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クロノス魔導司書官の事件録―悪評公爵令息は聖女の助手となる―  作者: 巴 雪夜
第五篇:魔女の弟子を殺したのは誰だ?

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第30話 魔女からの依頼

 夢を見た。それは自分だろう人間が死ぬまでのほんの一瞬だ。


 逃走した犯人の振り下ろすナイフが通行人である幼い少女へと向けられて――彼女を自分は庇った。


 何度も刺された刃が引き抜かれて、犯人が遅れてやってきた警官たちに取り押さえられる。


 地面に広がる赤に身体を寝そべらせて遠退く意識の中、少女が今にも泣きだしそうにこちらを見つめていた。


『大丈夫だ』


 そう笑って、ゆっくりと意識を落とす。



  ***



「自分の前世の死など、何度も見たいと思わないだろう」



 はぁと深い溜息をクロノスは吐き出す。恐らく前世の、自分の最後を夢にみたわけだが、これが一度というわけではなかった。


 頻繁に見るわけではない。これで、三度目ぐらいだ。毎度、同じシーンで自分は少女を安心させるように笑いかけて死ぬ。


 何故、そんなことをしたのか。子供を怖がらせないためだったのだろうことは理解できた。あんなものはトラウマになってもおかしくはないのだから。



「死んだら元も子もないだろうに」



 自分でしたこととはいえとクロノスは呆れた。そんなことを考えながら、いつものように午後の担当区である禁書室での業務を始める。


 灯火の魔法の明かりに照らされた室内に、本棚がずらりと並ぶこの空間を仕事とはいえ、クロノスは嫌いではなかった。


 静かで、落ち着ける。ゆっくりと呼吸をしてクロノスは気持ちを切り替えた。


 いくつかの本の修繕があったなと、本棚から取り出しておいた魔導書を確認するべく、業務用カウンターへと向かって――勢いよく扉が開かれた。



「クロノス魔導司書官、今は大丈夫ですね」


「レミリア聖女、仕事中だが?」



 聖女としての姿で聖槍片手に入ってきたレミリアはクロノスの返答など気にしない。


 業務用カウンターに置かれた椅子に腰を下ろしてから、「ご相談がありまして」と話を続けようとする。


 俺の話を聞いていたか、なんていう突っ込みは効かないのだろう。クロノスは仕方ないと、話を聞く姿勢をとった。



「事件の捜査の依頼を受けました」


「穢れとは関係ないのにか?」


「えぇ。少々、断りにくく……」


「断りにくい?」


「この国で暮らしているならば、〝深緑の魔女ヴェリティ・アイヴィー〟をご存じでしょう」



 深緑の魔女ヴェリティ・アイヴィー。それはこのレイテシア王国で唯一、国王から勲章を貰った魔女だ。


 この世界では魔女とされる条件がいくつかある。


 一つ、良質な魔力を持ち、魔法に長けていること

 一つ、神獣と契約を交わし、人間を辞めていること

 一つ、生まれてから一百年以上、生きていること


 上記の三つを満たし、悪しき心に捕らわれなかった存在を魔女としている。悪魔や穢れと契約を交わした場合、魔女という地位をはく奪され、処罰されてしまう。


 魔女の称号を持つ存在は数える程度だ。その中でもレイテシア王国で、勲章を貰えるほどに認められた者こそが、深緑の魔女ヴェリティ・アイヴィーである。


 約一百年前の戦争時、たった一人で王都に結界を張り、攻め来る兵士たちから国民を守り切った魔女だ。


 御伽噺のようにその活躍は語り継がれて、精霊との仲介役にもなったとされている。精霊たちの加護を受けた平和な国へと導いた一人だとされていた。


 この国の民ならば知らぬ者はいない。だから、クロノスは「知っているのは当然だろう」と返した。



「彼女を知らないのは赤子ぐらいだ。その深緑の魔女がどうした」


「昨日、彼女の弟子が殺害されました」



 魔女の弟子が殺害された。クロノスはそれがどういった意味を指すのか、瞬時に理解する。


 魔女の恨みは深く、執着するのだ。大切だったものであればあるほどに。捕まえて罰するまで執拗に追うのが、彼女らの裁き。


 魔女を怒らせるなとはよく聞く話だ。どういった裁きを彼女たちが下すのか、想像ができない。



「私はこの国の聖女ではありますが、たった一人で王都を守り抜いた深緑の魔女ヴェリティ・アイヴィーも同じ地位に存在しますので……」


「彼女からのご指名を断るのは難しい、というわけか」


「はい。私が聖女になれたのも、深緑の魔女ヴェリティ・アイヴィーが過去に精霊との仲介をした経緯がありますから」



 理由を聞いてそれは断りにくいなとクロノスは納得した。仮に断れたとしても、魔女自ら犯人捜しをするだろう。


 どういった裁きになるのか、想像はしたくはない。それを避けるためには引き受けるしかないのだ。



「私たちが事件をいくつか解決しているのを聞いて指名されました。もちろん、クロノス魔導司書官もです」


「だろうな」



 聖女の助手なのだから指名されないわけがない。クロノスはこればかりは仕方ないことだと依頼を引き受けることにした。


 そうしなければ、自分だけでなく、リーグベルト家にも飛び火しかねない。なので、クロノスは「詳しい話を聞こう」とレミリアに話を促した。



「死亡したのは騎士爵フルスティ家の子息、ヨエル。年齢はまだ十二歳と若いです」



 騎士爵フルスティ家といえば、一代限りとされている騎士爵を子孫に継承することを認められた数少ない一族だ。


 この国でいうと男爵家の下の地位に属する。公爵家であるリーグベルト一族とはそこまで交友が深くはないが、知らぬ仲というわけではない。


 確か、子宝に恵まれて歳の差の兄弟がいるのをクロノスは知っていた。



「死因は?」


「絞殺だとされています。ただ、凶器は見つかっていません」



 犯行現場は魔女のアトリエの一室。薬の調合を行う調合室で遺体は発見されている。


 現場は荒らされた様子もなく、綺麗なものだった。だが、首を絞められた時にもがいたのか、ヨエルの首元には引っ搔いた痕が残っていたという。



「現場は深緑の魔女ヴェリティ・アイヴィーがすぐに確保し、警察隊に引き渡して現在は見張りを立てた状態で封鎖されています」


「証拠を隠す暇を与えなかったということか」


「その通りです。まずは彼女から詳しい事情を聞きましょう」



 そう言ってレミリアは立ち上がった。同じ立場とはいえ、強さが保証されている魔女と話すということもあってか、少しばかり顔が強張っているように見える。


(遠目から見たことはあっても、話したことはないな……)


 クロノスもパーティーなどで見かけることはあれど、話しかけたことはない。彼女に挨拶をするのは基本的に当主または跡継ぎのみだからだ。


 さて、どうなるか。クロノスは不安を抱きつつも、話を聞くべく深緑の魔女ヴェリティ・アイヴィーの元へと向かった。




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