第31話 魔女の深き器の裁き方
深緑の魔女の屋敷は王都から出て、少しばかり離れた丘の上にある。
辺り一面、色とりどりの花々に囲まれた真っ白な外観の屋敷が彼女の家だ。周囲には何もなく、静かで落ち着いている。
門を潜り抜けて玄関を叩く、前に扉が開いた。
「待っていたわ、聖女レミリア」
ゆっくりと澄んだ声でレミリアを呼ぶ。
深緑の長い髪は地面につくほどで、緩く三つ編み一つに結っている。スレンダーラインの緑のドレスを着こなす、美麗な女性が目笑してみせた。
レミリアよりも身長が高いスタイルの良い彼女こそが深緑の魔女、名をシルヴァリアという。
「遅くなってしまい、申し訳ございません。その……」
「あぁ、妾のことはシルヴァリアと呼んでくださって。そちらの魔導司書官さんも」
深緑の魔女の名を呼べる人物は限られている。彼女からの許しが出た者以外は基本的に二つ名で呼ぶことになっているのだ。
彼女からお許しが出たということで、レミリアは「ありがとうございます」と小さく頭を下げる。
「そう畏まらなくていいわ。アナタと妾は同じ地位でしょう」
「でも、私が精霊に愛されて認められたのは、貴女が過去に彼らを仲介してくださったのです。それにこの国を守りきったお方で……」
「あれは妾にも理由があっただけなのよ」
シルヴァリアはそう言って「中に入って」と促す。クロノスはレミリアに続くように室内へと足を踏み入れた。
室内自体はシンプルな造りだ。けれど、あちこちに植物が飾られており、緑豊かな部屋となっている。
調合室は奥なのとシルヴァリアはゆっくりと歩いていく。その背に着いていけば、道すがら彼女は何でもないように話した。
「正直に言えば、この国に想いがあったわけではないの」
この国を守りたいというほどの愛国心があったわけではなかった。シルヴァリアは「あの人のために妾は守ったのよ」と囁く。
「妾に愛を誓い、国を守るために戦い抜いたあの人のために」
愛を誓った男が守りたいと願ったのだ。叶えてあげたくなるでしょうとシルヴァリアは微笑んだ。
「こんな昔話、あまり興味はないか。ごめんなさいね」
「いえ! そんなことはないですよ。私は理由を知らなかったので」
レミリアは驚きを、クロノスは意外といったふうにしてみせる。シルヴァリアはそんな反応を気にするでもない。
自分がどういったふうな印象で人々に広まっているのかを知っているようだ。感情を表立って出すような人間味があるとは思われていないことを。
「過去の話よ。……あの人はもう居ないけれど、妾は願いを叶え続けているの」
どうか、俺の分までこの国を守ってほしい。自分にできることといえば、魔女としての力を使ってやることぐらいだ。
だから、シルヴァリアは今もこの国を守っている。魔女の愛の深さにクロノスは彼女らの器の大きさを知った。
「ここよ、事件現場は」
屋敷の奥、渡り廊下を抜けた先にある離れの建物の入り口に二人の警察隊員が立っていた。
レミリアを見てぴしりと姿勢を正し、敬礼する脇を通り抜けて、シルヴァリアが扉を開く。
本棚と薬品や素材が入った棚が壁一面にびっしりと置かれ、中央には大きなテーブルがあった。
いくつかの椅子に、調合に使う器具がテーブルの上に置かれている。使いかけているように。
「事件のあったままで保存されいるわ。どこも触っていないの」
シルヴァリアはそう言ってクロノスへと目を向けた。レミリアではなく、自分に向けられた視線にクロノスは首を傾げる。
「あの子を殺した犯人を見つけて、探偵さん」
「……俺は探偵になったつもりはないのだが……」
「でも、事件を解決に導いているのは貴方でしょう?」
そう問い返されてクロノスは否定ができない。自分が事件を解決している自覚というのがあったのだ。
謎を解くのがクロノス、穢れを祓うのがレミリアといったふうに役割分担できている。
