第19話 消えた魔導書
許可書の住所はヨーデリア魔法学院であった。借りた人物は魔法技術学科一年生アリソン・バリエという女学生だ。
許可書には魔導書を借りる目的も記されている。そこにはサークル活動の一環としてと記載されていた。
魔法園芸サークルというものがヨーデリア魔法学院にはあり、そこで使うために借りられたようだ。
ヨーデリア魔法学院にはいくつかサークルがあるのは通っていたクロノスならば覚えている。サークルに参加したことがないので、詳しいことは知らないが。
この前も此処には来たばかりだな。とは口に出さず、クロノスは学院の受付で事情を話し、サークルの顧問と連絡を取った。
「この前振りだね、クロノスくん」
「この間はありがとうございます、ヘルマンニ教授」
園芸サークルの顧問はヘルマンニだった。農業科の教授であり植物オタクの彼が園芸サークルを受け持つことに違和感はない。
部室へと向かう廊下を歩きながら事情を聞いたヘルマンニは「それは申し訳なかった」と、借りた学生の代わりに謝罪する。
「聖女様も一緒だったので、まだ事件かと思ったよ」
「レミリア聖女はおまけです、今回は」
「おまけという言い方はあれですけれど。付き添いみたいなものですので、気になさらないでください」
にこにこと対応するレミリアは余程、歌劇が楽しみなのだろう。上機嫌である彼女にこれは絶対に連れて行かなければいけないなとクロノスは諦める。また要らぬ噂の種になることを。
別館の一階は学院裏の畑に直通で行けるようになっている。そんな一階奥の部屋が園芸サークルの部室になっていた。
ヘルマンニを先頭に部室に入れば、アンティーク調の家具が目に留まる。飾りっけはないがシンプルな内装に合っていた。
本棚には植物関連の雑誌や本がぎっしりと詰まっている。長テーブルの椅子に座っていた学生がヘルマンニを見て慌てて立ち上がった。
その場にいたのは三人の学生。分厚い眼鏡をかけた赤茶毛の髪をおさげに結った女子に、新緑の髪が寝ぐせで跳ねている男子、黒髪で仏頂面の男子だ。
「ヘルマンニ教授、今日もよろしく……あれ、お客様?」
「アリソンくん、君はハンブリア国立図書館から魔導書を借りていただろう」
「え、は、はい……」
「昨日返却のはずだというのに戻ってきていないと、わざわざクロノス魔導司書官が取りにきてくださったんだよ」
ほらとヘルマンニがクロノスを紹介する。その後ろにレミリアがいることに三人は驚き、びしっと背筋を正した。
これは勘違いされかねない。クロノスは「レミリア聖女はただ着いてきただけだ」と、彼女は関係ない旨を伝える。
「許可書必須魔導書、アルマード・レンギルス作アマデランスの返却をお願いしたい。返却が遅れた理由次第では減点は避けられる……が」
クロノスは言葉を続けようとしてやめる。三人の様子がおかしかったからだ。
アリソンと呼ばれたおさげの女学生はきょろきょろと目を動かし、他二人も顔を見合わせている。
嫌な予感を察した。こういう時はいくか予想が立てられるのだが、この焦り方だと一番、面倒になるものではないか。クロノスは腕を組んでから「アリソン嬢」と名を呼ぶ。
びくりと肩を跳ねさせてアリソンはゆっくりと顔を向けてくる。その眼には涙が溜まっていた。
「正直に話してほしい。これ以上の減点は今後の魔導書貸し出しに響く」
減点数が多ければ魔導書を貸し出すことが難しくなる。今後の事を考えれば、素直に話してくれたほうがいい。冷静になるべく責めない口調でクロノスは言った。
そうすれば、男子二人が「アリソン、言おう」と声をかけて、アリソンが涙を流しながら「申し訳ございませんでした」と頭を下げる。
「ま、魔導書を、な、無くしてしまいました……」
「え!」
「やはり、そうか……」
魔導書を無くした。その言葉にレミリアが思わず声を上げてしまう。ヘルマンニはあぁと頭を抱え、クロノスは痛む頭に額を押さえる。
