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クロノス魔導司書官の事件録―悪評公爵令息は聖女の助手となる―  作者: 巴 雪夜
第一篇:聖女と組んだ最初の事件

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第3話 従業員の証言(上)

 午前中の柔らかい陽ざしに照らされながら城下町を歩くクロノスは深い溜息を吐き出した。


 午前の業務を行おうとして、館長からこう声がかかったのだ。


『クロノス君、レミリア聖女様の手伝いに集中しなさい。終わるまで業務はお休みしていていいから』


 真っ白な長い髭を撫でながら、年老けた顔をにこやかに笑ませて。


 魔導士の中でも最上位であり、国王陛下からも信頼のあるダフネル館長から〝聖女様の協力をしろ〟と言われては、公爵家の血筋であっても断ることはできない。


(信用がないな……。まぁ、好きにやっていたのだから仕方ないか)


 それにしたって何故、前世の刑事であった時と同じようなことをしなくてはいけないのか。記憶が正しいのならば、転生した後なのだから自由に生きたっていいだろう。


(いや、二十二歳までは自由に生きていたんだったな……)


 この先はちゃんとしろという神様からのお告げなのかもしれない。そんな事を考えながら、隣をにこやかに歩いているレミリアへと目を向ける。


 聖女の証でもある聖槍を手にしているレミリアは、威圧感はないけれど凛とした立ち姿をしていた。周囲の人々は彼女の姿を見るや深々と頭を下げていく。


 聖槍を持っている時、聖女はお役目中だ。彼女の邪魔をすることは許されないので、話しかけてくることはない。


 レミリアの周囲を蛍火が舞っているのが見えた。彼女がにこやかな表情をしているのは蛍火にあるようだ。



「周囲を飛んでいるのは……」


「えっ! 貴方、精霊が見えるのですか!」



 レミリアが目を見開いて顔を向けてきた。信じられないといったふうに。どうやら、蛍火は精霊らしい。


 精霊は人間の目では見ることができない、基本的には。精霊の祝福を受けた者や、良質な魔力を持つ者、純真無垢な心の持ち主には見えるとされている。



「貴方は私と同じ精霊の祝福を受けた人間では……ないですね。純真な心は持ち合わせてないでしょうから……魔力でしょうか」


「さりげなく、毒を吐かれた気がするのだが?」


「気のせいです。あぁ、着きました。こちらですよ、クロノス魔導司書官」



 毒を吐いたなど思わせない笑みを浮かべて、レミリアは王都広場前のカフェテラスへと入って行く。


 店内はシックな内装で手前にカウンターがあり、奥にテーブル席が配置されていた。広場前ということもあって客入りは多い。


 レミリアは迷いなく一番奥の席へと向かう。そこには一人の青年が座っていた。


 少し長い赤毛を一つに結った男前な顔の青年は、左手の指を愛しげに見つめていたが、レミリアに気づいて立ち上がる。



「聖女様、お役目ご苦労様です」


「ありがとうございます。でも、私のことは気になさらずに座ってください」



 青年が座ったのを確認してから聖槍を立てかけてレミリアも腰を下ろしたので、クロノスも彼女の隣に着く。


 レミリアは青年をハングリッド・バイジャンと紹介した。ジュエリーショップ:アンジャベルで店員をしているという。


 事件当日に店長と共に最後まで残っていた人物の一人だ。店の戸締りも手伝っていたということもあって重要な参考人となった。



「ハングリッドさんは他の方との待ち合わせている時間に、所用で間に合わないということで、空いている今の時間に話を聞くことにしたのです」



 事件当日、最後まで残っていた人物たちは十五時にクロノスの母アイリーンのアトリエに集まることになっている。


 ハングリッドも後から合流するが、先に話を聞けるならそうした方がいいとレミリアが判断したようだ。



「事件前夜の行動を教えてもらえますか、ハングリッドさん」


「特に何かあったってわけではないですよ。店長と従業員たちで閉店作業をして、おれは宝石鑑定師のアンリッヒと窓の施錠を確認していました」



 事件前夜、宝石鑑定師のアンリッヒと窓の施錠や店内に不審者が隠れていないかの確認をしていた。彼女と閉店まで働いている時は一緒に行っていると。


 店長のコンラートは保管庫、同僚のヘレンはスタッフルームのほうを担当していたとハングリッドは証言する。



「不審者はいなかったし、施錠はちゃんとされていたよ」


「裏口の施錠は誰でしたか?」


「スタッフルームを確認しにいったのは同僚のヘレンのはずだ。裏口に一番、近いですから」



 レミリアの問いに「おれは裏口には行ってないんで、確証はないんですが」と、ハングリッドはすみませんと謝る。


 彼の証言が本当ならば裏口の鍵を閉めたふりができるヘレンが怪しいことになる。店長が再度、確認しなかったのが落ち度になるわけだ。


 クロノスはハングリッドの様子を観察する。彼は至って落ち着いていた。焦りや動揺といったものは顔に表れていない。


 ただ、ずっと左指につけた深紅の宝石が煌めく指輪を撫でている。愛おしげに、そっと。



「その指輪、とても大切なものなのですね」


「えぇ、そうなんですよ! これはおれにとって愛のカタチでもあるのです」



 レミリアも気になったようで指輪の事を聞けば、ハングリッドはそれはもう嬉しそうに話した。これは愛している人からの贈り物なのだと。


 余程、好きなのだろう。クロノスはハングリッドの行動に納得して、別の質問をした。



「店員や従業員たちの事を少し教えてほしいのだが」


「は? 犯人は外部の人間じゃないんですか?」



 クロノスの問いに訝しげな反応をハングリッドは見せた。それはクロノス自身に対しての疑心もあるように感じる。


 自分に対して良い印象がないのはそれだけで察せる。クロノスがどうしたものかとレミリアへ目を向ければ、彼女は穏やかな表情を浮かべて「何があるか分からないですから」とハングリッドに言った。



「一応、皆さんに聞くことになっているのですよ。些細な事が事件解決に繋がるきっかけになるとも限らないですから」



 それはもう声柔らかに伝えれば、ハングリッドは聖女様が言うならと、「店長は腰が低くて」と話し始める。



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