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クロノス魔導司書官の事件録―悪評公爵令息は聖女の助手となる―  作者: 巴 雪夜
第三篇:魔導書は何処へ?

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第21話 魔導書の知られざる秘密

「君たちの言葉が正しいのなら、一人だけ違和感がある証言をしている」


「違和感?」


「セリオ。君はカルメンとリリックを見かけてないと言っているが、デニスは二人が〝テーブルの傍に居た〟と証言している」



 違和感とアリソンが疑問符を浮かべたのを合図に、クロノスはセリオへと目を向けた。彼はなんだよと言いたげな表情を浮かべている。



「おれは見てないからそう言ったんだよ」


「自分がおかしな発言をしていることに気づかないか? まず、デニスはアリソンは見かけていないが、カルメンとリリックをテーブルの傍で見ていると証言している」


「あぁ、オレは先輩二人をテーブルの傍で見かけた」



 自分の発言に間違いはないとデニスは頷いた。クロノスは「アリソンは外に出ていたと言っている」と、アリソンの見た。彼女も「その通りです」と証言を認める。



「次にカルメンとリリック、二人は共にこう言っている〝テーブルの傍にはいたけれど〟と。だが、セリオ。君だけは二人を〝見かけてはいない〟と証言しているんだ」



 例えば、五人の中で一人だけ嘘をついている場合、証言の矛盾を探すことになる。その中で引っかかるのは、デニスとセリオの証言だ。


 カルメンとリリックを、デニスは見ていると、セリオは見かけていないと言っていた。


 デニスが嘘をついている場合、アリソン・カルメン・リリック・セリオの証言は真実となる。


 けれど、カルメンとリリックは自分たちがテーブルの傍に居たことを認めており、両者ともに近かったと言っている。


 デニスは二人がテーブルの傍にいたと発言しているため、セリオのいなかったという証言と矛盾が生じるのだ。



「これはあくまでも五人の中で〝一人だけ〟嘘をついている場合だ。複数人が嘘をついているならば、話は別だが……」



 クロノスが一人一人と見ていく。デニス、アリソン、カルメン、リリックと彼らは真っ直ぐに見つめ返してくれた。けれど、セリオだけ視線を外している。


 黙る彼にクロノスは思案する。あくまでも、一人だけ噓をついているという仮定の話なのだ。証拠というものはない。



「では、私から一つ」



 レミリアが五人の前に立った。ゆっくり全員を見遣ってから、セリオへと問う。



「アリソンさんはみんなが室内に入ってからと証言しています。貴方は道具を片付けていたと言いますが、室内の何処に居たのですか?」



 道具とは何でしょうかとレミリアが優しくも、曖昧な返答を許さない圧を含ませる。


 セリオは目を合わせることなく、「手入れに使ったものだよ」と声荒めに答えた。それにアリソンが「はぁ?」と、何を言ってるんだといったふうな声を上げる。



「手入れに使った道具はわたしが全部、片づけましたよ。室内に運ぶような道具はなかったです!」


「あれ、お前って野菜運ぶの手伝った後って何処にいたんだ?」



 デニスが何処だっけと思い出そうとする仕草に、カルメンとリリックもそういえばと顔を見合わせた。



「中に一緒に入ったよな、確か」


「そうだわ、あたしと一緒に入ったはず」



 リリックの問いにカルメンがそうよと思い出したと手を鳴らす。一緒に入ってきて、壁際にいたようなと。


 一人また一人とセリオを見る。集まる視線、疑いの眼差し。それは怒りや悲しみといったものが含まれていた。


 セリオは全員を睨みながらゆっくりと後ろに下がっていく。拳を痛いほど握りしめて。



「あれはおれのだ!」



 耐えきれずに吐き出す。テーブルの椅子を倒しながら後ずさって、本棚にぶつかった。


 勢いよくぶつかった本棚から本がバラバラと落ちて、一冊の古書が地面に転がる。あれはとクロノスが判断するよりも先にセリオが古書を抱きしめた。



「これはおれのだ、おれのだ、おれのだ!」


「せ、セリオ? どうしたんだよ!」


「だまれぇぇええ、これはおれのだぁあああ!」



 血走った眼でセリオは叫ぶ、これでもかと。たったそれだけで、彼が正常でないというのが分かる。



「穢れの気配はしませんが……これは……」



