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クロノス魔導司書官の事件録―悪評公爵令息は聖女の助手となる―  作者: 巴 雪夜
第四篇:歌劇団員の死に遭遇し――

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第28話 それは本当に彼女のためだったのか

 質問の意図が分からずに不思議そうな顔をする彼らにクロノスは「確認したいことがある」と、手を広げてみせた。



「君たちの両手を確認させてほしい」


「と、いうと?」


「犯人は氷属性魔法で生み出した氷塊を使ってハンナを撲殺している。素手で持てば、どうなるか。氷属性魔法を扱える君らなら分かるのではないだろうか?」



 クロノスの問いにカスペルは「そんな馬鹿なやつがいるか」と笑った。素手で持って殴るなど、馬鹿がすることだというように。



「氷の塊だぞ、魔力を帯びた。そんなもんを素手で持てば、凍傷になるぞ」


「そうだ。突発的なものでなければ、そんな馬鹿なことはしないだろう。だが、可能性があるかぎりは確認しなくてはいけない」



 あくまでもそういった可能性があるとクロノスは強調させる。氷属性魔法を扱える者からしたら、常識的なことなのは知っているといったニュアンスを籠めて。


 可能性があるかぎりは確認しなくてはならない。そうだろうとクロノスに促されて、レナントも「それはそうだ」と頷いた。


 警察隊として可能性は潰していくのは当然だからだろう。レナントは嫌な顔はせずに、「ほら、見せてみろ」と指示を出す。


 カスペルは呆れたように両手を差し出して見せてきた。少しばかり骨太な手は綺麗なものだ、凍傷の影すらない。



「まぁ、手袋をしていた可能性もあるしな」


「まだ、オレを疑ってんのか! なら、手袋を探せばいいだろうが。今日は氷属性魔法を使う演出はなかったんだ。手袋に霜がついてれば、容疑者を少しは絞れるんじゃねえのか?」



 苛立ったように言い返すカスペルにレナントが「分かっておるわ!」と、大きな声で反論する。


 クロノスはこれを待っていた。



「そう。手袋を使っているならば、この確認は無意味だ」


「……え?」



 何を言っているのだとレミリアが目を瞬かせながらクロノスを見遣る。それはレナントやカスペルたちもだ。


 クロノスはその視線を気にするでもなく、クラーラとリベラータへと目を向けてから問いかけた。



「二人は火属性魔法が使えないのは確かだな?」


「は、はい……」


「使えないけど……」



 また確認をされたことでクラーラは訳が分からないといったふうに、リベラータのほうへと顔を向けて――はっと目を開いた。



「なら、君のその手袋はおかしくないだろうか。リベラータ」



 リベラータは片方の手を握り込んだ。それにレミリアがあっと気づく、そういえばと。



「確か、手袋の指先が焦げていましたよね」


「その通りだ、レミリア聖女。それから、手袋の色が左右違うのにも違和感がある。それは左右別々のものではないだろうか?」



 皆が皆、リベラータを見る。彼女は「間違えて」とは言わなかった。赤と青、明らかに違う色なのだから間違うほうがおかしい。


 本人もそれを理解しているから、黙って拳を握っているのだ。



「その手袋の焦げは火属性魔法を演出として使った時だろう。魔法が使用されたかは調べれば分かることだ。クラーラ」


「は、はい!」


「君は手袋を外せるだろう?」



 クロノスにそう問われてクラーラは慌てて両方の手袋を外して見せた。手は裏方として酷使しているからか、傷跡がいくつかあるものの、凍傷はしていない。


 エルマも「わたしだって綺麗なモノよ」と手を広げてみたことで、リベラータは追い詰められる。



「慌てても間違えるような色ではない。仮に間違えたとしても、両手を見せることはできるな?」



 圧。クロノスの言葉にリベラータは唇を噛み締める。できないのだ、彼女は。


 カスペルがおいっとリベラータの手を掴んで、無理矢理に手袋を脱がせる。掌を向ければ、皮膚は赤く変色していた。


 お前とカスペルが言葉を続けようとして、勢いよく突き飛ばされる。一歩、一歩とリベラータは後ろに下がって――クロノスを睨みつけた。



「俺を恨むのは勝手だが、逃げ切れると思っていたのか。流石に警察隊でも調べることだろう」



 見つかるのも時間の問題だった。クロノスはそう言うのだが、リベラータの怒りの矛先は変わらない。


 彼女の身体から黒い靄が溢れ出て、レミリアが「皆さん、扉まで下がって!」と声を上げながら前に出る。


 聖槍を構えて臨戦態勢に入るレミリアにクロノスも、いつでもサポートできるように一歩、後ろで待機した。


(しかし、狭い……)


 室内は狭いものだ。ここで戦闘となると、建物を傷つけるだけではすまない。レナントがカスペルたちを室内から避難させているが、ここだけで戦闘が済むとはかぎらなかった。



「あの女、あの女はロレッタに対して〝死んでもいいのよ〟って、言ったのよ!」



 ハンナは自分が大好きな人間だった。認めた存在には懐くけれど、気に入らない人物には冷たい。


 妹役をロレッタに奪われた時、こいつなんていなくなってしまえばいいと思っていたのだと、リベラータは吐き出す。



「あいつ、あいつ、アタシがロレッタと幼馴染だって知っておきながら、〝わたし以上の妹役なんていないから、あの子は死んでもいいの〟って、言ったんだよっ!」



 邪魔なのよ、あの子。そうハンナは言い切ったのだとリベラータは呻るように言った。


 小さい頃から舞台女優に憧れていたロレッタを応援してきた、ずっと。今だってそうだ。だから、彼女を支えるために裏方になったのだから。


 傍に居て、あの子の夢をただ祈っていた。やっと主演女優としてなれるかもしれなかったというのに――ハンナ(あの女)が壊したのだ。


 あの子の夢を、あの子を。リベラータは涙を流しながら恨みを吐き出す。



「君はロレッタという幼馴染を支えるために裏方になったと言っているが」



 クロノスはゆっくりと言葉を紡ぐ。



「今の君の行動は、彼女を支える行為なのだろうか?」



 今一度、自身の行いを思い返してみてほしい。クロノスは言う、これはロレッタ(彼女)が望んだことなのかと。


 小さい頃からの幼馴染で、親友だっただろう相手が殺人を犯した。それも、自分のことが理由で。


 大事な親友が罪を。君の知る彼女はどう思い、感じるのか。


 一つ一つ紡がれていく言葉にリベラータの表情が変わる。睨む眼が開き、だんだんと青ざめていく。



「君ならどう思うのだろうか?」



 クロノスはリベラータに語り掛ける、目を逸らさずに。涙にぬれる彼女の瞳は揺れていた。


 ゆらりと黒い靄が震えた。形を成そうとしていたのが、脆く崩れていく。穢れがもがいている、苦しげに。



「君はただ、自分の感情でハンナを殺しただけだ」



 ロレッタのためではないと、発せられた瞬間だ。ぱりんとガラスが割れたような音がした。


 へたりとリベラータが崩れるように座り込んで――黒い靄を聖槍が貫く。


 レミリアが飛び駆けて、突き刺さった聖槍から淡い光が灯った。



「消え失せなさい!」



 聖槍を手にし、レミリアの大声が部屋に木霊する。穢れは光に包まれて、はらはらと塵と化した。



「アタシは、アタシは……ロレッタを、悲しませたんだ……」



 吐き出された言葉に力なく。リベラータは顔を手で覆いながら泣き声を上げた。



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