第40話 誰がコニーを殺したのか?
「ふーん、オレンジジュースを飲んでか……毒殺だな」
警察隊が現場を確保し、レナント捜査課隊長がコニーの遺体を確認しながら呟く。周囲には招待客がまだ残されていた。
この場での毒殺ならば、犯人が紛れているかもしれないからだ。暫くは会場から出ることはできないだろう。
さて、これは長くなるかもしれないと、拘束される時間のおおよそを立てていれば、レミリアがすっと目を細めた。
「穢れの気配を感じます」
レミリアの一言で蛍火が集まってぱっと煌めく。彼女の手には聖槍が握られていた。
会場にいる人々がそれを見て、騒めく。聖槍を持ったということは、聖女としてのお役目を果たす時だからだ。
こうなるとクロノスもただ見ているだけというわけにはいかない。何せ、聖女様の助手なのだから。
仕方ないとまずテーブルを確認した。コース料理が手つかずで置かれ、コニーが座っていた箇所のテーブルクロスには赤黒いシミができている。
(オレンジジュースを選んだのは……アデリナ嬢とレミリア聖女か)
グラスに入ったオレンジジュースはコニーを除いて二つ。フラヴィは林檎を、バーナードは水を選んでいる。
(毒を摂取したのは、間違いなくグラスからオレンジジュースを飲んだ時だ)
コース料理には皆、手を付けていないので、毒を摂取した可能性があるのは飲み物からとなる。
(ただ、飲んでしまった後ではどちらに毒が仕込まれていたか分からないな……)
グラスにつけられたとしても、飲み物と混じってしまい判断ができない。そもそも、コニーが苦しんだ拍子にグラスは床に落ちて割れてしまっている。
(しかし、オレンジジュースに入れられたとは考えにくい)
オレンジジュースはアデリナとレミリアも選択している。オレンジジュースのみに毒を混入させているのであれば、二人も巻き込むことになるのだ。
アデリナはともかくとして、レミリアは聖女だ。彼女まで巻き込んで殺害したとなれば、どうなるか。
想像したくはないが、考えられる最悪な展開となるのは間違いない。彼女を慕う人間だけでなく、精霊たちも敵に回すことになるのだから。
(ならば、グラスだ。しかし、グラスに混入させる隙があったのか)
席は決められていたのでその時にこっそり仕込んだのであれば、会場を設営した人間が怪しいとなる。
そうなるとこの場で見つけるのは難しいのではないか。さて、どうしたものかとクロスが思案していれば、レナントが「オレンジジュースを注いだメイドが怪しい」と発言する。
「毒を仕込むなら飲み物だ! お前、名前は何という」
「名前はイネスですが……わ、わたしではありませんよ、毒を仕込むなんて!」
飲み物を運んできたメイド、イネスはぶんぶんと首を左右に振りながら、無実を主張した。これは執事長から渡されたもので、仕込む隙などないと。
移動中にできるだろうとレナントが言うものだから、クロノスは思わず「できる可能性はあるが、やれば死人は一人ではなくなるが?」と、口を出した。
「オレンジジュースはアデリナ嬢とレミリア聖女も頼んでいる。もし、コニーよりも先にレミリア聖女が飲んだ場合、彼女も死ぬことになるが……。それがどういう意味を持つのかは、レナント捜査課隊長は言わずとも分かるのではないか?」
クロノスの指摘にレナントは言い返すこともできずに、うぐっと口を閉ざす。
もちろん、これが無差別殺人の場合はレミリアが聖女だろうと死んでもいいと、犯人は思っている可能性はあった。
誰が死んでもいい。そう思う狂人というのは存在する。前世の刑事時代にもそんな人間はいた。
『人間を殺してみたかった』
『死ぬ姿を眺めていたかった』
『誰でもいいから憂さを晴らしたかった』
そういう理由で。理解しがたい供述をクロノスは前世の時に聞いていた。なんと、馬鹿げたことか、今ならばそう吐き捨ててしまう言動を。
だが、まだ無差別殺人と決まったわけではない。一先ずはコニーだけを殺害しようとしたとして考える。
「傍に居たのは……飲み物を運んできたメイド、イネスと……招待客であるアデリナ嬢に、フラヴィ嬢、バーナード殿、レミリア聖女様、クロノス殿……あとは」
「コニーのメイドがいる。彼の傍にいた」
クロノスが答えれば、「ワタシです」と恐る恐るといったふうに返事をする。よく見れば、彼女はエントランスホールで責められていたメイドだ。
レナントに名前はと聞かれて、彼女は「ガリナです」と答えた。ガリナはずれる眼鏡を押さえながら俯く。
