第23話 断る選択ができないのはしょうがない
週末にクロノスは休みが取れた、レミリアの一言で。連勤を回避できたわけだが、予定は決まっている。
午前十時前、王都広場にてクロノスは待ち人が来るまで時間を潰すべく、傍のカフェで珈琲を飲んでいた。
待ち時間というのは暇ではあるのだが、珈琲を飲みながらぼんやりとしているのは嫌いではない。
週末ということもあって広場は賑わっているのをテラス席から眺める。
今日はレミリアとの約束の日だ。ローランドから彼女が観たがっていたラフォール歌劇団の最前列チケットを貰っている。
レミリアは余程、ラフォール歌劇団の劇が好きらしい。特にローランドの姉である姫役のソフィアの大ファンだと言っていた。
とにかく、一度で良いから感想を直接、伝えたいと思ていたのだという。
クロノスは歌劇にあまり興味がない。どちらかというとコンサートのほうが好きだった。音楽を聴いていると落ち着けるからだ。
だからといって歌劇が嫌いというわけではないので、楽しむことはできる。とはいえ、チケットだけ渡して終わることもできるわけだ。
けれど、レミリアは「一緒に」と言うのだから付き合うしかない。
断ることもできそうではあるのだが、クロノスは彼女と共に観劇する選択をした。
「あの圧には敵わないだろう」
精霊たちの圧、悲しませるなよという。見えるのも面倒なものだなと、クロノスが溜息を吐き出せば、視界の端から走ってくる人影を見えた。
目を向けてみれば、白のブラウスに紺色のロングスカート姿のレミリアが手を振ってやってくる。
馬の尾尻のように綺麗に結われた長い灰髪を揺らしながら。
懐中時計で時刻を確認してみれば、十時を少し過ぎているぐらいだ。ぱたぱたと走ってやってきたレミリアが「お待たせしました」と頭を下げた。
「身支度を整えていたら少し遅れてしまいました。ごめんなさい」
「いや、少し過ぎたぐらいだ。これぐらいならば気にはしない」
五分十分とそれぐらいならば気にする必要はないというのがクロノスの考えだ。
女性は身支度に時間がかかるのも分かっている。なので、特に何を思う事もなかった。
そんなクロノスにレミリアが意外ですねといったふうに口元に手を添える。
「遅刻とか許してくださるタイプなんですね、クロノスさん」
「一時間以上は流石に気にはなるが、女性は身支度などに気を遣うだろう? その努力を否定するようなことはしないだけだ」
自分のためだけであったとしても、相手の隣を歩いても問題ないように気を使ってくれているのだから。
クロノスがそう答えれば、レミリアは目を瞬かせてからじとっと細めた。
なんだろうか、その目は。気に障るようなことを言っただろうかとクロノスが首を傾げれば、レミリアに「そういうところですね」と何故か納得されてしまう。
「何に納得した」
「いえ、そういった女性の事を理解している点が惹かれる要素なのではと」
貴方、女性関係で悪評あるのに、どうして付き合いが絶えないのか気になってたんですよと、レミリアは話す。それはもう素直に。
振られているので、彼女の疑問には納得できはするが。クロノスは何とも言い難い表情を浮かべる。
「そういった些細な気遣いと理解力というのは惹かれるポイントではありますね」
「女性の君が言うのだらそうなのだろうな」
「でも、流石につまらないと正直に言ってしまうのはどうかと思うのですよね」
それはこの前の子爵令嬢に言った言葉だなとクロノスは眉を下げる。
あれ以降は女性と関係は持っていないし、一応は反省したのだから繰り返したりはしない、はずだ。
とは言ってみるけれど、レミリアのジト目は変わらなかった。女性関係には信用がないらしい。
「少なくとも君にはしない」
「それは私が聖女だからですか?」
「それもあるな。だが、君は〝聖女だから〟は嫌なのだろう」
クロノスの指摘にレミリアは何故それをと言いたげに目を丸くさせる。
どうしてそう思ったのか。それは気を使わなくていいからと言われた辺りからだ。
聖女ということで態度を変えられるのは嫌なのだろうというのは、言動から察することができた。
「確かにつまらない女性と言ってしまったことは良くない。それは反省しているので、今は気を付けている。だから、君にはしないと言ったんだ」
反省しておいて繰り返すのは良くないというのは理解している。
だから、少なくともレミリアにはしないように気にかけているのだ。今、最も身近である女性である君には。
クロノスがそう答えれば、レミリアはなるほどと頷く。一先ずは納得してくれたようだ。
「確かに貴方は私の助手になってから女性の噂を聞きませんね」
「そうぽんぽん作ったりしないのだが……気を付けてはいる」
「納得しました。とはいえ、遅刻したのは私ですので、お詫びに此処の支払いをしましょう」
そう言ってレミリアは伝票をひょいっと手に取ってカウンターへと持って行ってしまった。
別に気にしていないのだがと言ったところで、彼女は聞かないのだろう。こういったことを気にするように感じられたのだ。
「さぁ、クロノスさん! 観劇しますよ!」
支払い終わったレミリアが戻ってきてテンション高めに話しかけてくる。その瞳はきらきらと輝いていた。
それはもうわくわくと心躍らせている。普通の女性と同じようにはしゃぐ姿を見ると。
(断るという選択はできないな)
クロノスは「ほら、行きますよ!」とレミリアに腕を引っ張られながら思う。これは仕方ないと。




