第25話 遺体の現状から分かること
通報を受けて警察隊がやってのはレナント捜査課隊長が率いる隊だ。隊員たちが現場を確保し、捜査をする中でレナントはクロノスを見て顔を顰める。
なんでお前が此処にいるのだといったふうに。余程、嫌われているのか、気に食わないようだ。
クロノスはそういった態度には慣れているので反応することはない。
(事件を素人に解決されて嫌なのだろうな)
警察隊が絡む事件をクロノスは二回、解決してしまっているのだ。捜査課隊長からしてみれば、気に入らないとなる気持ちも頷ける。
(自分の追っていた事件を横から解決されてしまうのは、刑事としては複雑だからな)
前世の記憶でいう刑事時代にも横やりが入ったことがいくつかあった。それで解決したものもあれば、悪い方向へといってしまったものもある。
嫌な顔にもなるなとクロノスはレナントの心境に納得した。とはいえ、事件の第一発見者でもあるので、今は許してほしいものだ。
「えー、聖女さまから事情は聞きました。三人が入ってきた時にはもうハンナは死亡していたということで間違いはないですね?」
「はい。わたしが先に発見して、声をかけても反応がなく……」
「俺が脈を測ったがすでに死亡していた」
室内には誰もおらず、部屋には鍵もかかっていなかった。クロノスが発見時の状況を伝えれば、レナントはふむと顎に手を当てる。
「穢れの反応があります。犯人に憑りついていますので、聖女としては見過ごすことはできません」
レミリアは聖槍を手に鋭い視線を向けている。私服に聖槍というのは違和感があるが、精霊の力ではこれが限界だったらしい。
傍に居るだけの精霊では聖槍を持ってくるのでやっとだったのだ。
常にたくさんの精霊が傍にいるわけではないのでこういう時もあるとのこと。
レミリア曰く「聖槍があれば祓うことはできますので」ということなので、問題はないようだ。
「まずは容疑者の絞り込みだな……。こちらのフロアを訪ねた外部者は聖女さま一行しかいないとのことだ」
表からは受付を通らねば楽屋のあるフロアに入ることはできず、もちろん一般人は立ち入りを禁じられている。
こっそりと入ることができたとしても、警備員が立っているのですぐに追い出されてしまう。
裏口も警備員が二人以上は必ずおり、待機所を通過しないと入ることはできない。
外部から入った形跡はないので、劇団関係者が犯人の可能性が浮上した。
「レナント捜査課隊長! この辺りを通ったおよび被害者と会った関係者を別室に集めました」
「そうか。では、話を聞こう。聖女様もご一緒に……」
そうレナントが振り返って黙る。レミリアに手を開かれてクロノスはまだ残されているハンナの遺体へと近寄ったからだ。
お前はと言いたげな眼差しを受けるも、クロノスは「聖女様が調べるとおっしゃるので」と肩をすくめてみせれば、言い返してはこない。
さてと、クロノスは助手としての仕事をする。しゃがみこんで遺体を確認するレミリアの傍に膝をついた。
ハンナは頭部に残った外傷以外は綺麗なもので、特に傷もない。ただ、頭部は何度も殴られたのか酷い有様となっている。
何かおかしな点は。クロノスが傷を観察していれば、周辺の髪に霜がついているのに気づく。
そっと触れれば、ひやりと冷たい。これはとクロノスはいくつか浮かんだことを一つずつ整理しようとして、隣のレミリアへと目を向けた。
「レミリア聖女、君は何か気づいただろうか?」
「あまり衣服が乱れてない点でしょうか。おそらく、一撃が重かったのではと」
ハンナの衣服はあまり乱れていなかった。争った形跡が殆どない点を見るに、初撃が重くて気絶ないし死亡したのではないかといった推察をレミリアはする。
クロノスはそれを否定することはしなかった。どんな推察にも可能性というのはあるからだ。
「それから……殺意を持って行ったのだろうと」
「何度も殴られているからか」
「えぇ……」
突発的なものであれば一度や二度、殴るだけだ。けれど、遺体の損傷を見るに死んだ後も数回は殴られている。
殺意を持って撲殺しているのだ、これは。穢れが誘発させたとはいえ、内に秘めていたのだろう。
「殺しても何も変わらないというのに……」
ぽつりとレミリアが呟く。殺人を犯したとしても、罪が残るだけだ。憎い相手が死んだことですっきりとするかもしれない。
けれど、ただそれだけなのだ、何も残らない。穢れの誘惑はそれだけ強いものなのだとクロノスは思う。
(それだけ、人間が誘惑に弱いのだろうな)
人間というのは誘惑に弱い生き物なのだ。クロノスは嫌なものだなと思いながら、霜のついていた髪の毛に触れる。
パリッとした感覚にこれはと手を放す。指についた霜を擦るけれど、なかなか解けることがない。
「……なるほど」
「クロノス魔導司書官、何か気づきましたね?」
「あぁ、気づいたが」
「待ってください、私も考えます」
レミリアはむむと頭を悩ませる。髪についた霜を触ってから毛の触感に違和感を抱いたのか、うんっと首を傾げた。
「毛が固まって……いや、凍っている。それに擦ってもなかなか溶けない霜……あっ! 魔法で生み出された氷ですね!」
「その通りだ。魔法で生み出された氷類は通常の熱では溶けにくい。自然に溶かすには相当な時間を費やす」
魔法全般に言えることだが、基本的には通常の方法では消すことも溶かすことも難しい。それは魔力を帯びているからだ。
火属性魔法で生み出された炎は普通の水では消しにくい。けれど、水属性魔法ならば相殺することができる。氷属性魔法も同じだ。
魔法で生み出した氷は冷気を帯びているので、髪の毛に含まれる水分を凍らせることができる。そのせいで遺体の髪がパリッと凍っていたのだ。
霜もその時についたのだろう。魔力を帯びているためにひと肌や外気だけでは溶けることなく残っていた。
「氷属性魔法で生み出した氷ならば、どこかに隠していそうですね」
「溶かすにしても場所を選ぶからな。残っている可能性はある。それから、室内が冷たかったのも魔法を発動させたからだ」
「なるほど。ならば、氷属性魔法を使える人物に絞れるというわけですね。……警察隊の方が集めた関係者に話を聞きましょう」
すっとレミリアが立ち上がり、レナントへと声をかける。やっと終わりましたかといったふうの彼だが、聖女であるレミリアには文句を言わない。
クロノスも腰を持ち上げて近寄れば、じろりと目で訴えてきた。レミリアに言えないからだろう。
そんな文句をクロノスは無視した。これも穢れを祓う捜査のためだと言うように。
レナントが何とも言いたげにしていたが、レミリアに促されて楽屋を出ていく彼の背をクロノスはついていった。




