第37話 俺を巻き込まないでほしい
クロノスは面倒くさかった。それもこれも父からの頼まれごとをしたせいだ。
時を少し戻して朝六時頃、身支度をしていれば父ダーウィットが珍しく部屋を訪ねてきた。
黒髪をオールバックにし、クロノスと似た紅玉の眼をきりっとさせた、渋面が今日も整っているダーウィットは機嫌がよさげだ。
『クロノス、お前は随分と大人しくなったものだな』
それは女性に関する悪い噂がここ最近はないからなのをクロノスはすぐに察した。
だから、「聖女様の助手ですから」と答えたのだが、ダーウィットはそうかそうかと頷いてから、「頼みがある」と手紙を渡してきた。
『これをレイテシア聖騎士団団長のランドルフ・バルシュミーデに渡してきてくれ』
何故、息子の俺が。という言葉も「こういう場合のお前は一番、信用ができる」と言われてかき消される。
何かを頼む時、ダーウィットはクロノスに託すことが多い。それは慎重に忘れることなくやってくれるのを分かっているからだ。
『今日は休みなのだろう?』
そう言われて、今に至る。クロノスは仕方なく、レイテシア聖騎士団の本部へと足を運んでいた。
王城の隣に位置する本部は小城のようで、クロノスはこの国は何かと大きくしたがるなとそんなことを毎度、思う。
受付へと顔を出し、「父ダーウィットからの手紙を預かっている」と、事情を話せば、「では、ランドルフ団長に確認してきます」と受付嬢が奥へと消えていった。
待たされるな、これは。クロノスはさっさと終わらせて休暇を楽しみたいなどと、考えていた時だ。
「クロノス様!」
聞き覚えのある声がした。嫌な予感がする、とてつもなく。けれど、無視することもできず、振り返れば女性が一人、立っていた。
肩よりも少し長い栗毛を緩く巻いた、可愛らしい容姿の若い女性。クロノスはすぐに誰なのか分かって――顔を顰めてしまった。
「なんですか、その嫌そうな顔は! そんなのだから、女性に振られるのですよ!」
「余計なお世話だ、ランドール嬢」
ランドール・カントルーブ。子爵家の令嬢であり、クロノスがつい先日、盛大に頬を叩かれて振られた女性だ。
年齢は二十歳で、レミリアと同じだが身長はランドールの方が少し低い。
レミリアが幼さの残る可愛らしい猫を思わせる容姿ならば、ランドールは大人びた愛らしさのある狐だ。
魔導士でもある彼女は白ベースに緑の配色がされた魔導士服を着こなして、クロノスの行く道を遮るように仁王立ちしている。
「俺は父の頼み事で忙しい。要件は手短にお願いしたい」
「あら、今日はお休みと聞きましたよ。お父上の用事が終わったら、わたくしのお相手はできるのではなくて?」
何処から仕入れたと考えて、ローランドの顔が思い浮かぶ。あの男ならば教えかねない。
(詫びを請求しよう)
なんてことを決めながら「俺にもやりたいことはある」と、クロノスは相手はしたくないという意味を含めて答えた。
それがまた彼女の機嫌を損ねたのか、むっとされてしまう。それから「そういうところよ!」と文句を言われた。
「そういうところが嫌なのよね。気遣いとかなくて?」
「君とはもうそういった関係ではないので、気遣う必要もない」
「貴方って、ほんっと去る者は追わず来る者は拒まずね。そんなのだからいつまで経っても婚約者ができないのよ」
いくら跡取りの兄がいるからと言って結婚しなくていいわけではない。ランドールの言葉にクロノスは言い返そうとするも、その通りではあるので黙った。
両親はもう何も言ってくることはなかったが、婚約者ができなくて心配しているのは知っていたのだ。
だが、自分に付き合い切れる相手というのが現れていない。クロノスも両親には悪い事をしている自覚は最近、でてきた。
(前世の記憶を思い出してから、申し訳さなは抱いたな)
良心というのを思い出したのかもしれない。とはいえ、女性関係の悪い噂があるので、真剣に探すなどハードルが高くなっている。
また女を漁っているなどと余計な噂は立てたくなかったので、クロノスはそんなことをしていなかった。
「それで、君は俺に何の用があるんだ」
クロノスは考えるのをやめて、ランドールに問う。頬を叩いて振っておいて、今更どういった用件で顔を出したのか。
気にならないわけではなかったのだ。面倒なものである可能性が高いけれど。
「どうせ、まだ婚約者などできていないようですから、わたくしがパーティーに招待しようかと思いまして」
パーティー。何かあったかと考えて、そういえば母が言っていたことをクロノスは思い出す。
