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クロノス魔導司書官の事件録―悪評公爵令息は聖女の助手となる―  作者: 巴 雪夜
第四篇:歌劇団員の死に遭遇し――

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第24話 事件に休みなどはない

 ラフォール歌劇団の人気演目でもある月姫シリーズは当日券などものの数十分で完売だ。


 劇場前ではチケットが取れなかったと悔しがる人たちで溢れている。


 それほどの人気演目だ。劇はとても面白く、クロノスでも楽しめることができた。


 女性が好きだろう恋愛要素のポイントが要所要所に取り入れられている。


 人間の感情が上がるタイミングで演出されるので、飽きることがないのだ。これは人気が出るだろうとクロノスも納得した。


 観劇が終わった後、そわそわとしているレミリアの姿にクロノスは「姫役のソフィアに挨拶をしたいのだろう」と声をかける。



「できるのですか!」


「ローランド経由で許可は下りている。受付に話は通してあるからと」



 ローランドは姉ソフィアにちゃんと確認をとってくれていたのだ。


 許可が下りていると聞き、レミリアは目を輝かせた。うきうきとしている姿を見れば嬉しいのが伝わってくる。


(こういう姿は女性特有だな)


 聖女だとかを気にしているわけではないが、こういった喜びを身体で表す姿というのは見ていて悪い気はしない。


 クロノスはそれを口には出さず、劇場の受付に声をかけた。しっかりと話は通っていて受付嬢の一人が奥へと案内してくれる。


 劇場の奥、警備員が立つ間を抜けて、役者たちの楽屋や化粧室などがある廊下を歩いていれば、受付嬢が立ち止まる。


 楽屋の扉には【楽屋:ソフィア】と名前が書かれていた。レミリアが待ち望んだ姫役の楽屋に、彼女は緊張した表情を見せる。



「ソフィアさん、聖女さまをお連れしました」


「すぐに通してください!」



 受付嬢が扉をノックして話しかければ、がたっと椅子を引くような音がした。慌てて立ち上がったといったふうに。


 扉を開ければ、まだ衣装から着替えていない女性が一人、がちがちに緊張していた。


 ローランドと同じく長い銀髪を緩く巻いた、透明感のある美麗な彼女こそが、姫役にして人気ナンバーワンの役者、ソフィアだ。


 ソフィアはレミリアを見るや「は、初めまして聖女さま!」と、深々と頭を下げて自己紹介をする。



「姫役のソフィアです。弟のローランドからは話を聞いていますわ。その、わ、わたしのファンだと……」


「あぁ、今は聖女のお役目はお休みなので、気になさらず。私はラフォール歌劇団の劇が好きで、特にソフィアさんのファンなんです!」



 ぱあっと表情を明るくさせながらレミリアはソフィアに近寄って、これでもかと好きなところと、劇の感想を伝えた。早口で。


 相手が困惑するほどの熱量にクロノスはどこかで見た事があるなと記憶を辿る。


(前世の世界で言うオタクだろうか。彼らの熱量によく似ているな)


