第42話 彼女の意図などすぐにわかることだ
エントランスホールに避難していた招待客に見送られながら、ガリナはレナント率いる警察隊員に連れられて会場を出て行った。
その背を暫し眺めてからレミリアへと目を向ければ、彼女は一つ息を吐き出す。それはほっと安堵したふうで。
招待客に被害が及ばなかったことだろうとクロノスは察する。大勢の中で穢れが暴れては、怪我人が出ていたはずだからだ。
けれど、ガリナを見つめるレミリアの眼が悲しげであった。
「レミリア聖女、どうした?」
「彼女の辛さや悲しみといったものは、寄りそうことだけでは拭えない。そう思っただけです」
ずっとずっとわがままに付き合わされて、罵詈雑言を吐かれ、殴られて、蹴られて。たった数日というわけではなく、長年に渡る横暴な態度に彼女は耐え続けた。
我慢して、我慢して、耐えきれなかったのだ。その辛さと悲しみといったものを、穢れは好み、利用する。
どんな言葉をかけても救うことはできないのだ。レミリアの心情にクロノスはどう声をかけるのが正解なのか、分からなかった。
「でも、君は寄り添っただろう」
寄り添うだけでは癒えないのは事実だが、たったそれだけでも心が軽くなることだってあるはずだ。
クロノスの言葉にレミリアは数度、瞬きをしてから目元をやわらげた。
「……貴方ってそういうところありますよね」
「俺が何か問題発言をしたか?」
「いいえ。そうだといいなと私も思いましたよ」
クロノスはなんだと首を傾げるも、レミリアは教えてはくれない。ドレスの裾を見ながら「派手に汚してしまいました」と、話を逸らす。
話したくないことかとクロノスはレミリアの白いドレスの裾へと目を向けた。料理を踏んだりもしたからなのか、だいぶ汚れている。
汚れだけでなく、破けている箇所もあったので、このドレスは廃棄せざる負えない。だいぶ高価なドレスだったと思うがと、クロノスは思うも口には出さなかった。
「足は怪我をしていないだろうか、レミリア聖女。グラスの破片を踏んでいたが」
「大丈夫ですよ、クロノス魔導司書官。足元は……はい、問題ないですね」
レミリアは裾をつまんで足を確認する。ヒールの靴も汚れてしまっているが、怪我をした様子はなかった。
他も怪我をしているようには見えなかったので、大丈夫だろうとクロノスが思えば、どんっと押しのけられる。
「レミリア聖女様! 大丈夫ですか!」
「あ、あぁヘラルドさん。私は大丈夫ですよ」
「怪我を隠しているのでは! あれほどの戦いですよ!」
ヘラルドが心配してやってきたようで、彼を招待しただろうランドールが「こら!」と彼の腕を引いている。
それでもヘラルドはレミリアに「無茶をなさったのでは」と声をかけていて、傍からみれば過保護だ。
「大丈夫です。クロノス魔導司書官がサポートしてくださったので」
「し、しかし、あれは下手すればレミリア聖女様にも。もう少し、やりようが……」
「魔法の加減ぐらいできなければ、魔導司書官は名乗れないのだが?」
棘のあるヘラルドの言葉にクロノスは眉を寄せながら返す。
嫌味を言われる分にはなんとも思わないが、自分の職業として必要である魔法の技術に文句を言われるのはいただけない。
だが、ヘラルドは「オレならもっと上手くやれます!」と、まだレミリアの助手を諦めていないようだ。
「ちょっと、ヘラルド様。目立つのでその辺に……わたくしが招待したこと忘れないでください!」
「君は君でクロノス殿をどうにかしてくれ! 後がないのだから」
「後がないとは?」
ヘラルドの言葉にレミリアが首を傾げる。ランドールはぎくっと身体を跳ねさせて、「そ、それは聖女様には関係なくて……」と目を逸らした。
クロノスはそんな彼女の態度にいくつか想定していたものの一つだと、露骨に溜息を吐き出してみせる。
「ランドール嬢は二十歳で婚約者はおろか、結婚もしていない。だが、まだ行き遅れと呼ばれるほどではない」
「そうですよね。貴族の間ですと二十三歳から焦りだすと聞きますが……」
「レミリア聖女。俺は確かに女性関係で悪評がある。令嬢との交際を何度も繰り返してはいるが、どうして相手側から苦情が来ないと思う?」
クロノスの問いにレミリアは確かにと、顎に手を当てる。
いくら名のある公爵家とはいえ、苦情はいくのではないか。手を出していないとはいえ、一時は交際していたのだ。
しかも、クロノスの女性の扱いの悪さで振られている。親に泣きつく娘はいたはずだろう。
では、どうして苦情がこないのか。レミリアが「何故ですか?」と問えば、クロノスは「至って簡単だ」と答えた。
「俺の父が優遇して別の良縁を結んでくれているからだ」