とはいえ、探偵になったつもりはないので、「その呼び方はやめてほしい」とだけ言って、事件現場を見渡す。
植物が飾られているぐらいで怪しい物自体は見当たらない。戸棚の一つが開いてるぐらいだ。
中を確認してみれば、魔物の素材が種類別に陳列されていた。しっかりと名称が記されているので、間違えることがない。
(ワーウルフの牙、グリフォンの血液……スライムの体液に、マンドラゴラ。それからジャイアントスパイダーの糸……は、無いな)
他の魔物の素材はあるが名称が記されているジャイアントスパイダーの糸は空っぽだった。
在庫を切らしているのだろうと、クロノスは調合台であろうテーブルのほうへと近づく。
すり鉢一式に、いくつかの薬品、小瓶や薬を包む紙、水の入った瓶に、鍋と煮込むためのアルコールランプと鍋台。
スプーンや計りといったものがテーブルに置かれている。どれも中度半端に使われていたので、調合中に殺害されたようだ。
窓はしまっているが鍵はかかっていなかった。侵入口としては使えなくはないだろう。
レミリアは遺体があっただろう床を擦っていた。穢れの気配を探り、クロノスのほうを見て首を左右に振る。
「穢れの気配はありません」
「聖女レミリアがいうのだからそうなのでしょうね。あの子を恨んだ人間の犯行……あるいは妾への……」
ゆらりとシルヴァリアは深い緑の眼が揺れた。それは怒りの炎のようで、クロノスは背筋にぞくりと寒気が這う。
深緑の魔女が怒っている。彼女に犯人捜しをさせてはいけないのは、揺らめく炎の眼を見れば分かることだ。
何をしでかすか分かったものではない。クロノスは他に何かあるだろうかと、テーブルの周辺を確認する。
棚の上に水槽が置かれているが、何匹か魚が死んでいた。一日、餌を与えなくて死ぬものだろうか。クロノスはふむと考える。
「シルヴァリア殿、犯人だと思われる方に心当たりは?」
「あの時、妾の屋敷にはあの子を除いた三人の魔導士が居たの。一人は屋敷の掃除をし、一人は書斎の本を読みふけり、一人は遺体を発見する少し前に訪ねてきたわ」
「その間、シルヴァリアさんどちらにいらっしゃったのですか?」
「少しの間だけ、外に出ていたわ。花畑から薬に使うものを採取していたの」
レミリアの質問にシルヴァリアは時間にして三十分過ぎぐらいと答える。その返答に犯行に使っただろう大体の時間をクロノスは把握した。
三十分ほどならば窓から忍び込み、背後から絞殺することもできるだろう。三人の魔導士以外にも犯行はできそうだった。
「その三人の魔導士はお弟子さんでしょうか?」
「いいえ。妾の弟子はただ一人。ヨエルだけなの」
魔導士は弟子志願者が二人と、ただ世話を焼いてくれているだけの一人とシルヴァリアは教えてくれた。
三人は犯人の可能性がなくはない。レミリアの疑問への回答にクロノスは彼らにも話を聞くべきだろうと、「三人に話は聞けるだろうか?」と問う。
シルヴァリアは「もう少ししたら来るわ」と、すでに呼び出していると答えた。話が早いことだとクロノスは思うも口にはしない。
「早く犯人を捕まえてほしいの」
「それは貴女自身が裁くということだろうか?」
「魔女の器というのは深いわ」
魔女の器。それは感情を測るもの。長く生きる存在にとって、器は深くなくてはならない。浅くては感情に任せて周囲を攻撃しかねないからだ。
けれど、怒りや憎しみ、恨みといった負の感情は重い。一つの重さが深い器を埋めていく。
「埋まった重さは解消しなくてはいけないの。犯人を見つけて、妾は伝えなくてはいけない。裁きというのは死や体罰だけではないのよ」
魔女の裁き方にはいろいろあるのと、シルヴァリアは微笑んだ。
返答がクロノスにはできなかった。それはレミリアも同じなようで。彼女の笑っていない眼を見ては、指摘はおろか返事すらも口にできない。
恐ろしい、そう思ったのだ。




