第36話 勘弁してほしい(面倒くさい)
リビングルームへ戻ったクロノスは、レミリアに熱心に話しかけているティルダに少しばかり驚く。
感情が表に出ない印象のティルダのそんな態度に、聖女であるレミリアを慕っているのだろうと思った時だ。
レミリアが「クロノス魔導司書官~」と助けを求めてきた。
「どうした、レミリア聖女」
「いえ、ティルダさんなんですけど……」
「クロノス魔導司書官さん!」
レミリアをぐいっと押しやってティルダが前に立つ。
スンっとまた表情が無くなった姿に、クロノスが身構えていれば、彼女が頭を下げてきた。
「弟子にしてください!」
「は?」
クロノスは思わず呆けた声を出してしまう。
聞き間違えかとも思ったが、ティルダは顔を上げてから「噂は聞いています!」とぐっと両手を上げて拳を作った。
「魔導士官学科専攻、魔導司書官試験をトップで合格したと聞いています。それから魔法も複数の属性を扱うことができると」
「……それがどうした」
「わたしは魔導司書官になりたいのです」
知識だけでは許されず、魔法に長けているだけでも認められない。
両者を併せ持ち、臨機応変に対応できる者でないと魔導司書官にはなれないとされている。
魔導書というのは暴走することもあるからだ。呪詛が籠められたもの、罠が付与されたものなど多岐にわたる。
「わたしは並みの職種に興味はありません。この国で最も取得が難しいとされる資格の一つ、魔導司書官を目指したいのです」
どうやら、ティルダは人気の職や平凡とした業種には興味がなく、難関とされるものに惹かれるようだ。
その中でも魔導司書官というのは魅力的に感じたのだろう。一通りの魔法が使えるというのも彼女の中では強みとなっているのかもしれない。
「魔導司書官からの指導を受けて試験を行うこともできると聞きました」
「そうだな。だが、無難な手順は魔法学院に入学し、魔導士官学科を専攻することだ。君はまだ十六歳だったか。来年から入試が受けられるので、そっちに行くことを勧める」
魔導司書官の試験というのはいくつか受講方法がある。一つは魔法学院に入学し、魔導士官学科を専攻すること。
一通りの勉強ができるだけでなく、専門的な分野の知識も身につけられるのと、試験を受ける時の手続きが楽にできるので、一石二鳥だ。
次に魔導司書官の指導を受けることだ。魔導司書官の下で三年以上の指導経験を持ち、高等部以上の卒業歴があれば、試験を受けることができる。
こちらは魔導司書官から直接、いろんな話を聞けるという利点があるが、手続きをするにあたって、少しばかり面倒くさい。
推薦状や指導歴などの書類の作成は全て魔導司書官がしなくてはならなかった。
さらに、親の同意書や魔導士からの許可書など用意しなくてはならない。受講する本人も手間がかかるのだ。
なので、デメリットを考えれば、魔法学院の魔導士官学科を専攻することが一番だ。
そうクロノスが冷静に分かりやすく伝えれば、ティルダは眉を寄せながら口を尖らせる。なんと、分かりやすい不満顔だろうか。
あの無表情さは何処へ行ったと突っ込みたくなるのを堪えて、クロノスは「弟子入りは無理だ」と丁寧に断った。
「ティルダは魔法学院の入試を受けられないのですよ」
「受けられない?」
状況を見かねたシルヴァリアが話に割って入る。
ティルダは両親の教育方針によって、来年には戦乙女たちの部隊、ワルキューレ騎士団の育成校へ入学することが決まっているのだ。
ワルキューレ騎士団は女騎士たちで構成された団であり、男騎士が集うレイテシア聖騎士団とは違う。
レイテシア聖騎士団ならば魔法学院の騎士学科を専攻すれば試験を受けることができるが、ワルキューレ騎士団は個別の育成校に通わなくてはいけないのだ。
「フルスティ家は英雄リクハルドの血族。代々、騎士を輩出しているから、ティルダもワルキューレ騎士団に入るのは決まっている事なの」
「わたしは嫌です。魔導騎士よりも、魔導司書官になりたいのです!」
なるほどとクロノスは納得する。公爵の中でも名のあるリーグベルト家の魔導司書官の弟子になれば、両親も説得できると思ったのだ、ティルダは。
クロノスは女性に関する悪評が多いが、魔導司書官としては優秀だ。試験はトップの成績で合格しているだけでなく、業務成果も他の魔導司書官より上だった。