クロノスと破局し、苦情が来る前に父ダーウィットが公爵家として優遇し、他の貴族との仲介役となって、相手の令嬢に良縁を結んでいたのだ。
後始末は父が全てやってくれていた。クロノスは元々、両親の顔を立てるために紹介された女性と交際していたので、縁談を寄越した父が後始末をするのは当然なのだ。
とは言うけれど、レミリアは「それはそれで酷いのでは」と突っ込まれてしまう。
自分よりも良い男性を紹介しているのだから、良いのではないだろうか。なんていうクロノスに彼女は「そういうところですよ」と呆れられてしまう。
「あれ、ではランドールさんにも良縁が用意されているのでは?」
「レミリア嬢は知らないだろうが、ランドール嬢は我儘というほどではないが、口調と性格が強気だ。それでいて、理想がだいぶ……いや、少しばかり高い」
ランドールと交際していたクロノスは彼女の性格を知っている。口調は強いわ、性格が高飛車、理想とするものが高い。
男側からすると付き合うのが面倒くさいのだ。彼女は目上であろうとも失礼な態度はしないが、強気に出ていけるので質が悪い。
「恐らくだが、父が紹介した男性全てに断られたのだろう、ランドール嬢は」
「あ……だから、後がないと言うことなのですね」
「どうせ、子爵令嬢だから男爵家や騎士爵は嫌だなどとわがままを言ったのだろう。君は爵位の高さも気にしていたからな」
自分の家が子爵という可もなく、けれど低さはある爵位が故に、もっと上ならばとない物ねだりをした結果、良縁を断られたのだ。
名のある公爵家であるリーグベルト家でも、こうも断り続けられると、男性を紹介するのも難しくなる。
ランドールは今更、自分が危うい立場になった自覚を持ったのだ。
では、どうするのか。相手がまだ見つかっていないだろうクロノスに、再び近寄るしかなかったというわけだった。
「それ、あまりにも自分勝手すぎませんか? 振ったのはランドールさんで、せっかく息子のした詫びとして、ダーウィットさんが縁談をいくつも用意してくださったのに、それを自分のせいで台無しにしといて」
振られた理由にクロノスの非があったとしても、ちゃんと父ダーウィットが詫びとして縁談をいくつも用意してくれたのだ。
いくら詫びとはいえ、自分勝手な言い分で全てを台無しにして良いものではない。レミリアの冷静な、けれど叱る言葉にランドールは反論できず。
俯いてしまった彼女に、「まだ父は探してくれていると思うが」と、クロノスがフォローを入れる。
「まず、選り好みをせず、自分勝手な言動をやめれば、君にも良い縁談は用意できると思う。父はその辺が上手いからな」
「うぅ……。で、でもですよ! クロノス様に付き合い切れる女性なんているのですか!」
ランドールはそうよと、顔を上げて言った。女心が分かっていない、冷たい貴方にと。
女心が分かっていないのは認めるが、別に冷たくしているつもりはない。だが、他人から見ればそうなのかもしれないので、否定はできなかった。
「まぁ、クロノス魔導司書官が女心を分かっているかは微妙ですね」
「レミリア聖女」
「でも、察してくれますし、気遣いはできるのですよねぇ」
多少の我儘は聞いてくれるますしとレミリアが呟く。暇つぶしに付き合ってくれてもいいじゃんとか思っていれば、察してくれて。
何か些細なことがあれば「大丈夫か」、「どうかしたか」と気遣いの言葉をくれる。
女心を分かっているかは置いておくとしても、この点はちゃんとできているとレミリアは評価した。
「付き合いきれているといえば……レミリア聖女は特に問題もなく接してくれているな」
「そうですね。クロノス魔導司書官は良い意味で分かりやすく、それでいて気楽にいられますので」
「なるほど……。では、俺に付き合い切れる女性はいるとなるな?」
クロノスが大げさに首を傾げてみせれば、ランドールはぱくぱくと口を開かせてから、悔しげに見つめてきた。
だが、ヘラルドが「認めないぞ!」と口を出してくる。さて、どうしたものかとクロノスが思案していれば、「いい加減にしろ」と、声がかけられた。
「ら、ランドルフ団長しかし……」
「しかしもくそもない。私の〝娘〟が選んだのだ。父として私は娘を信じる」
背後からやってきた騎士団長ランドルフが、ヘラルドの首根を掴んでレミリアから引き剥がす。そうされては、彼も何もできないようだ。
「クロノスくん。ダーウィット殿から話を聞いているよ。娘を〝よろしく頼む〟ね」
よろしく頼む。その言葉に含まれているだろう意味をクロノスは察してしまう。
(父上、やりやがったな)
なんとも渋い表情をするクロノスを、周囲は不思議そうに見つめていた。