『ジルベール第二王子が独身者および婚約候補者持ちを集めたパーティーを開くそうよ』
簡単に言えば、婚活パーティーだ。独身者は婚活をし、婚約候補者持ちは王子に挨拶をし、独身者にアドバイスをしたりする。
招待状が届いた者は婚約候補者ないし、友人を一人招待することができるのだ。クロノスは招待状を受け取っていないので、誘われなくては参加できない。
クロノスはこういったパーティーに興味もなければ、面倒くさいので断っていた。
「その誘いは断らせてもらう」
「何故よ!」
「君は俺を〝婚約候補者〟として誘うつもりだろう」
クロノスの指摘にランドールは黙った、図星だったのだ。見え透いているとクロノスは呆れた。
「クロノス様、ランドルフ団長が手紙を受け取るようですので、団長室までご案内します」
受付嬢に呼ばれてクロノスは「では、そういうことで」とランドールに声をかけて、歩く。
「待ちなさい! 話は終わっていません」
別れを告げたというのにランドールは着いてきた。これはもう暫く長引きそうだと、クロノスはげんなりしていた時だ。
「レミリア聖女、何故ですか!」
廊下の先、団長室からほど近い廊下で一人の騎士が声を上げた。なんだと見遣れば、レミリアがそこにはおり、騎士に詰め寄られている。
「オレでは駄目だと言うのですか!」
「そうですね。友人として誘うことはできても、婚約候補者としてはできません」
短い金糸の髪が似合う。爽やかな顔立ちの好青年はクロノスより少し低いが、体格は良さげだ。
聖騎士団の証である白を基調とした正装に身を包む彼は納得ができないように食い下がっている。
どうやら、レミリアもジルベール第二王子からの婚活パーティーの招待状を貰っているようだ。
彼は自分こそが聖女の婚約者に相応しいと思っているようで、「オレ以上の存在などいませんよ!」と主張している。
(彼は……カルデローニ侯爵家の次男か)
クロノスは彼に見覚えがあった。カルデローニ侯爵家の次男ヘラルド・カルデローニだ。
二十二歳にして、レイテシア聖騎士第一部隊長となった優秀な騎士で、真面目で誠実だというのがクロノスの印象だった。
嘘をつくのが下手で、何かを断るのも苦手だと。戦う腕も良く、性格も悪くないのならば、自分が相応しいとなるのも無理はないかと、クロノスは思う。
とはいえ、レミリアは困っている様子だ。助けてやりたいが、クロノスもランドールに絡まれている。
これは無理だなとクロノスが思って――レミリアと目が合った。
「クロノス魔導司書官!」
「助けられないぞ。こちらも絡まれている」
そう返しながら少し後ろに立っているランドールを指さした。それだけでレミリアは察したようだ、なるほどと頷く。
ランドールに関しては「絡んでいるなんて失礼だわ!」と、抗議しているがクロノスは無視した。
「貴殿がクロノス・リーグベルトか。貴方の噂は聞いている。何故、聖女様の助手などしているのだ。相応しくない」
「レミリア聖女に〝お願い〟されてやっているだけだが?」
俺は一度、断っているとクロノスが言い返せば、ヘラルドが眉を寄せた。
それにレミリアが「クロノス魔導司書官が一番、適任なので」と追撃する。
「最も、融通が利き、私を聖女だからと態度を変えない点が良いです。魔法にも長けていますからね」
貴方には無理でしょうとレミリアにはっきりと言われて、ヘラルドは返す言葉がないといったふうに拳を握った。
それでも、助手は駄目でも婚約者としてはとヘラルドが主張して、レミリアは眉を下げる。
クロノスから見て、ヘラルドはレミリアの苦手とするタイプの人間ではないだろうかと感じた。
(レミリア嬢は〝聖女〟という扱いを嫌う)
レミリアは聖女だ。けれど、聖女様だからといった扱いを常にされるのを嫌う。
休日であってもそうされて、聖女様に相応しい相手は、行いはと決めつけられるのが。
自分に懐いたのもそういった態度で接しないところだとクロノスは知っている。
そんな様子を眺めていれば、レミリアがぱっと何か思いついたように振り向いた。
その猫のような眼の輝きにクロノスは嫌な予感がする。
身構えるクロノスなど気にも留めず、レミリアは腕を組んでにこやかな笑みをヘラルドに向けた。
「私が招待するのはクロノス魔導司書官です。もちろん、〝婚約候補者〟として」
この聖女、やりやがった。クロノスはそれはもう盛大な溜息を吐きだした。
けれど、それはランドールとヘラルドの悲鳴でかき消されてしまう。
叫びたいのはこっちだとクロノスは思ったが、有無を言わさないレミリアと、蛍火となっている精霊の睨みに黙るしかなかった。




