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クロノス魔導司書官の事件録―悪評公爵令息は聖女の助手となる―  作者: 巴 雪夜
第三篇:魔導書は何処へ?

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第18話 何故、同期の尻拭いをしなくてはいけないのか

 ハンブリア国立図書館の第一魔導書室の貸出カウンターで、クロノスは名簿を確認していた。


 魔導書と言えば大それたモノを想像する人間は多い。


 けれど、魔法の技術の指南書や、魔法の種類などを記載された解説本、魔法の実技練習用の教科書といったものも、魔法のやり方が明記されていれば分類される。


 そういった一般魔導書は魔導士および見習いや魔導士学生ならば、気軽に貸ることができるようになっている。


 本格的な魔導書は許可書が必要になるが、危険物でなければ貸出可能だ。ただ、通常の本と違い、魔導書の貸出期間は短い。


 通常の本が一週間ならば、魔導書は三日だ。なので、貸出名簿に目を通してして、ちゃんと返却されているかを確認しなくてはならない。


 九時に開館してからクロノスはまず先にこの業務を行う。さっさと確認し、貸出カウンター担当の魔導司書官へ引き継ぐためだ。



「クロノスさぁ。あのレミリア聖女様とデートしたってマジ?」



 返却カウンターに置かれた魔導書を数えながら、一人の青年が問いかけた。


 少し長めの銀髪を一つに結った、白地に銀縁の仕立ての良い魔導士服を着こなす彼をクロノスはちらりと見遣るだけで何も言わない。


 無視をしているわけだが、「レミリア聖女様とデートしたのー」とねえねえとしつこい。


 こうなると返答するまで言い続けるのをクロノスは知っていたので、仕方ないと彼の方へと身体を向けてやった。



「聖女様が勝手に俺の休暇に着いてきただけだ、ローランド」



 別に俺が誘ったわけでも、デートをしたわけでもない。クロノスがそういって、彼ローランドに言ってやれば、面白くなさげな顔で返された。


 ローランド・オークランスはクロノスと同期の魔導司書官だ。同じ時期に試験を受けて合格した一人になる。


 といっても、同期は彼一人だ。何せ、その時の合格者はクロノスと彼の二人だけだったから。



「そこはデートってことにしてくれよ。夢をくれ、夢を」


「引っ付き虫のお前に見せる夢はないな」


「お前ってそれ毎回言うよなー。確かにお前に引っ付いて此処を選んだけどさぁ」



 ローランドは侯爵家の三男坊だ。オークランス家とリーグベルト家は父同士が同級生とあって仲が良い。ゆえに彼とは幼少期からの付き合いになる。


 なので、彼の性格をよく知っている。ローランドは自分で物事を決めるのが苦手だった。



「だってさぁ。跡継ぎは長男の兄さんじゃん。で、次男の兄さんは騎士団入団してるしぃ。僕は好きにしろって父上に投げ出されるしさぁ」



 やりたいことなんて特になかったしとローランドは悪びれない。よく言えば、彼は無欲で野望がなかった。悪く言えば、先の事を何も考えていないのだ。


 ただ、魔法の才能はあった。それから物覚えもよくて、ある程度の事はこなしてしまう。だから、クロノスが選んだ魔導司書官の勉強も苦無くできた。



「結構、有名になってるよ、お前」


「聖女様の助手としてだろう」


「そうそう。騎士団の騎士たちも悔しがってたって兄さん言ってたわぁ」



 女性関係で悪評しかない公爵令息が聖女様の助手に選ばれた。これだけならば、何かされたら大変だと主張することもできる。


 だが、希少な魔導司書官で優秀。さらには事件を解決して、聖女のサポートまでできたとなると文句も言いにくい。



「聖女様からの評価も良いから騎士たちが羨ましがってるらしいぜ」


「羨ましがられてもな。陰であることないこと噂や悪口を言われているのだろう」


「それはお前が悪いだろ。今は子爵令嬢の子が言いふらしてるしなー」



 またか。どうやら子爵令嬢の彼女は根に持つタイプだったようだ。面倒な女性と少しの間とはいえ、付き合っていたな。クロノスは少しばかり後悔した。



「あ、あの……ローランド魔導司書官、そ、そろそろお仕事を……」


「えぇ、もう少しいいじゃん。シャンタルちゃん」



 艶のある薄桃色の髪を三つ編みおさげに結った小柄な女性が、だぼっとした魔導士服の裾を上げながら声をかけてくる。


 丸い眼鏡から見える緑の眼は困ったふうだ。遠慮げに声小さめに注意してくる彼女にローランドは「まだ開館したばかりで人来ないし」と笑って返す。



「ローランド。シャンタル図書司書官を困らせるな」



 シャンタル図書司書官は魔導司書官ではない。一般書を扱うことができる司書なのだが、魔導司書官の補佐として選ばれた優秀な人物だ。


