第39話 事件は如何なる時でもやってくる
会館の一室。パーティー会場前のエントランスホールにクロノスはいた。開場までまだ時間があったので、レミリアと共に待っているのだが、周囲からの視線が痛い。
ひそひそと声を顰めるのが耳に入る。あぁ、なんと面倒くさいことかとクロノスが、始まる前から嫌になっていれば、レミリアに小突かれた。
しっかりしてくださいという眼差しを受けて、クロノスは顔に出そうになるのを堪える。
「おれはオレンジジュースが飲みたいんだ!」
子供のように騒ぐ大きな声がしてクロノスがなんとなしに見遣れば、小太りな男が執事に文句を言っている。
飲み物が入っているだろう瓶を叩きつけて、怒鳴る姿というのは癇癪持ちの子供のようだ。
割れて散らばった瓶を傍に居たメイドがいそいそと片付けているが、そんなことなどお構いなしに男は執事に詰め寄っている。
はっきり言えば、五月蠅い。大の大人が子供じゃあるまいし、たかがジュースぐらいで駄々をこねる姿はみっともなかった。
(あれはバックルンド公爵家の三男坊か)
バックルンド家はリーグベルト家ほどではないが、そこそこ知れ渡っている。数ある公爵家の中でも中の下といったところだ。
三男であるコニーは二十歳だというのに子供じみた我儘さを持っていると、クロノスは聞いたことがあった。
公爵家故にリーグベルト家も交流があるが、コニーはその性格のせいであまり表に出させてもらえない。
クロノスが女性関係ならば、彼は横暴な性格で悪評がある。コニーと会話をしたことがないわけではないが、棘のある嫌味を言われて終わった。
(自分自身に問題があるというのに、婚約者ができないことを他人のせいにしていたからな)
どうあっても自分の非を認めない性格なのだ、コニーは。彼にメイドが叱られているのをクロノスは可哀そうにと眺める。
「いたわ!」
嫌な声がする。クロノスが目を向ければ、ピンク色のドレスに身を包むランドールが指をさしてこちらへやってくる。ヘラルドを連れて。
諦めが悪いな、この二人は。クロノスが露骨に嫌な顔をしていれば、レミリアの「しつこいですね」という呟きが聞こえる。
レミリアのほうを見れば、眉間に皺が少し寄っていた。彼女自身もしつこくされるのは嫌なようだ。
「何よ、その顔! ほんっとうにクロノス様は失礼ね!」
「こういった性格なのを君は知っていると思うが?」
一時期は付き合いがあったのだからとクロノスが言えば、ランドールはもちろんよと返事を返す。
そんなのだから女性に振られるのと言いながら。余計なお世話だとクロノスが言いかけて、レミリアが「何か用があったのではないですか?」と問いかける。
「そうだわ。聖女様、この男はやめておくべきよ。女性関係の悪評はご存じでしょう?」
「えぇ、知っていますよ。その上で選んでいますが?」
「何故ですか、レミリア聖女!」
レミリアの返しにヘラルドが声を上げる。これはまた長くなるぞとクロノスが面倒くさげにすれば、「只今より開場いたします」というアナウンスが流れた。
これは丁度いいと「レミリア聖女」と手を差し出す。レミリアは目を瞬かせながらも、察したように手を取った。
「開場しましたので、では」
にこやかにレミリアは言う。嫌味なく笑みを向けられるところは彼女の良さなのだろう。
ランドールの声がしているがクロノスは聞こえないふりをして、会場へと入った。
シックな内装でありながら綺麗に飾られた花々に、いくつかのテーブルにはネームプレートが置かれている。
席は決まっているようだ。さてと、探せば入口寄りのテーブルだった。相席するメンバーにクロノスは思わず面倒げな表情をしてしまいそうになる。
テーブルは婚約候補者持ち一組に独身者男女二名ずつとなっている。その中にエントランスホールで騒いでいた、バックルンド家の三男コニーがいたのだ。
これは我儘いたい放題で騒ぐ未来しか見えない。これは面倒なと思いながらも席につく。
コニー以外のメンバーは既に着席している。ボーレンダー伯爵家の令嬢アデリナ、ダウディング男爵家の子息バーナード、アズナヴール子爵家の令嬢フラヴィ、どの令嬢令息も二十歳を超えている。
彼らをクロノスはパーティーや行事などで顔を合わせたことはあるが、親しいというほどでもない。
アデリナとフラヴィは親しく話しているが、バーナードはどこか落ち着きがなかった。
「なんだ、おれの席はここか」
どっしどっしとコニーが遅れてやってきた。謝りもせずに。もうパーティーは始まっている。
主催者であるジルベール第二王子の挨拶が終わったところだ。いくら公爵家とはいえ、王子の挨拶を聞かないのは如何なものか。
と、指摘すれば騒ぐのは目に見えているのでクロノスは黙っておく。
挨拶が終われば婚活パーティーの始まりだ。周囲では思い思いの会話がされているが――
「なんだ、アデリナ嬢とフラヴィ嬢かよ。外れだな」
コニーがあからさまに不機嫌になった。外れと言われた二人の令嬢は眉を寄せている。
そんなこともお構いなしにコニーは「アデリナ嬢とか行き遅れじゃないか」と笑った。
「今年で二十三歳だって? 他所の国はどうか知らないけど、此処では二十三歳は行き遅れだぞ」
コニーは「二十五歳でお荷物さ」と愉快げに言う。この国では二十代前半で結婚または婚約者がいない令嬢令息を〝行き遅れ〟と揶揄される。
平民ならばそこまで言われることもないが、世間体を気にする貴族からすれば、行き遅れとされてしまうのだ。
ただ、アデリナはまだ二十三歳なので、まだそこまで言われることはない。
だが、コニーのように馬鹿にする人間は少なからずいる。何せ、貴族というのは幼少期から許嫁や、婚約者候補というのが用意されているのだ。
二十歳で結婚もしておらず、婚約者もいない男女というのは、少なからず問題があると判断されかねないのが、この国の貴族の考えだった。
(まぁ、俺は問題があるわけだが)
自分の噂を思い出して人の事は言えないなとクロノスは飲み物に口をつける。ちらりと見遣ればレミリアが「その辺に」と少しばかり強い口調で注意した。
聖女様に注意されてはコニーもそれ以上は言えないようだ。黙った彼にアデリナがはぁと溜息を吐き出す。
そこへメイドが一人、やってきた。トレーの置かれたサービスワゴンをからからと引きながら。
「お飲み物は何になさいますか?」
「おれはオレンジジュースだ!」
「わたくしもオレンジジュースで」
「わたしは林檎がいいわ」
メイドが次々にグラスに果実水を注いでいく。最後に注がれたコニーのグラスを彼の傍に居たメイドがふちを綺麗に拭いた。
そこまでやってやらないといけないのか。なんて、思いながらクロノスがグラスに口を付けた時だ。
「っが、」
げぽっとコニーが吐き出して、首元を押さえながら椅子から転がっていった。
真っ白だったテーブルクロスの一部が赤黒く染まる。がしゃんっとグラスが落ちて、割れた。
「コニー様! コニー様!」
傍に居たメイドが身体を揺さぶるも、コニーは目をこれでもかと見開いて動かない。
場が一瞬、静まるも、クロノスがすぐに立ち上がり、コニーの元へと駈け寄った。彼の息を確認し、レミリアへと目を向ける。
「皆さん、その場から動かないでください!」
アイコンタクトで察したレミリアが声を張り上げる。騒がしくなろうとしていた場の空気が張りつめた。




