第17話 ひと時の休息を共に
クロノスは十九日振りに仕事が休みとなった。聖女の助手としての報酬として休暇が取れたのだ。それも三日間の連休を、無償で。
流石は聖女様といったところか。有言実行、嘘など一切つかない。これにはクロノスも感謝はした、少しだけ。
とはいえ、事件に関わりたいとは思わない。そもそも、自分は転生前で事件の捜査中に殉職しているのだ。
自分の死因でもある事件になど関わりたくはないと思うことだってあるのではないだろうか。この記憶が本物であるならば。
いくら刑事だったからといって、正義感があったとは限らない。あったとして、今でも残っていると断言できないのではないか。
そんなことを王都広場前のカフェのテラス席で珈琲を飲みながらクロノスは思う。広場へと目を向ければ今日も大道芸人たちが自慢の芸を披露して客を集めていた。
「おいしぃい!」
賑わう広場に現実を逃避していれば、それはもう祝福と言わんばかりの感嘆の声が聞こえた。
広場から目の前の人物へと視線を移せば、私服姿のレミリアがクリームと果物がたっぷりなパンケーキを頬張っている。
真っ白なワンピースに紺色のカーディガンを羽織るレミリアに聖女の面影はない。一人の女性として、パンケーキを味わっていた。
「何故、俺の休暇に君がいるのか」
「私も休暇だからです」
「関係ないだろう」
「事件のその後を話すついでですよ」
もぐもぐとパンケーキを食べながらレミリアはデオダが起こした事件のその後を話す。
クロノスの推測通り、エドガーとセリーヌはデオダが犯人なのではないかと思っていた。
セリーヌは毒草が使われたと知った時に。ピルケースの中に毒薬を仕込んだのは兄なのでないかと。
エドガーはベニートが死んだというのに動揺もせず、悲しんだ様子がなかった様子を見て。異常にセリーヌを気遣っていたから。
二人とも確証はなかったのだという。何の証拠なくて、ただ〝そうなのではないか〟と、直感だった。
「二人とも一応のためあの後、私が確認しましたがデオダさんに憑りついていた穢れの影響を受けていました」
「それで二人の感情を利用して知っていた事を黙らせたと」
「そういうことです。穢れは憑りついた人間と親しい存在に影響を及ぼすことができますから」
憑りついた人間に同情や怒り、恋、恨みといった感情を抱いていれば干渉することができる。
アンリッヒの時もハングリッドの正常な判断はその影響で機能していなかったのだ。なるほどとクロノスはやっと彼らの行動に納得がいった。
「その場合の罪はどうなる?」
「エドガーさんとセリーヌさんは穢れの影響を受けたとして免除されます。デオダさんは温情が与えられますが、アンリッヒさんの時と同様に罪は償わなければなりません」
例え穢れに憑りつかれたとしても、犯罪行為を行えば罪は償わなければならない。温情は貰えるとはいえ、未来を潰されたことには変わらないのだ。
穢れというのは残酷な魔物だとクロノスは思う。心に住み着かれたら最後なのだから。
「デオダさんはベニートさんが死んだかどうか確認するために様子を見に行って、意識混濁状態でまだ生きていた彼を非常階段から突き落としたようですね」
ちゃんと死んだかの確認はしたかったようですと、レミリアは話す。毒薬としてしっかりと調合したわけではないため、効き目が分からなかったからだと。
ボトヴィットとの待ち合わせにできた空白の時間はベニートの確認のためだったようだ。デオダは薬師学科の学生ではないのだから、浅い知識のままでは不安だったのだろう。
ならば、毒殺などに手を出すなと言いたいが、今更だ。クロノスはそうかと返事をしておいた。
「その返事の仕方。貴方は冷静ですよね」
「慌てても何の解決もしないだろう。現状を受け止めて行動したほうが無駄にならない」
「そういう考え方が冷たいとも言われるのでしょうねぇ」
レミリアはぱくりとパンケーキを頬張る。例えるならば、リスが頬袋に餌を詰め込んでいるような、一般的に言えば愛くるしさを感じる仕草だ。