 前世の記憶にあるオタクと呼ばれる彼らは多種多様だった。推し活に勤しむもの、筆を執って二次創作をするもの、布教をするものと。


 レミリアを見るに彼女は推し活に勤しむタイプではないだろうか。新作は欠かさずに観劇しているし、好きな演目は何度だって観る。


 とはいえ、熱量が多すぎて早口で伝えているものだから、ソフィアが困っているのは見て取れた。



「レミリア嬢、ソフィア嬢が困っている」


「あ! あぁぁあああ、す、すみません……」


「いえ! 気にしないでください。わたしのファンであることはすっごく伝わったので! とっても嬉しいです!」



 思わず喋り倒してしまったとへこむレミリアに、ソフィアが「ありがとうございます!」と微笑みかける。


 その笑みに嘘はなく、本当に嬉しそうで。へこんでいたレミリアはテンションを戻して、ソフィアに釘付けになっていた。



「クロノスくんも、いつも弟が世話になってるわね。ありがとう」


「あれがやらかすには慣れたので大丈夫だ」



 ソフィアがクロノスの返答に「あの子、またやらかしたのね」と察する。知った顔である彼女ならば、たった一言で理解できるのだ。


 クロノスは「気にしないでいい」と声をかけておく。そうすれば、ソフィアはありがとうと笑みを浮かべてからレミリアへと目を向ける。



「聖女さまにこれほどまで愛される役者になれて、わたしとても嬉しいです。あの、妹役のハンナが会いたがっていたので、よければ顔を出してくれませんか?」


「え、え! あ、あの愛らしい妹役の、ハンナさんが!」


「ハンナは聖女さまのファンなんですよ。今日、わたしに会いに来ると伝えたら、ぜひお話がしたいって。お願いできませんか?」



 休日だというのにとソフィアが申し訳なさげにしていれば、レミリアは「大丈夫ですよ!」と胸を張った。


 むしろ、妹役の方にも会えるなんて幸せですと目を輝かせながら。


 レミリアの了承の言葉にソフィアが「よかったぁ」と胸をなでおろす。それから、ハンナの楽屋は角を曲がった一番奥なのと教えてくれた。



「わたしが案内するわ。受付嬢さんは戻っていいわよ」


「では、お気をつけて」



 傍で待機していた受付嬢がぺこりと頭を下げて出て行く。彼女に続くようにクロノスたちも楽屋を出た。


 先頭を歩くソフィアが「あの子、きっと喜ぶわ」とにこにこ話す。仲が良いようで閉演後にはレストランへ行く約束をしているのだとか。



「よかったら、聖女さまもどうですか?」


「え、ええ! ご一緒して良いのですかぁ!」


「大丈夫ですよ。ハンナは貴女の大ファンなのです。たくさんお話したいと思っているはずだわ。あぁ、この角を曲がった奥の部屋です」



 食事に誘われてテンションがさらに上がるレミリアに、クロノスは暫く機嫌が良いだろうなと思った。


 それほどにレミリアは上機嫌なのだ。そんな彼女をソフィアは気にせずにハンナの楽屋へと案内する。


 妹役という人気役であるのにこんな奥の部屋が楽屋になるのか。クロノスは疑問を抱くも、劇団の内情を知らないのでこういうこともあるのだろうと納得させた。


 それほどに奥の部屋なのだ。「此処よ」と案内された楽屋は突き当りで、隅に追いやられているようにも感じられる。


 ソフィアが扉をノックして「ハンナ、聖女さまがいらっしゃったわよ!」と声をかけた。けれど、返事がない。



「あれ? おかしいわね……。お手洗いかしら……あら、鍵が開いてる」



 席を外している時は荷物を置いている楽屋の鍵は閉めるのが決まりらしい。どうしたのかしらと、首を傾げながらソフィアが扉を開ける。


 一歩、中に入ってひやりと冷たい空気が肌を撫でた。冷たいとレミリアが思わず呟く。


(なんだ、この冷たさは……。冷気を凝縮させる時に発せられたような……)


 クロノスが冷たさに気を引かれている時だ。



「ハンナっ!」



 叫ぶソフィアの声に振り向けば、部屋の奥、窓のない一室に置かれたテーブルの陰に隠れて倒れる女性の姿があった。


 赤毛の緩く一つに結った愛らしい容姿の、若い女性が頭から血を流している。


 ソフィアが「ハンナ!」と声をかけているが、返事はない。



「ソフィア嬢、警察隊を呼んでくれ」


「え、あ、そ、そうよね! すぐに呼んでくるわ!」



 クロノスの指示にソフィアが慌てて楽屋を出て行く。その背を見送ってから、クロノスは倒れるハンナの脈を測った。



「ハンナさんは……」


「すでに死亡している」



 頭を強く殴られて死亡したようだ。殴られた箇所を見るに、何度も叩きつけられている。それほどに抉れていた。


 レミリアが傍に寄ってきて片膝をつき、そっとハンナの額に手をかざしいた。瞼を閉じて、周辺を探るように手を動かす。



「穢れの気配を感じます」



 ゆっくりと持ち上げられた瞼から見える眼は鋭く煌めいていた。



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