第32話 魔導士たちの主張
調合室から出て屋敷に戻ったクロノスたちは、リビングルームとなっている一室に案内された。
もうすぐ来るでしょうとシルヴァリアに言われて、ハーブティーを差し出される。飲んでゆっくりお待ちくださいということのようだ。
レミリアは一口飲んでからテーブルに置いて手を付けていない。緊張しているふうにも感じるので、飲み物が喉を通らないのかもしれないなとクロノスは感じる。
シルヴァリアの言った通り、呼び出された三人の魔導士たちがやってきた。クロノスは彼らの姿を見て少しばかり驚く。
皆、十代の少年少女だったのだ。魔導士見習いと言った方が正しいだろう彼らはレミリアを見て背筋を正す。
「さぁ、三人とも。お二人に自己紹介をして」
シルヴァリアに促されて、まず一人目の少年が口を開いた。彼の名はフリッツ・バールケ、十六歳で魔導士家系。くすんだ金の髪を一つに結った爽やかな印象の人物だ。
次に自己紹介をしたのは少し背の低い少年だ。彼の名はエジェオ・アンジョーニ、十五歳の平民出身。栗色のくせっ毛が特徴的で表情は不安げにしている。
最後は小柄な少女。彼女の名前はティルダ・フルスティ、十六歳であり、亡くなったヨエルの姉だ。肩で切りそろえられた白金の髪が似合う、幼さが残る顔に感情はない。
落ち着いているフリッツに、不安げなエジェオ、表情のないティルダ。三者三様の態度にクロノスは、彼らを刺激しないように質問を始める。
「シルヴァリア殿の弟子志望は誰だろうか?」
「僕とエジェオになります」
フリッツにそうだよなと促されて、エジェオがうんと頷いた。
では、世話を焼いているのはティルダかと、クロノスが聞いてみれば、彼女は「そうです」と淡々と返事を返す。
「わたしはヨエルの面倒をみてくれていた、アイヴィー様のお手伝いができればと思ってやっていただけです。弟子になろうなんて考えてもいません」
それにアイヴィー様はヨエル以外を弟子にはとらないと言ってましたからと、ティルダは話す。
深緑の魔女の愛称はアイヴィーだ。名前を呼ぶことを許されていない者たちは彼女の事をアイヴィーと呼ぶ。
(弟子は一人しかとらない、ということだろうか)
クロノスは魔女が弟子をとる基準が分からないのでそう解釈した。シルヴァリアも何を言うでもなく、様子を眺めているからだ。
「では、君たちがどういった状態でいたのか教えてほしい」
「お、おれは書斎で本を読んで魔法の勉強してました!」
エジェオがおれは何もしていないんだと主張する。書斎は屋敷の奥にあり、調合室から遠いと。
弟子にしてくれはしないが、書斎の本で勉強することを許してくれていた。だから、毎日訪ねてきているのだと、エジェオは「あの日もそうだった」と答えた。
「わたしはリビングルームの掃除をしていました」
空気を入れ替えるために窓は開けていたが、調合室が見える側にはないので外の様子は分からないと、ティルダは話す。
ただ、玄関から出入りした音は一つしかなかったので、シルヴァリアが薬に使う花を摘みに出た時のものだろうと教えてくれた。
「僕は後から訪ねたので……」
フリッツは二人より遅れて屋敷に到着し、そのすぐ後にヨエルは遺体で発見されていた。
なので、二人の様子がどうだったといったことは分からないのだと話す。フリッツは申し訳なさげに眉を下げる。
「遺体を発見したのはシルヴァリア殿で、調合室には三人は入っていない。そういう認識で間違いないだろうか?」
「えぇ、間違いないわ。すぐに封鎖したから」
三人にアリバイらしいものはない。書斎に居ようとリビングルームの掃除をしていようと、後から来たとしても、シルヴァリアがいない隙をついて殺害することができなくはないのだ。
(とはいえ、証拠らしいものもない)
何かしら糸口になるものはないか。クロノスが考えていれば、レミリアが「三人は魔導士見習いでしょうか?」と質問をした。
「そうですが……」
「得意分野を教えてください」
「え、僕は薬学です。学校も魔法薬師学科専攻なんで……」
レミリアの唐突な質問にフリッツは困惑しながらも答える。それに続くようにエジェオが「おれは火属性魔法です」と言った。
エジェオは火属性魔法関連しか扱えないのだという。「補助魔法は加減とか、薬学は素材がどうとかって覚えられなくて……」と頭を掻いている。
「わたしは基礎的な魔法は一通り使えます。地属性が得意なぐらいですよ。薬学は学んでいないのでわかりません」
何でもないといったふうにティルダは話す。感情が表情から分からないので、真意が読めない。
クロノスは「では、ヨエルのことだが」と彼らに問う。
「君たちは唯一の弟子あるヨエルについてどう思っていた?」
その問いにフリッツは視線をそらし、エジェオは言いにくそうに俯いた。最初に答えたのはティルダだ。彼女は「特に」と軽く返す。
「弟が弟子に選ばれた時、わたしは嬉しかったです。アイヴィー様に認められたのだと。わたしがアイヴィー様のお世話をさせていただいているのは、お礼の意味があるのです」
この国を守った偉大なる魔女の弟子に選ばれた。何かお礼になることはできないか、そうして考えたのが魔女の身の回りの世話をすることだったのだ。
両親から「ヨエルと仲が良く、器用なお前ならば任せられる」と言われて、ティルダは世話を焼いていた。
普通の感情ならば、どうして弟のために自分がと思うのかもしれない。けれど、ティルダはそんな感情を抱かなかったのだという。
「だって、大好きな弟が深緑の魔女様に選ばれたのですよ? 応援したくなるじゃないですか」
それにアイヴィー様はわたしに良くしてくださっていますからと、ティルダは話す。不満などなかったと。
「お前はいいよな、弟が弟子に選ばれたんだから」
エジェオが嫌味を含んだ言葉を吐き出す。彼はヨエルに対して幾ばくかの不満があるようだ。
「年齢は関係ないっていうけどよ。あいつよりもおれのほうが魔法は上手いんだ。なのに、選ばれたのはヨエルだった。悔しいって思うのは当然だろ」
そうだろとエジェオに問われて、フリッツが「あぁ」と頷く。彼もまた悔しい思いを抱いたようだ。
「薬学ならば僕は自信がある。ヨエルはまだ覚えたてだ、そんな相手に負けるなんて……そう思うのは仕方ない」
そう言う二人はシルヴァリアのほうを見れていない。彼女の眼が炎のように揺れているのに気づいているようだ。
ティルダは分からないが、少なくとも二人はヨエルに不満をいだいている。
(殺人というのは、些細な妬みから行ってしまうこともある)
刑事だった時だ。たったそれだけのことでといった理由での犯行があったのをいくつか思い出した。
突発的なもの、酔った勢い、小さなプライド。他にもあるが、どれも殺人を犯していいものではない。
(凶器や犯行方法が分かれば……)
絞殺だけでは犯人が絞れない。やはり、事件現場をもう一度、捜査するべきか。
クロノスが「すまないが」とその旨を伝えれば、シルヴァリアが「では」と言葉を紡ぐ。
「妾がこの子たちを見張っていましょう」
にこりと笑む表情は冷たい。クロノスはそれを指摘することはせずに、レミリアを連れて、再び調合室へと向かった。