今の姿は聖女の時のような鋭さや落ち着きは感じられない。この姿だけ見ていれば、どこぞのご令嬢と何ら変わらなかった。
「どうしましたか、クロノスさん」
「名前で呼ぶのか」
「今はお仕事中ではないので。それで、どうしましたか?」
「……いや。こうして見れば、君もただの女性だなと思っただけだ」
「私を何だと思っていたのですか」
ちゃんとした女性なのだけれどとレミリアが頬を膨らませる。別に女性を疑ったわけではないのだが、どうやら言葉を間違えたらしい。
クロノスは「聖女の時の君しか知らないからな」と付け加える。そうすれば、なるほどとレミリアは納得した。
「四六時中、聖女というわけではないですよ。ちゃんと一人の人間として休む時だってあります」
「それが今というわけか」
「はい。貴方は私を聖女様と気を遣うことがないのでかなり楽ですよ」
聖女として国民から慕われている。それは喜ばしいことであり、光栄なことでもあった。
けれど、崇拝に近い行いをする者もいれば、恐れる者も出てくる。すり寄ろうとしてきたりもした。
そういった人間にレミリアはなびくことはないが、疲労は溜まってくる。四六時中、聖女様だからと気を遣われるのもだ。
「貴方はそういった態度がないのですよね。まぁ、聖女の前という建前はしますけれど」
「しなければ、怒られるからな」
「今だってこうやって軽い感じで話してくれるでしょう。これがすごく楽なんですよ」
気遣いが不要で下手な警戒をしなくてよい。精神的負荷が少なくて済むのがこれほど楽なのかと、実感するほどだとレミリアは話す。
クロノス自身、確かに下手な気遣いはしていない。そもそも、自分は聖女にすり寄るほど困ってはいないし、崇拝するほど信仰深くないのだ。
神に祈ることはあるけれど、何もかも全てを委ねるほどではない。それはどう生きるかは自分自身で決めることだと思っているからだった。
「だが、こういった言動を理由に女性は離れていくな」
「冷たい態度をされ続けて、構ってくれなければ離れていくのは同然でしょう」
「否定はしない」
別に暴力を振うだとか、扱いが雑だったとか、そういったことはしていない。女性は女性として扱っている。
だが、愛を囁くだとか、気の利いたことを言ってやるだとか。女性が喜ぶようなことはしてやれている自信はなかった。
構っていたかと問われれば、付き合うことはしていたと答える。遊びに出かける、食事に行くといった行為には。
と、言ってみれば「仕事を理由に断ったりしたでしょう」と、レミリアに指摘されて、クロノスは黙る。
「仕事は仕方ないとは思いますよ。でも、毎度毎度、仕事を理由にされたら、不満も抱くのですよ」
「……なるほど」
「〝仕事を優先するのは当然だろう〟って思いましたね、今」
図星を突かれてクロノスは顔を顰めた。確かにそう思ってしまったからだ。それから、面倒くさいなとも。
そんなクロノスにレミリアは「もう少し思い遣りがあれば良い人が見つかると思いますけどね」と助言する。
「貴方、顔は良いですし、高身長で体格も良い、公爵令息で希少な魔導司書官なのですから。これだけならば良物件ですよ」
「聖女様らしからぬ物言いだな?」
「今は休暇中なので」
最後の一口を頬張ってレミリアは紅茶を飲む。美味しかったとにこやかに。
それで誤魔化して良いものなのか。クロノスはそう突っ込みたかったが、適当に受け流される未来が見えたのでやめた。
「ごちそうさまでした。次は何処に向かいましょうか、クロノスさん。あ、ラフォール歌劇団の最新作を知っていますか? 今回は悲恋ものらしくって」
「ご馳走するまでは良いとしよう。だが何故、君と過ごすことが決まっているのか」
「今しがた決めました」
私、この後は暇なんで。にこりと笑むレミリアにクロノスは片眉を下げる。文句を言ってやりたくなって。
けれど、レミリアの目を輝かせながら歌劇について語っている姿に、クロノスは仕方ないと今日の休日を一人で過ごすのを諦めた。
生き生きとした可愛らしい、聖女としての役目から解放されている仕草を見ては断る言葉が出てこなかったのだ。