実力としては申し分なく、しかも今は聖女に選ばれて助手として活躍している。頼むなら一択だ。
やっと理解できたと、クロノスがレミリアを見遣れば、彼女は「私にも口添えを頼まれまして……」と困った表情をしていた。
「そう言われても、俺は弟子を取るつもりはない。諦めてほしい」
「雑用でもなんでもしますので、お願いします!」
「女性がなんでもしますと男性に言うのはやめなさい」
「クロノス魔導司書官の言う通りですよ。男性にそういった事を言うのはよくないです。クロノス魔導司書官は特に女性の噂が良くないので」
「最後は余計だ、レミリア聖女」
七歳も違う女性に手を出すほど困っていないと、言いかけてやめた。これはこれでまた何か言われかねないからだ。
けれど、どうしても諦めきれないといった表情で見つめてくるティルダに、クロノスはどうしたものかと思案して、シルヴァリアへと目を向ける。
「彼女の魔法の技術力、知識量に関してシルヴァリア殿の評価はどうだろうか?」
「知識量はまだまだだよ。でも、魔法の技術は長けているわ。それに関しては贔屓なしに言えるわね」
知識量はまだまだで、足りないものが多い。けれど、基礎的な魔法を一通り使えるだけあって、技術力はあった。
深緑の魔女として、認めましょう。シルヴァリアの言葉にクロノスは自分にできることはと一つ思いつく。
「紙とペンを貸してくれるか、シルヴァリア殿」
クロノスにそう言われてシルヴァリアは一枚の羊皮紙とペンを持ってきた。
テーブルに羊皮紙を置いてクロノスはペンを走らせる。すらすらと書かれた文字を隣で眺めていたレミリアが「なるほど」と頷いた。
最後まで書ききってからクロノスは指に魔力を籠めて押す。魔力の印が押された羊皮紙を手にティルダに差し出した。
「これを両親に見せるといい」
「えっと……」
「魔導司書官としての魔導士学科専攻推薦状だ」
魔導司書官としての才能があるという証であり、希少な役職からの推薦状というのは、下手な試験よりも評価が高い。
これを元に推薦入試を受ければ一定の成績で入学ができる。それから、魔導司書官に必要な授業を優先で受けさせてもらえるのだ。
この推薦状は他の効力もある。特に数の少ない魔導司書官というのは人手不足だ。
そんな役職からの〝才能あり〟という評価を無下にすることは許されない。
特にクロノスは公爵でも名のあるリーグベルト家だ。格下である騎士爵のフルスティ家は頭ごなしに拒絶ができない。
「これを渡す以上、君は絶対に魔導司書官にならないといけない」
クロノス魔導司書官だけでなく、リーグベルト家の名も記されている。
推薦状というのは、推薦してくれた相手の期待と責任も背負っていかなくてはならないのだ。
「君に俺の名を背負うことができるならば、この推薦状を両親に見せて説得するといい。ただし、やると決めたら絶対に魔導司書官にならなければ、いけないことを忘れてはいけない」
ただ、騎士になりたくない、簡単な職に興味がないというだけならば、やめておけとクロノスは忠告する。
ティルダは暫し羊皮紙を眺めてからすっとまた表情を無くす。けれど、その瞳は覚悟を決めた色をしていた。
クロノスから羊皮紙を受け取ってティルダは頭を下げる。ありがとうございますと。
「これで両親を説得してみせます!」
「そうしてくれ。できなくても俺に文句は言いに来なくていい。弟子を取るつもりはないからな」
「では、分からないことを聞きに行くのは許してくれませんか?」
「……まぁ、それならば」
よしとティルダは拳を握った。何がよしだとクロノスは思ったけれど、疲れたので何も言わないでおく。
レミリアからは「よく考えましたね」と感心された。
「あれなら、騎士爵であるフルスティ家は考えなくてはいけなくなりますもんね」
「これが妥協案だ。弟子は取るつもりはない。それに女性の相手も君だけで十分だ」
「それ、私の面倒をみるのは大変だって言ってません?」
むぅっと頬を膨らませるレミリアにクロノスは片眉を下げる。そういうところは面倒だ、なんて言えば機嫌を損ねかねない。
(まぁ、懐いた猫のような愛らしさはあるが)
ちらりと見遣れば、シルヴァリアが微笑ましげに眺めている。
彼女の占い通りになるような、そんな気がしてクロノスは頭が痛くなった。