 どういうことでしょうか、レミリアがそう言う間もなく。クロノスが飛ぶように駆けて――セリオの抱きしめる古書を蹴り飛ばした。


 勢いよく飛んだ古書が壁に当たり、ばちんっと火花が散る。ぱらぱらとページが捲れ、ばちばちと弾ける光と共に冷気が零れた。



「クロノス魔導司書官、これは」


「どうやら、この魔導書には隠されていたことがあったようだ」



 クロノスは手を前に出す。指を鳴らすタイミングを計るように構え、魔導書へと意識を集中させた。



「―――――」



 クロノスが言葉を紡ぐと、聞き取れない詠唱が室内に響く。言葉の羅列が突如、吹き抜けてきた風に乗って魔導書を包み込んだ。



「――閉じよ、門よ」



 詠唱を締めるように囁かれた言葉と共に指が鳴らされる。耳が痛くなる破裂音が鳴って、ばんっと魔導書が閉じられた。


 ばちばちと弾ける光も溢れ出す冷気もない。ぴたりと治まった魔導書をクロノスは手に取ってから、ゆっくりとページを一枚一枚捲っていく。


 最後のページを見終えて、裏表紙に目が留まった。カバーが僅かに剥がれていたのだ。そこを捲ってみれば、赤黒いインクで文字がびっしりと書かれていた。



「クロノス魔導司書官、説明を」


「この魔導書には隠されたページがあった。詳しくは解読できていないが、恐らく呪詛に近いものだ」



 魔導書の中に稀に仕掛けを施しているものが存在する。そういうのは決まって高度な魔法や危険な術が記されていた。


 だが、何も危険性のない魔法が記された魔導書に仕掛けられていることもある。


 そういった魔導書の使用方法は〝陥れたい人間〟へのプレゼントに使われるのだ。何かをきっかけに魔法が発動するようにして。


 図書館への蔵書となる過程で魔導司書官が丁寧に検品してはいるが、それを搔い潜ってしまうモノも存在する。今回のがそれだ。

 


「この魔導書の裏表紙が捲れたのを知っている者は?」


「あ、わたし知ってます……」



 恐る恐るといったふうにアリソンが手を挙げた。魔導書を借りてから二日目のサークル活動時間の時だ。


 本をみんなで回し読みしながらどの魔法を作物や花に使ってみるかと相談していた。


 最後のページに著者の日記のようなものが書かれているのだが、それを読んでいたらセリオが「あれ」っと指さしたのだという。


『この文章、変じゃね?』


 締めの言葉の下によく読めない文字が走り書きされていたのだ。アリソンは目を凝らして解読しようとしたけれど読めず。


 なんだろうねとセリオを見たら、彼がぽつりと何か呟いたのだ。小さすぎてよく聞き取れなかったが、その瞬間にびりっと破れる音がした。


 今まで綺麗でページなんてあるように見えなかった裏表紙が捲れる。赤黒いインクでびっしりと埋まっていて、気持ち悪さに声を上げたのを覚えているとアリソンは話す。



「あぁ、〝読めた人間限定〟の仕掛けか……。厄介なものを」


「その隠されたページは読めるのですか?」


「此処で読むことはできない。何が起こるか分からないからな」



 セリオは読むことができてしまったから魔導書の虜になってしまったのだ。いくら魔導司書官とはいえ、対応できることにも限りがある。


 自分まで術にかかってしまっては周囲を危険な状態にしかねない。これは図書館に戻し、再検品するべきものだ。クロノスは魔導書を閉じた。



「今回の件はこちら側にも問題がありました。危険な目に遭わせてしまい、申し訳ございません。未返却の減点は無し、お詫びなどは館長と相談してから後日、報告しにきます」



 申し訳ございませんとクロノスが謝れば、ヘルマンニが「いや大丈夫だ」と返事をした。


 魔導書と分類されるものだ。魔導司書官ですら見抜ける仕掛けがされているものも存在するのは想像できる。


 ヘルマンニは「今は無事だったことを感謝しよう」と倒れるセリオを抱き上げた。



「それに、こちらも変化があった場合、報告する義務があった。それを怠ったのは事実だからね。説明があったはずだろう、アリソンくん」


「す、すみませんでした……」



 魔導書に変化が起こった場合、報告義務がある。それを怠ったアリソンは反省しているように項垂れていた。



「セリオくんを救護室に運んでくるよ。クロノスくんも急いでその魔導書を図書館に戻してくれ」


「ご迷惑をおかけしました」



 頭を下げる学生たちにクロノスは「こちらも悪いので」と気にしないように伝えてから、レミリアと共に部室を後にした。



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