第16話 自己陶酔は穢れを引き寄せる
皆から距離を取るように後ろに下がるデオダにレミリアが聖槍を構える。その姿勢だけで何かが起こると、皆が彼から一歩引く。
「あいつが悪いんだ。セリーヌに近寄っていくから、気持ち悪い、気持ち悪んだよ! あいつはよぉ!」
可愛い可愛い妹に寄りつくなんて、気持ちが悪い。なんて、醜い姿なのか。だから、始末しなくてはいけない。だって、可憐に咲く花につく害虫なのだから。
デオダはベニートのことをただただ気持ち悪いと罵った。あんなものが可愛い妹に寄りついてきたことが許せないと声を荒げる。
「オレの大切な妹に寄りつく害虫を駆除して何が悪い!」
大切なただ一人の妹を守って何が悪いのだ。デオダは声高らかに主張した。自分は兄として当然のことをしたのだと。
「君は〝大切〟な妹のためにと言うが」
しんと静まった空気を割くようにクロノスは問いかけた。
「何故、それほど大切な妹に疑いが向くような、ピルケースを代わりに渡す行為を頼んだ?」
可愛くて大切なただ一人の妹。兄として彼女を守るために害虫を駆除したと言うならばだ。
何故、犯行に使う毒薬の入ったピルケースを妹に託したのだ。彼女は魔法薬師学科の学生だというのに。
警察隊が毒薬と結び付けないとでも思っていたのか、クロノスは言葉を紡ぐ。
「君はただ、〝妹を大切にしている自分〟に酔いしれているだけだろう」
本心から妹を大切に想っているのであれば、彼女に疑いの目が向くのは避ける。犯罪行為であっても、そうするのではないか。
君はただ、自己陶酔に邪魔だから彼を殺したのだと、クロノスは突きつける。否定を許さない圧を籠めて。
「三人が共通して理由が思い浮かばなかった訳だが。薄々、察していたのではないか、二人は」
兄の矛盾について即時に反応したセリーヌ、何も浮かばないと真っ先に発言したエドガー。二人を流し見れば黙って俯いていた。
「五月蠅い、うるさい、ウルサイぃぃぃいっ!」
咆哮。デオダはそれに近い叫びを上げた。ゆらりゆらりと黒い靄が彼の身体から溢れてくる。
穢れがデオダの背から羽化するように姿を現した。黒い靄で作られた蛾の見た目で。
アンリッヒの時とは違った姿にクロノスは穢れにも多種多様な見た目をしているのだと知る。
「レナント捜査課隊長は学生二人を!」
レミリアの指示にレナントがセリーヌたちの元へと向かい、後方へと下がらせた。クロノスもヘルマンニを巻き込まないように彼の前に立つ。
「兄さん!」
セリーヌの涙にぬれる声はデオダには聞こえていない。彼の意識はもうなく、今は穢れが身体を支配している。
レミリアは聖槍に魔力を籠めた。淡く輝く光に穢れが呻く、憎い憎いと。
穢れの翅が勢いよく羽ばたかれ、黒い靄が鱗粉を振りまく。ぱちぱちっと弾け――小さく爆発した。
爆風が吹き抜けて、レミリアが煙を裂いて飛び出す。聖槍を振り上げてデオダと繋がっている糸を断ち切った。
がくんと地面に倒れるデオダの腕をレミリアが掴む。
「クロノス魔導司書官!」
何処からその力が出るのか。レミリアはデオダを掴み上げてぶんっとクロノスに向けて投げ飛ばす。
低空を飛んだデオダをクロノスは抱きとめて指を鳴らす。ばちんっと火花が散って紫水晶の指輪が共鳴する。
雷鳴轟く稲妻の矢が穢れの翅を貫く。瞬間、レミリアが地面を蹴って跳んだ。
よろめく穢れが悪あがきとばかりに黒い靄の刃を放つも、宙を舞う聖女には届かない。精霊が蛍火となって彼女に力を貸す。
「穢れよ、消え失せなさいっ!」
レミリアは聖槍に力を籠めて、穢れの心臓部に突き刺した。
辺りに響き渡るキーンと耳が痛くなる断末魔。蛾の姿となった穢れは翅からさらさらと砂粒へ変わり、空気に溶けて消えていく。
すっと地面に着地したレミリアはふっと息を吐き出し、クロノスに抱きかかえられているデオダの元へと近寄る。
そっと額に手を触れれば、精霊たちがふわりふわりと飛び回り、デオダの身体に残った穢れがすうっと浄化されていった。
「うぅっ……」
「兄さん!」
ゆっくりと意識を浮上させるデオダの元へセリーヌが駆け寄って抱き着いた。ごめんなさい、ごめんなさいと謝りながら。
わたしがちゃんと断ることができればこんなことにはなっていなかったのだと、自分を責めている。
「デオダ、およびセリーヌ、エドガー。君たちにはしっかりと話をしてもらおうか」
レナントは腕を組んでデオダを睨みつけた。何も言わずに項垂れる彼を抱き起しながら立たせれば、セリーヌが身体を支える。
エドガーは乱暴に頭を掻いて「わかりましたよ」と返事を返す。やっぱりかと、自分の嫌な予想が当たった時のような表情をしながら。
騒ぎを聞きつけて近くで待機していた警察隊の隊員が駆けつけてくる。レナントは彼らに三人の拘束を指示した。
「レミリア聖女様、この度はご協力いただき感謝いたします。あとはこちらの仕事ですのでお任せください」
「わかりました。よろしくお願いしますね」
レミリアの言葉にレナントは「もちろんですよ」と笑みを浮かべて、警察隊の隊員たちと共に畑を抜けていく。
自分には挨拶もなしか。クロノスはレナントの態度に苦笑してしまった。




