第52話 ディナーは台無しとなる
「その渋い表情は、ほんっとに貴方らしいですよね」
シルヴァリアと会ってから数日後の夜十九時過ぎ。ホテル:ドラフ=ミシアのエントランスホールでレミリアにそう言われたクロノスは、「仕方ないだろう」と返事をしながら横目で見る。
少し離れた場所でクロノスの両親とレミリアの義両親が談笑しているのだ。二十時からの予約だったこともあって、少し空いた時間に挨拶をと。
その挨拶から談笑へと変わっているのだが、そこはもう置いておく。このままでは本当に婚約させられそうだなと思うも、仕方ないと受け入れている自分もいた。
(懐かれて、それを受け入れた時点で負けなのだ)
はぁと深い溜息を吐き出していれば、「お前は相変わらずだな」と後ろから声をかけられた。
誰なのかは分かっているクロノスは振り返りながら、じとりとした眼差しを声の主に向ける。
黒く長い髪を一つに結ったクロノスと同じほどの長身の青年がにこりと笑む。端正な顔立ちも似ている彼は兄であるレオンだ。
格好いいよりは綺麗という言葉が似合うレオンはレミリアに「申し訳ない」と、弟の反応を詫びる。
「こいつはこいつで良い点はあるので、見捨てないでやってほしい」
「それは私も見てきているので大丈夫ですよ。こういう人なのは理解しています」
「なんだろうか、この複雑な心境は」
「お前はそろそろ父上を安心させたほうがいい」
顔には出さないが内心、かなり心配しているのだとレオンに言われて、クロノスはまた渋い表情を見せた。
父も母も心配しているの知っているが、だからといってこうも逃げ場なく囲まれては、複雑な心境にもなる。
だが、自分自身の行いのせいであるのはよく理解しているので、クロノスは文句を口に出すことはしなかった。
「リーグベルト様方、お食事の準備ができましたので、ご案内いたします」
ゆっくりとお意義をしながら女性ホテリエに呼びかけられて、父ダーウィットが「では、そろそろ」と先導するように歩き出した。
何事もなければよいが。そうクロノスは思いながら、父の背に着いていく。
案内されたのは奥の窓際だった窓にカーテンが敷かれて外の景色は見えないが、周囲から目の届きにくい場所だ。
ここならば、人目を気にすることは少ないかもしれない。良い席を予約できたなとクロノスが思いながら、席についた。
男性ソムリエがやってきて、ワインの種類を説明しているのを聞きながら、クロノスがレミリアに声控えめに問う。
「レミリア嬢はお酒は大丈夫だろうか?」
「あぁ、私は飲めないのです」
「では、果実水にしてもらおう」
クロノスがそう言って、ソムリエに相談すれば、「では、品質の良い果実水を」と、素早く用意してくれた。
一連の行動にレミリアが「こういうところなんだよなぁ」と小さく呟く。言葉は聞こえたが、クロノスは深く聞くことはしない。
食事が始まって数分はダーウィットがランドルフと会話をし、アイリーンとレミリアの義母フリーデはアクセサリーデザインについて盛り上がっている。
両親間の仲は悪くないようで穏やかだ。これはますます、逃げ場がないなとクロノスが水を飲んでいれば、レミリアに「クロノスさんは」と声をかけられる。
「お酒は飲まないのですか?」
「飲まないな」
「こいつは飲まないじゃなくて、飲めないんだよ」
クロノスの代わりといったふうにレオンが訳を話す。こいつは酒が弱くてワイングラス一杯で吐くと。
意外だといったふうに見つめてくるレミリアにクロノスは眉を下げる。
「俺にだって無理なものはある。酒類を美味しいと思ったことはない」
「わかります。あの、お酒特有の匂いというか、風味が私も苦手ですね」
「同感だ」
「ここで意見が一致するのは、なかなか良いね」
好き嫌いといった意見や価値観は差が広くないほど、長く付き合っていられるものだとレオンは話す。
ここでも囲む気かとクロノスは思うも、兄の言い分が分からないわけでもなかったので黙っておく。
「レオンさんはご婚約者はいらっしゃるのですよね?」
「あぁ、いるよ。ただ、彼女は……」
レオンが言葉を続けようとして――悲鳴がレストラン内に響いた。
なんだと視線を向ければ、奥の壁際の席からだ。椅子から転げ落ちて床に倒れている男の姿が目に留まった。
あれはとクロノスが思う間もなく、レミリアがすっと立ち上がる。その眼は鋭くて。
「僅かに穢れの気配が漂ってきました」
あぁとクロノスは納得して、立ち上がった。彼女の助手として動くために。




