第49話 自己愛を主張するだけなのは、ただの我儘だ
クルトはだんっとテーブルを叩いて立ち上がった。それから、ロケットペンダントを弾き飛ばす。
ロケットペンダントは何事もなく、テーブルから床にかんっと音を鳴らして落ちた。魔法は反応していない。
その一瞬をクロノスだけでなく、ランドルフとレミリアも見逃さず。レミリアはすっと聖槍を構え、ランドルフも腰に掛けていた剣に触れる。いつでも抜けるように。
クロノスは数歩、後ろに下がった。彼が犯人であれば、穢れが姿を現すからだ。ダミアンとアドルフも警戒したようにクルトを見ている。
ぶわりとクルトの背から黒い靄が溢れ出た。それからどろりと真っ黒な液体が垂れ流れて――穢れが姿を現す。
液体が形どり、蜘蛛のような姿を現した。あぁ、憎い憎いと呪詛を吐き出しながら。
室内という狭い空間だ。パーティー会場と違って天井の高さも低く、戦いにくい場所だが、穢れには関係がない。
放たれる黒い靄が棘となり、レミリアを襲う。瞬間、ランドルフが素早く剣を抜き、全ての棘を切り落とした。
それを合図にレミリアはテーブルを足場にして、飛ぶ。穢れとクルトを引き剥がすように聖槍を振った。
弾かれたように壁にぶつかるクルトをクロノスが掴み上げて、レナントのほうへと放る。「人を投げるな!」という彼の注意が飛ぶが、クロノスに聞こえぬふりをして、穢れの方へと目を向けた。
長い複数の足をばたつかせて、テーブルを蹴り飛ばす穢れに、レミリアは軽々と避けて、飛び駆ける。
ダミアンとアドルフも剣を抜き、穢れに攻撃を仕掛けでいた。休みなく与えられる攻撃に穢れが悲鳴を上げている。
聖騎士なのだから光属性の魔法が使えるのは当然だ。光属性に弱い穢れが追い詰められていくのも。
(ただ、弱らせるだけでは駄目だ)
穢れは倒すのではなく、祓わなければならない。倒すだけでは種子を撒かれてしまうのだ。
「あまり、使いたくはないが……」
クロノスはそう呟いて――指を鳴らした。
ばちんっと火花が散って紫水晶の指輪が煌めく。クロノスの影から無数の黒い手が這い出てきたかとおもうと、穢れの足と胴体を掴んだ。
穢れが振り払ほうと暴れるのを黒い手が抑え込む。その力は強く、離れることもなければ、最小限の衝撃にまで抑えられていた。
隙を逃すわけもない。レミリアは聖槍を振りかざし、穢れの心臓へと突き刺す。
「穢れよ、消え失せなさい!」
レミリアの言葉と共に聖槍が輝き、穢れが祓われる。はらはらと塵のように散って、消えていった。
にゅるにゅると黒い手はクロノスの影に戻っていく。ふぅと小さく息を吐き出せば、レミリアが駆け寄ってきた。
「貴方、闇属性魔法が扱えるのですか」
「……そうだ」
「てっきり、雷属性をメインに光属性を補助で使えるのかと……あぁ、水属性も使えましたよね」
貴方は雷属性の魔法ばかりを使っていましたからと、レミリアが不思議そうにしていれば、クロノスは「そちらのほうが目立たないだろう」と答えた。
「闇属性の魔法を扱える人間は少ない。それも、光属性を補助とはいえ、使える状態でというのは特に。目立って面倒な事にはなりたくないんだ」
クロノスは光属性の魔法を得意とはいない。しないけれど、補助としては使えるだけの力はある。
本来、メインとしている魔法は雷属性と闇属性なのだ、クロノスは。ただ、闇属性と光属性を扱える人間というのはそう多くはない。使えば、目立つのだ。
「目立ちたくない、面倒くさい事にはなりたくない……ほんっと、貴方らしいですね」
「使う場面ではちゃんと使うさ。今のようにな」
狭い室内で補助でしか使えない光属性より、メインで扱える闇属性で拘束したほうが、被害を最小限にできる。
より、強固な魔法を使えるからだ。それが分からないはずもない、魔導司書官なのだから。
「貴方、まだ何か使える属性あるでしょう?」
「……」
「ほんっと、素直ですね。それだけ魔法の実力があれば、優秀な魔導司書官にもなれるわけですよ」
黙るクロノスにレミリアはそう言ってから、レナントに拘束されているクルトへと目を向けた。
クルトはレナントの腕から離れようと抵抗している。「僕は悪くはない!」と言っているが、人を殺している以上は捕まってしまう。
「気持ち悪いんだよ、あいつは。妹を可愛がるなんて、しかも僕のことを自分大好きなナルシストだと小馬鹿にしてっ! 自分が大好きで何が悪い!」
所詮、人間なんて自分が大好きなのだ。最終的に選ぶのは自分自身に決まっていると、クルトは主張する。
なんと、自己愛の強い人間だろうか。クロノスは呆れながらも、「君の言い分を考えるに」と問いかけた。
「自分大好きで何が悪いという主張が許されるのと同じく、妹を可愛がって何が悪いと言うのも本人の勝手ではないだろうか?」
自分大好きなのは別にいい。それを主張したって迷惑さえかけていなければ、問題はないだろう。
ならば、妹を可愛がるのだって許されるはずだ。迷惑をかけていなかったのであれば、クロノスは「エリクは迷惑をかけていたのか、妹を可愛がって?」と、アドルフたちに問いかけた。
「いや、妹を可愛がる行為で迷惑はかけてないよ」
「確かに、あいつは自分の主張を押し通すくせはあったけど……妹を可愛がる行為では誰にも迷惑はかけてねぇよ」
親友であるアドルフだけでなく、エリクと頻繁に言い合っていたダミアンですら、〝妹を可愛がる行為〟で迷惑をかけていないと答えた。
「気持ち悪いと思うのは人それぞれだ。それに関してどうこう言うつもりはない。けれど、自己愛を主張するだけの君のような言動はただの我儘だ」
君が妹を可愛がるなんて気持ち悪いと馬鹿にするように、自分大好きでナルシストだと言い返すのだって自由なのだ。
自分はよくて相手は駄目など、傲慢でしかない。クロノスの落ち着いた、けれどはっきりと否定された言葉にクルトは何も言い返せない。
唇を噛み締めながら俯くしかない。抵抗を止めたクルトをレナントが連れて部屋を出て行った。




