第50話 ますます、周囲を固められてしまう
聖騎士団で起こった事件から三日ほど経った週末の休日、昼を少し過ぎた頃だ。クロノスは城下町広場のカフェにいた。
晴天の中、テラス席で両肘をついて握った手に額を押し当てながら、これでもかという深い溜息を吐き出して。
目の前では新作のブルーベリーパンケーキを、ホイップたっぷりにしてレミリアが美味しそうに頬張っている。これもまたいつもの光景だ、彼女といる時の。
「全方位から固められて、逃げ場がない」
「なんか、申し訳ありません」
レミリアは「私がやったことですけど、ここまで広がるとは」と、驚きながらも謝ってくれた。
どうしてこんなことを言っているのか。それは聖騎士団で事件を解決した時にまで遡る。
あの後、連行されたクルトを見送ったクロノスは、ランドルフに捕まった。肩を掴まれて、ばんばんっと何度も叩かれながら。
『なんだ、君は雷属性だけでなく、闇属性魔法もメインに扱えるのか! それでいて光属性と水属性を補助として使えるとは……。優秀とは聞いていたが、この狭い空間で最小限の行動を瞬時に考えられる判断力、流石だ!』
これならば、うちの娘を預けても問題がないと、ランドルフはそれはもう嬉しそうに言ったのだ。優秀な人間を見つけることができたと。
婚約者として公表しておこうと言うものだから、クロノスは断ろうとするも、傍に居たダミアンとアドルフに「あんた、すげぇよ」と囲まれて、言うことができず。
噂のこともあるのでとは言ったのだが、「それは君の父君から話は聞いているから大丈夫だ」と、にこやかに返されて終わってしまった。
『なぁに、君は思考力と判断力がある人間だ。〝うちの娘〟なら、大切にしてくれるだろう』
何を言いたいかなんて、鈍感な人間でも分かるはずだ。精霊に愛されし祝福の娘を無下にすることは許さない、そういう意味が含まれているのだ。
それから可愛い我が子を悲しませたら、どうなるか分かっているよなという感情も。
言い返せるわけもなく、クロノスは自身の父親に助けを求めた。けれど――
『お前を大人しくさせられるのは聖女様ぐらいだろう。尻に敷かれておけ、クロノス。そろそろ父と母を安心させてくれよ』
手配は既にしておいたからと笑って返されてしまい、今に至る。周囲を固められてしまったのだ、クロノスは。
「いや、私は父に反対されると思っていたんですよね。それで円満に解消できるかなと思ったら、凄く気に入ったもので……」
「俺も驚いているよ……はぁ……」
「貴方ってほんっと欲がないですよねぇ」
聖女の夫になりたい人間というのは多く居るのにと、レミリアがパンケーキを食べながら言う。
何度目かの台詞にクロノスは「興味がないからな」と、顔を上げながら答える。椅子の背もたれに寄りかかってから珈琲を飲んだ。
「そもそも、俺も君も恋愛感情云々を抱いているか微妙だろう」
「そうですね。でも、許嫁とか、お見合い結婚なんていうのも、最初はそういうものではないでしょうか」
「……君の適応力は凄いな」
「まぁ、私がやったことが始まりなので、責任は取ろうかと」
自分が言いださなければ、こうはなっていなかったかもしれない。いくら、クロノスの父から手紙が来ていたとはいえ、それだけならばランドルフは断っているはずだと、レミリアは話す。
私から言いだしたから興味を示したのですよ、と。なので、責任はちゃんと取りますとレミリアは言い切った。
なんと、頼もしい事か。クロノスはそう思いながら、レミリアの周囲を舞っている蛍火に目を向ける。精霊である彼らは許してくれているのだろうか、そんな疑問が浮かぶ。
「精霊は貴方の事を〝自分に素直な良くも悪くもない人間〟と評価してますね。実力は認めていますよ」
「そうか。こうなってしまったからには仕方ない、ということにしておこう」
「潔いですね」
もう少し抵抗するかと思いましたと、素直な感想を言うレミリアにクロノスは眉を下げる。
確かにいろいろと抵抗したいことはある。あるけれど――
(放ってはおけないだろう)
放ってはおけないと、思ってしまっている。こうなっては、自分に素直なクロノスは嘘をつけなかった。
とは言わずに、「抵抗しても無駄だろう」と返しておく。
「今は諦めておくとして。聖騎士団から穢れが出たと評判は落ちそうだな」
「そこなんですよね。もう噂が出るわ出るわ。でも、犯人の性格に難があったのは割と有名だったらしく、落ち着いてきてはいますよ」
あの性格ならと思われてしまっていたようだ。性格だけで決めつける人間の心理もどうかと思うが、それで落ち着くのならば、利用するのだろう。
(どの世界でもこういったことは変わらないな)
前世の刑事時代にだってあったことだ。あの人ならしてもおかしくないと、性格から批判する人間は多くいたのだから。
「ちなみに貴方の評判は上がりましたけどね。お義父様が褒めていたのと、目撃者であるダミアンさんとアドルフさんが言いふらしていましたので」
「なんだろうな。評判が上がったというのに複雑な気分だ」
「ヘラルドさんは悔しがってましたけどね。評判が下がるよりいいでしょう。ご馳走さまでした」
綺麗にパンケーキを食べ終えたレミリアが手を合わせて言う。さて、この後はどうしましょうかねと。
「そういえば、ラフォール歌劇団が演劇を再開したんですよ! あぁ、でも当日券が今から購入できるか……」
「付き合わせる気を隠さないのはどうにかならないか」
「えー、付き合ってくださいよー」
まだ当日券が間に合うかもしれないのですからと、口を尖らせるレミリアにクロノスは仕方ないと珈琲を飲み干した。
「当日券が取れたら最後まで付き合おう」
「言いましたね? よーし、行きましょう!」
よしっと気合を入れて立ち上がるレミリアにクロノスは、彼女も素直ではないだろうか、なんて思う。
(人前ではしっかりとしているが……。まぁ、懐いた猫も素直になるか)
そんなことをクロノスは思いつつ、レミリアに腕を引かれてながらカフェを出た。