 第一魔導書室の管理はクロノスを合わせてこの三人で行っていた。毎度、利用者がいない時に怠けるローランドを注意するのは彼女の役目となっている。


 クロノスがいい加減に仕事をしろと言えば、仕方ないなとぶつぶつ言いながら返却された本の中身をシャンタルと一緒に確認していく。


 やっと静かになったとクロノスが名簿の確認に戻ってページを捲る手を止めた。返却日が昨日だというのに、戻ってきた印がついていない魔導書があるのを見つけたのだ。



「昨日の貸出カウンターを担当したのは誰だ。俺は午後は禁書室を担当していた」


「えっと、午後十三時から十五時は私が。十五時から十七時の閉館まではローランド魔導司書官が担当していました」


「ローランド。その返却された本の中にアルマード・レンギルス作のアマデランスという魔導書はあるか」



 クロノスに言われてローランドは積まれた本の背表紙を確認していく。ざっと見てから彼は「無いね」と顔を上げた瞬間、「やっべ」と目を逸らす。


 クロノスは険しい表情を彼に向けていた。名簿をこんこんっと指さしながら。



「昨日返却予定の魔導書だ。閉館一時間前に確認の伝書魔鳩(バト)を飛ばすのが決まりだろうが」



 本を借りる時、魔法のタグを渡される。これは本を借りた相手が何処に住んでいるのかを把握するためだ。


 この魔法のタグから発せられる魔力を辿って魔鳩は伝書を届けることができる。


 ローランドの反応を見るに伝書魔鳩を飛ばし忘れていた。こうなると処理がいくつかあるのだが、それは借りられた魔導書によって変わってくる。


 一般魔導書ならば伝書魔鳩を飛ばせばいいが、許可書が必要な魔導書は魔導司書官自ら回収しなくてはいけなかった。


 理由はいくつかあるが、本が無事かどうかを確かめるためであり、借りた人間を注意するためでもある。要は返却期限を守らない人間が誰かを確認し、リストに追加するのだ。



「これは回収案件の方だ。お前のミスなのだから回収してこい」


「待ってくれ。僕は今月三回目なんだよ! 館長に説教される! ミスは認める、ごめんなさい! でも、回収だけは許して!」



 ごめんなさいと土下座するローランドにクロノスはそれはもう面倒げにしてみせた。この男、今月三回目のミスを起こしていたのだ。


 さて、この男をどうしてくれようか。クロノスが腕を組んで思案していれば、部屋の扉が開いた。



「クロノス魔導司書官……えっと、どうかされましたか?」



 クロノスの眉の寄った苛立ちの見られる表情にレミリアの声が少しばかり小さくなる。


 なんというタイミングで彼女は訪ねてくるのか。クロノスは眉間を押さえてからレミリアへと目を向ける。



「レミリア聖女、要件はなんだろうか」


「私の助手としての事で話があったのですが……取り込み中でしたか」



 ならば、後でとレミリアが引こうとして、ローランドが彼女の後ろに隠れた。助けて、聖女様と。



「何をしたんですか?」


「その男は今月三回目のミスをして館長の説教が飛ぶことがほぼ決まっている。逃れようと俺に魔導書の回収を頼み込んでいるだけだ」



 クロノスの簡潔な説明にレミリアは「それは貴方が悪いですね」とローランドを見遣る。シャンタルもうんうんと頷いていた。



「頼むよぉ。お礼はするから、えっと、デートにも使えるラフォール歌劇団の最前列チケットでどうだ!」



 人気歌劇の演目の最前列チケットはなかなか取れないぞとローランドが提案する。何故、彼が入手困難なチケットを持っているのか。それは姉が役者なのだ、ラフォール歌劇団の。


 この馬鹿はとクロノスが呆れれば、「ラフォール歌劇団の人気演目!」とレミリアが目を輝かせた。あ、これはいけない。クロノスがそう思うも遅く――



「クロノス魔導司書官」


「目を輝かせて俺を見ないでくれ、レミリア聖女」


「一つ聞きますが、夜風に舞う月姫のチケットは取れますか?」


「それなら姉さんがメインで出るから余裕で取れます」


「クロノス魔導司書官!」



 引き受けましょうとレミリアが腕を引いてくる、それはもう強く。


 チケットを取ったからといって君を連れて行くとは言っていないが。なんていう突っ込みは効かない。


 期待の眼差しを向けてくるレミリアに、クロノスはこれを断れば暫くいじけられてしまうのだろうと想像ができて、はぁと深い息を吐き出した。



「シャンタル図書司書官。この馬鹿に今日担当する予定だった俺の仕事を全てやらせてくれ」


「わかりました!」


「禁書室もかよ!」


「何の文句があるという?」



 クロノスがぎろりと睨めば、「すみませんでした」とローランドは再び土下座した。これ以上の口答えは雷が落ちかねないと察して。



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