「わ、ワタシはただお傍にいただけで……何も……」
「それをいったらわたしだって隣に座っていただけよ」
「そうだわ!」
ガリナの言葉にアデリナとフラヴィが自分たちも何もしていないと主張した。コニーを殺して何の得になるのだと言うように。
「ワタシやアデリナさんだって、コニーを殺しても何の得もないわよ。興味もなかったし。まぁ、バーナードさまはどうだか知らないけれど」
「おれだって得なんてない! コニーの父君とおれの父上は同級生で仲が良いんだ。そんな相手の子息を殺すだなんて、馬鹿な事をするわけないだろ!」
コニーは悪評はあれど、公爵家の子息だ。彼よりも地位の低いアデリナたちは、傲慢な態度に対しては嫌だとは思っていても、殺すまでではないと話している。
レナントに「何かコニー殿とあったか」という問いに三人は特にはと顔を見合わせた。
「会えば嫌味を言ってくるだけだ。さっきもアデリナ嬢のことを行き遅れだと言っていたからな。あんなの、コニー殿と会えばよくあることさ」
「そうよ。あの方はわたくしに会うたびに行き遅れだの、高望みしすぎだの、ぐちぐち言ってくるわ。でも、それで殺すなんてこと、するわけないでしょう」
行き遅れと言われても文句は言えない立場だと、アデリナは自覚していた。平民と違って貴族というのは早めに婚約者を見つけ、結婚をするのがこの国では普通だからだ。
なので、会ってぐちぐち言われても「そうですね」といった程度なのだとアデリナは言う。
それにフラヴィも同意していた。いちいち気にしてたらやってられないと。
「じゃあ、そこ二人のメイドはどうなんだ」
「わ、ワタシは別に……どんくさいのは自覚ありますし……」
「わたしは仕えているわけではないので……」
二人のメイドも首を左右に振る。仮に犯人だったとしても、ここで素直に自白はしないのは分かっている。
彼らの主張からは犯人が特定できそうにない。ならばと、毒はいつ入れられたのか、そこから考えることにクロノスはした。
「イネスだったか。ここの設営の状況は知っているだろうか?」
「え? えぇ……。まず席の用意をして、その後にコース料理と飲み物を運ぶことになっていました」
「席はどうやって決められた?」
「あぁ、招待された皆様の席でしたら、席の用意ができてから、ジルベール第二王子様がくじ引きをしていました」
くじが引かれる前にすでに席の用意はできていた。では、その前に毒を仕込むのは難しい。コニーが何処に座るのか決まっていないからだ。
クロノスは「くじを引いた後は席のプレートは誰が置いたのか」と問えば、イネスは「不正を防ぐために王子自ら……」と答えた。
「僕が各テーブルに置いた。王子自らならば、不正をしにくいだろうと思ったんだ」
声がして振り返れば、白金の長い髪を一つに結った端正な顔立ちの青年が歩み寄ってきた。
クロノスの隣に立って胸に手を当てながら、「僕一人で置いた」と真っ直ぐに見つめてくる。
「一つお聞きしますが、ジルベール様はコニー殿と何か関係はありましたか?」
「会話はしたことあるけれど、友人関係とまではいかないね。君のお兄さんとは親しい仲だが、クロノス君」
にこりと微笑まれてクロノスは渋面を作る。ふと、少し後ろにシルヴァリアの姿があることに気づいた。
彼女は深緑のドレスに着飾ってそれはもうにこやかに小さく手を振っている。あぁ、面倒なと思いながらもクロノスは「では、おかしな点には気づきましたか」と質問をした。
「おかしな点は特になかったかな。不正を防ぐために召使いたちには離れてもらっていたから」
ジルベール王子の返答に、彼の言葉を信じるならば、その時までは毒を仕込む隙はなかったことになる。
では、どこか。レナントの言う通り、飲み物を運ぶ時に仕込むことはできなくはない。だが、それではアデリナやレミリアを巻き込んでしまう。
(飲み物をグラスに注ぐときに仕込む……いや、怪しい行動はしていなかったはず……うん?)
クロノスはうんっと引っかかる。何に引っかかったのか、クロノスはオレンジジュースを注ぐところまで記憶を辿った。
イネスがアデリナ、レミリアと果実水を注いでいく。コニーのグラスに注いでから、彼の傍に居たガリナがふちを綺麗に拭いた。
「なるほど」
クロノスは一つの可能性に気づいた。その声に皆の注目が集まって――
「一つ、確かめたいことがある」
そう言ってクロノスは一人に目を向けた。




