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クロノス魔導司書官の事件録―悪評公爵令息は聖女の助手となる―  作者: 巴 雪夜
第六篇:パーティー会場は死に落とされる

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第41話 人間には我慢の限界というものがある

 クロノスの言葉に皆が何のことかと不思議そうにしていた。けれど、レミリアだけは何かに気づいたのだと察したのか、うむと考える素振りを見せている。


 そんな彼女を他所にクロノスは「君に聞きたいことがある」と、一人に問いかけた。



「ガリナ。君はコニーのメイドということだが、いつもグラスのふちを拭いてやっているのか?」


「え? はい……コニー様はちゃんと綺麗に拭いてからじゃないと飲まなくて……」


「あ! なるほど!」



 ガリナの返答にレミリアがあっと声を上げた。周囲がえっと目を向けてくるのも気にせず、彼女はガリナに「では」と声をかける。



「拭ったナフキンを見せてください」


「ど、どうしてですか、聖女様……」


「それは俺から話そう。毒を入れるタイミングの話になるが、オレンジジュースの中に入れれば、コニー殿以外の人間も殺害しかねない。では、どうやって入れたのか」



 席は直前まで決まっていなかったので、その時にグラスに仕込むのは難しだろう。


 くじ箱に細工をしたとしても、ジルベール王子が確認済みなのならば、他の方法を考えなくてはならない。


 では、あの場面で入れるタイミングはと考えて、グラスにオレンジジュースを注ぐ時だと絞られる。



「俺が見ている限り、イネスが小細工をした仕草はなかった。ならば、君が行ったグラスのふちを拭くだけが残る。ナフキンに毒を仕込んでおけば、殺害は可能ではないか」



 いつもグラスのふちを拭いていてやっていたのならば、怪しまれることはないはずだ。クロノスの指摘にガリナは目を泳がせながら、「ワタシは何もしてないですよ」と言葉を返す。


 けれど、ナフキンを取り出すことはしない。それが答えだというのに、彼女は「ワタシじゃない」と主張する。



「では、ナフキンを渡しだしてもらえるよね。ガリナ?」



 ジルベールがそう言って手を差し出す。王子の命令だ、ガリナが逆らえるわけもなく、ナフキンを震える手で差し出した。



深緑の魔女ヴェリティ・アイヴィー殿、確認はできますか?」



 ジルベールから差し出されたナフキンを受け取ったシルヴァリアが匂いを嗅ぐ、それからぱちんっと指を鳴らして、一枚の葉を出した。


 ナフキンで葉の表面を拭って――色が変色する。



「これは魔法石を使った毒素だわ。植物には有毒だからすぐに変色したのね」



 魔法石を使った毒素は少し摂取するだけで人間を殺すことは可能ねと、シルヴァリアの言葉に皆がガリナを注視する。


 彼女は震えながらゆっくりと後ろに下がっていく。逃げる気かとレナントが警察隊員に取り押さえるように指示を出して、吹き飛ばされた。


 黒い靄がガリナの周囲を覆う。ふわりと香る、毒々しい匂いにクロノスは顔を顰めた。



「レナント捜査課隊長、招待客の避難を!」



 レミリアがレナントに指示を出す。聖女の命令に彼が「避難させろ!」と声を上げて、警察隊員たちが招待客のガリナから引き離し、誘導を開始した。


 とはいえ、騒ぎが起こらないわけもない。慌てふためき、走り、押しのける。逃げ惑う招待客で出入口は詰まってしまう。



「いつもいつも、わがまま言い放題……なんで、ワタシばかり殴られなきゃいけないのよ!」



 怒鳴り声だ。瞬間、黒い靄が姿を変えた。人型の、どろどろと液を垂れ流すような、見た目の怪物へ。


 穢れが姿を現してから匂いが強まる。悪臭が広がる中、レミリアが聖槍を手に跳んだ。


 聖槍を振りかざし、ガリナと切り離せば、穢れは後退する。クロノスはその隙に倒れたガリナを抱きかかえて、彼女たちから距離を取った。


 穢れが黒い靄を矢のように降らせて――植物の葉の守りに遮られる。



「妾の後ろに下がりなさい」



 シルヴァリアが広範囲に結界を張っていた。招待客も守るその結界は穢れが何度、矢を放ってもびくともしない。


 守りはこちらに任せも良い、そういう意味の言葉だ。クロノスはすぐに察して、レナントにガリナを託し、アデリナ嬢らをシルヴァリアの後ろに下がらせる。


 ジルベールが何か手伝おうとするのを、クロノスは止めた。



「助手は俺です。ジルベール様はアデリナ嬢たちの傍に」



 そう言ってクロノスは穢れと戦うレミリアへ目を向ける。


 いくつものテーブルは倒れ、破壊され、ガラス片が散らばる中、レミリアは動きにくいだろうドレスで戦っていた。


 悪臭で眩暈がしそうになるのをクロノスは堪え、戦況を見極める。レミリアが聖槍を振い、穢れがよろめいた。


(今だ)


 クロノスは指を鳴らす。指輪が煌めき、稲妻が走った。一直線に飛ぶ、雷の矢は穢れの喉元を貫く。


 瞬間、全身に雷が駆け巡って動きを封じた。穢れが声にならない声をあげながら、硬直したように。


 たっと、近くにあったテーブルを台にして、レミリアが飛ぶ。聖槍に力が込められて淡く光り、穢れの心臓を貫いた。



「穢れよ、消え失せなさい!」



 聖女の声に穢れが恨み言を吐き出しながら、塵となり、さらさらと空気に溶けて消えていく。


 あれだけ漂っていた悪臭が無くなり、穢れの浄化が終わったとレミリアが聖槍を下ろした。



「なんで、なんでワタシばかり、殴られ蹴られ……あれをずっと我慢していなくれはいけないのですか……」



 レナントに肩を抱かれながらガリナが床に座り込んで泣き崩れている。


 クロノスはエントランスホールでのコニーの言動を思い出した。あの時だけでなく、毎日のように行われていたのだろう。


 ずっと、ずっと我慢して、我慢して。とうとう限界がきてしまったのだ、ガリナは。


(人を殺していい理由ではない。だが、これもまた綺麗事か……)


 苦しんでいた相手からすれば、こんなセリフは綺麗事であり、なんの救いにもならない。


(彼女の我慢にかける言葉に……正解はないのだろうな)


 励ましも、叱りも、今の彼女へかける言葉の正解ではない。それは周囲の人間も理解しているようだ。皆が憐れむようにガリナを見つめている。


 そんな中、ゆっくりとレミリアがガリナの傍までやってきた。膝をついたかと思うと、彼女を優しく抱きしめる。


 言葉はかけない。ただ、泣く彼女の背を優しく撫でていた。





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