドルフが客を避難させる。慌てて走り抜けていく人々を背に、穢れはまだ喚き散らしていた。
「ああぁあああ! こうなれば、こうなればぁああああ!」
穢れが叫んだと共に逃げる人々へと拳を振り上げて、弾き返される。
「やぁねぇ……わたくし、こういったことは不慣れなのだけれど」
困ったように頬に手を当てながら、アイリーンが結界を張っていた。父と兄はと見遣れば、ランドルフと共に客の避難誘導をしている。
「……母上も主席で魔法学院卒業しているというのに?」
「言うようになったじゃない、クロノス。ほら、さっさと片付けてしまいなさいな」
結界を張りながらアイリーンはしっしと手を振る。こっちは任せていいと言う事のようだ。
母ならば大丈夫だろうとクロノスは背後にドナートたちを隠しながら、穢れの様子を観察する。
倒れて気を失っているサリュをコリーが抱きかかえていたので、彼女のことは任せることにした。
(さて、タイミングだ)
動きを拘束するにしても、タイミングを失敗すれば形勢は逆転してしまう。クロノスはレミリアと穢れの動きを見極める。
レミリアが穢れの拳を聖槍で弾き返し、怯んだ。クロノスは指を鳴らす。ばちっと紫水晶の指輪が光って、影から無数の黒い手が穢れの身体を押さえつけた。
「穢れよ、消え失せなさい!」
レミリアの言葉とともに聖槍が穢れの胸元に突き刺さる。耳につく甲高い叫びをあげながら、穢れはさらさらと消えていった。
「無事か、クロノスって……大丈夫そうだね」
「母上がサポートしてくださったからな」
ふっと結界を解くアイリーンを指さしながらクロノスが答えれば、レオンはなるほどと頷く。
「今、警察隊が到着した。父上とランドルフ殿が事情を話してくださっている」
「では、あとは彼らに引き渡せばいいだけだな……っ!」
ぞっと背筋に何かが這った。ばっと振り返るもそこには誰もいない。今のはとクロノスが首を傾げていれば、「どうしましたか?」とレミリアに声をかけられる。
「……いや、気のせいだ」
「そうですか。では、ドナートさんたちを警察隊に引き渡しましょう」
レミリアはそう言って意識を取り戻したサリュへと駈け寄っていく。その背を少しばかり見てからクロノスは、何かを感じたほうへと目を向けた。
視線の先、レストランの扉が開いて警察隊が入ってくるのを眺める。
(穢れの残り香だろうか)
気のせいにしては現実味があったのだが。クロノスにはそれがどういった意味があるのか、分からなかった。




