第53話 犯人はすぐ傍に
倒れる男に駆け寄る三人の男女。一人は慌てふためき、一人は倒れる男の身体を揺さぶり、一人は傍に居たホテリエに警察隊を呼ぶように頼んでいる。
「皆さん、動かないでください」
騒めくレストラン内に響く、レミリアの声。途端にしんと静まり返り、皆が席に座って様子を窺う。
ランドルフがレストラン内を封鎖する流れは手慣れたものだった。誰も立ち入ることも、抜け出すこともできない状態は、犯人を捜しやすくもなる。
レミリアが倒れる男の傍に寄って、「やはり穢れです」と、手をかざしながら呟く。さて、これは助手として動かねばなと、クロノスは周囲を観察した。
テーブルにはトランプのカードの山、人数分の食べかけの料理に、ワインが入ったグラスのみ。料理はまだメインディッシュが運ばれてきたばかりのようだ。
床には小太りの中年男性が倒れ、数枚のトランプのカードが散らばっている。その他におかしな点はない。
(外傷がないということは……毒殺か)
男性の脈を確認してクロノスはふむと考える。毒がどのタイミングで仕込まれたのか、それが今回の事件を解決するカギだ。
死亡した男性のものだろうグラスには、まだワインが入っている。見るに入れたばかりといったふうだ。
(ワインではない……)
飲んですぐにという可能性もあるが、ワインの可能性は低いように感じた。ワインに、グラスにと手間がかかるからだ。
ソムリエやホテリエが犯人ならば可能だが、警察隊が疑わないわけがなく、調べればぼろが出てしまう。
「君たちは被害者の友人だろうか? それとも家族か?」
「あ、わたしが妻で、二人はフィリップ……夫の友人です」
「名前は?」
「フィリップの妻のサリュと言います……こちらが、夫の友人のドナートさんで、お弟子さんのコリーさん」
被害者フィリップの妻サリュは金髪の長い髪を耳にかけながら二人を紹介する。
ドナートと呼ばれた壮年の男は、焦げ茶の短い髪を掻きながら「何故、こんなことに」と動揺していた。
彼の弟子と紹介されたコリーという女性はレミリアより少し年上といった風貌だ。彼女は「師匠、落ち着いてください」と、ドナートに声をかける。一つに結った赤毛がはらりと揺れた。
サリュは夫が死んで不安なのか、落ち着きがない。ドナートはおろおろとし、コリー師匠を落ち着かせるのに必死だ。
三人の様子を観察しながら、クロノスは「倒れる直前までの行動を教えてくれ」と問いかける。
「えっと……夫がドナートさんの手品を見破ろうとしていました」
「手品?」
「ドナートさんはマジシャンなの。ホテルやバーでよくマジックショーをしているわ。それで、トランプを使った簡単な手品があるから、それなら見破れるのではって……」
レミリアが首を傾げたのを見て、サリュが説明する。夫であるフィリップはドナートの手品をいつか見破ってみたいと思っていたのだと。
凝ったものは無理でも簡単なものならば、自分でも見破れるのでは。そういった話題となって、ドナートが「じゃあ、簡単なトランプの手品をしてみせるよ」と、そこから始まった。
コリーにカバンからトランプの箱を取り出して、ドナートが白い手袋をはめながら、カードをシャッフルする。
好きなカードをフィリップに引かせて、絵柄を当てるというシンプルなものだ。カードを当てられて悔しがっていたところ、苦しみながら倒れたのだとサリュは話す。
(トランプ……)
クロノスは散らばったトランプを見遣ってから、「すまないが」と、ドナートに問う。
「予備の手袋はあるだろうか?」
「え? あぁ……コリー、頼む」
「こちらに」
ドナートに指示されてコリーがバックの中から手袋を取り出す。それを借りてクロノスは散らばったトランプのカードを手にとった。
一枚、一枚と丁寧に観察していく。トランプ自体は変わったものではなく、市販のものと差はない。
倒れるフィリップの手元にあるカードを拾った時だ――ふわりと甘い香りがした。
よくよくカードを見てみれば、光に照らされて何かが塗られた跡が確認できる。これはと拾ったカードの見直していれば、薄っすらと匂いが染みついていた。
(匂いのある毒……この世界では何があったか……)
前世の世界とこちらは違うので、毒の種類も様々だ。この甘い香りはと、暫し考えるが、魔法の事なら未だしも、毒などは専門外である。
「レミリア聖女。君は甘い香りのする毒をいくつ知っている?」
「確か、果実系の毒は甘い香りがすると聞いたことがありますね」