予想通りの一番、面倒な事だった。魔導書の紛失というのは最もやってはいけない。
許可書必須魔導書というのは、悪用されると問題になる場合があると分類されたものだ。
魔法の使い方や応用方法などが記載されているため、下手に訓練していない人間が試すと暴発しかけない。
まだ、破損や汚してしまったほうが対応しやすい。魔導書の修繕も魔導司書官の役目だ。そちらのほうが数倍は楽だった。
許可書必須魔導書の紛失または盗難の場合、本の行方を探さなければならない。盗難ならば警察隊に届け出なければならないし、紛失ならばくまなく捜索するのだ。
「貸し出し時の魔法のタグはどうした」
「そ、その……本には挟んでないです……」
「挟んでいれば探しやすかったというのに」
はぁとクロノスは深い溜息を吐き出す。魔導書に関しては弁償では済まないのだ。もし、一般人の利用で暴発など起きようものならただでは済まない。
それは学生たちも理解しているようだ。申し訳ございませんとアリソンは泣きながら謝る。
どうしたものかとクロノスが頭を悩ませていれば、「おかしいのですよ」と、仏頂面の男子学生が言う。
「おれたちはちゃんと部室の長テーブルに置いてたんです。サークル時間終了後はアリソンが持ち帰って管理してたし、サークルに置いている時はしっかり鍵も閉めていました」
「つまり、誰かに盗られたと言いたいのだろうか?」
「はい。昨日のサークル活動時間開始にアリソンが魔導書を持ってきてテーブルに置いたのを部員全員が見てます」
「デニス、詳しく話してくれるかい?」
ヘルマンニにデニスと呼ばれた仏頂面の男子学生が、昨日の出来事を話してくれた。十六時半から開始されるサークル活動時間にアリソンと共に三人は部室へとやってきたという。
その日は四年生と三年生の先輩が野外活動や合宿で不在だったので、二年の先輩二人と一緒だった。
先輩たちは先に来ており、五人でアリソンが借りてきた魔導書を読みながら必要な個所を書き写していたのを覚えていると。
魔導書の許諾のない複製は禁止されているが、必要箇所のみを書き写す行為は許されている。
なので、彼らは此処はサークル活動において使える箇所だといったところを書き写していたようだ。
「で、その後にみんなで園芸サークルで育てた野菜や花の手入れをしに裏に出ました。鍵はしっかり閉めています」
「無くなったと発覚したのはどのタイミングだろうか?」
「手入れを終えて、収穫した野菜の保管をしていたタイミングだったはず。そうだよな、セリオ」
セリオと呼ばれた寝ぐせの酷い男子学生がうんと頷いた。時間にして一時間ぐらいだと。
十七時から作業を始めて、無くなっていることに気づいたのが十八時過ぎだったらしい。
収穫した野菜などの運搬や、片付けで出入りがあったのでその隙に盗られた可能性は無くはないようだ。
三人とも自分は違うと主張しするも、先輩を疑いたくはないといった様子だった。
「穢れの気配はしませんが……。怪しさは残りますね。少し、学生たちにお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
穢れの気配はしないけれど、それに関わってしまった可能性はある。穢れの気に当てられただけならば残り香は移らないのだと、レミリアは話す。
可能性が拭えないのならば、聖女も話を聞かなければならない。クロノスもただの紛失の場合があるので当事者たちの証言が聞きたかった。
「では、昨日集まった学生たちを集めていただけますか、ヘルマンニ教授」
「あぁ、わかった。至急、呼んでこよう」
ヘルマンニは待っていてくれと、言って急いで部室を出て行く。
(本が無事だといいが……)
見つかったとしても破損や汚れだけで済むか。転売などされていれば、始末書が面倒になる。
クロノスは考えるのを止めた。一先ず、犯人を捕まえてからにしようと思って。