「果実系ならば、汁を薄っすら塗ることは可能か……。数摘でも死に至る猛毒の植物というのは多いと聞くからな」
「なるほど、カードに仕込まれていたということですね」
クロノスの手に持たれたトランプのカードをくんくんっと嗅いでレミリアは納得する。
だが、指に付着した毒を口に入れる必要がある。口元を拭った時と考えるも、ここは高級ホテルだ。マナーを守れる人間が殆どだろう。
では、と考えて一つ思いつく。クロノスはそれを確認するためにサリュへと声をかけた。
「君の夫は指を噛むあるいは舐める癖はあるだろうか?」
「はい。苛立った時などには……」
「そのタイミングでしょうね。毒が体内に入ったのは」
レミリアはふむと顎に手をやってからトランプの扱っていたドナートへと目を向ける。
彼は話を聞いていたようで、「オレじゃない!」と主張した。そんな少し考えれば分かるようなことをするわけがないと。
確かにそうだ。トランプに仕掛けられたとなれば、真っ先に疑われるのはドナートとなる。次に弟子のコリーだ。
二人が怪しいとなるが、妻であるサリュが完全に白になるわけではない。
(何か。怪しい行動をしていなかったか……)
そこに解くカギがあるはずだ。クロノスは「此処に来るまでの一連の行動を教えてほしい」と三人にお願いする。
「トランプに仕掛けられたのは間違いがないんだ」
「と、言ってもわたしは夫とずっと一緒にいて、ホテルのロビーでドナートさんたちとお会いして……。何もおかしなことはしていないわ」
「オレはえ、えーっと……同じく、コリーと一緒に来たんだ。あと、トランプはいくつか持ってきていて、手品の種類によって変えるんだ」
だから、いくつか持ってきているとドナートはコリーに問う。彼女は「はい」と頷いて、カバンから二個ほどトランプの箱を取り出した。
会うたびに手品を見破りたいとお願いされるので、周囲の迷惑にならないトランプの手品をするために、持ち歩いているのだと教えてくれる。
「では、このトランプを用意したのはお二人のどちらかということですか?」
「はい、そうなります。聖女様、これは……あれ」
ドナートはトランプの入っていた箱を確認して首を傾げた。
「おい、コニー。これはお前が用意したのか? いつも使っているものに似ているが、これは〝ただのトランプ〟だ」
ただのトランプとは。クロノスが問う間もなく、コニーが「え!」と驚きの声を上げた。
彼女も確認して「あれ、これ……」と困惑した表情をしている。どうやら、仕掛けのされていないトランプだったようだ。
(確か、マジシャンの使うトランプには彼らにしか分からない仕掛けが施されていると聞いたな。持ち主が見ればすぐに判別できると)
だから、彼らは自分たちの物でないと気づいたようだ。ドナートは「お前か、これは!」と、コニーを問い詰めているが、彼女は「違います!」と否定している。
「トランプを用意するのはお前に任せているんだ。これがお前じゃなかったら、だれなんだ!」
「そ、そんなことを言われても……。あたしじゃないですよ。確かにパッと見てはあたしたちのよく使うトランプ似てますが……」
ドナートはコニーに疑いの眼差しを向けている。それは自分が疑われていることへの苛立ちが表れていた。
(あれは、違うな)
クロノスはドナートの反応を見て思う。彼はあまりにも素直だと。マジシャンとして、ポーカーフェイスを気取ることはできるのだろう。
だが、人間というのは自分が犯人だと疑われた時ほど、感情が出るものだ。彼がそれが特に素直に出ている。
クロノスは刑事としての勘を頼るようにコリーとサリュを見た。コリーは困惑しながらも、ドナートを落ち着かせようとしている。
サリュは二人の様子をはらはらとしたふうに眺めていた。どことなく、落ち着きがない様子にクロノスは、少しばかり揺さぶることにした。
「コリー。君はトランプを手放した、あるいはカバンから目を離した時はあるか?」
「手放した、とは? カバンから目を離したりは……あ、トランプを落としました!」
コリーは思い出したと言ったふうに声を上げた。カバンから物を取り出す時に落としたのだと。
「でも、サリュさんが拾ってくれて……」
そこまで言ってコリーは、はっと我に返ったようにカバンの中を確認する。それから、何かに気づいたように顔を上げた。
「あたし、トランプは三つしか持ってきてないはずなのに、四つある……」
彼女から発せられた言葉に、クロノスはすっと目を細めた。




