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クロノス魔導司書官の事件録―悪評公爵令息は聖女の助手となる―  作者: 巴 雪夜
第二篇:魔法学院転落死事件とは

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第15話 答えにたどり着く

 学院の裏手は様々な植物が植えられている。片や薬学に使う薬草の植物園、片や農業科の野菜畑、片や園芸サークルの花壇。とにかく多種多様な植物が敷地を分けられて育っていた。


 そんな植物溢れる場所、咲き誇る花々の花壇を通り抜けて、クロノスは一人の男性を見つける。


 農業をするような作用着姿の少し長めの赤毛を一つに結った中年の男性が、畑に植えられた野菜に水を与えていた。



「ヘルマンニ教授」



 クロノスが呼びかければ、中年の男性はそれはもう爽やかな笑みを浮かべて、「よう」と手を挙げてくれる。



「クロノスくんじゃあないか。二年ぶりだね、どうしたんだい?」


「世間話をしたいところですが、植物オタクの貴方の知識を借りたい」



 挨拶もそこそこに申し訳ございませんとクロノスが謝れば、ヘルマンニ教授は察したのか、「気にしなくていい」と水やりの手を止めた。



「植物オタクの貴方ならアダゴンタについても詳しいですよね?」


「もちろんだ。毒性から虫が何故嫌うのか、生態。薬となりえるのか。さて、君はどれについて知りたいんだい?」


「アダゴンタの葉を〝何の対処もなく〟粉末にした場合はどうなりますか、教授」



 クロノスの質問にヘルマンニは目を瞬かせてから「それは無知な行動だ」と、もし実行していたのなら呆れるどころじゃないねと笑う。



「砕く過程で空気中に飛び散った粉末を吸引するだけでも、アダゴンタの毒性によって体調不良を起こすよ。最低でもマスクは必要だ」



 魔法薬師学科や農業科の学生なら知っている常識的な事である。ヘルマンニは「知らない人間がそんなことをしたら、体調を崩しているはずだ」と断言した。



「毒に鮮度は関係しますか?」


「アダゴンタは関係する。採れたての葉を煎じると良く効くよ」



 あれは日が経つにつれて毒性が薄れていくからねと、ヘルマンニはアダゴンタの特性を丁寧に教えてくれる。



「では、昨日ヘルマンニ教授は何時まで此処に居ましたか?」


「昨日は朝八時から野外採取の予定が入っていてね。早朝三時にはここに来て水やりなどをしていたよ」


「なら、教授が居た間に誰か学生は来たか、わかりますか?」


「あぁ、それなら学生が一人、朝四時に来たね。こっそり」



 見かけない子だったからよく覚えているよと、ヘルマンニからの返答にクロノスはすっと目を細めた。確かな答えを聞いて。



「クロノス魔導司書官」


「レミリア聖女、レナント捜査課隊長と容疑者三名を此処に呼んできてくれ」



 追いかけてきたレミリアもヘルマンニの言葉を聞いて一つの回答が浮かんでいるようだ。わかりましたと何を聞くでもなく、駆けて行った。



   *


 レナント捜査課隊長と共に容疑者である三名が学院の裏の畑へとやってきた。何故、この場所なんだと言いたげな顔を皆、している。


 レミリアが集まった彼らに「少しお時間をください」と一礼してから、クロノスへ目を向ける。話して良いという合図だった。



「いくつか問いかけることを許してほしい。もう一度、聞くが君たちはベニートが殺される理由について、〝些細な事〟ですら思い浮かばないのだな?」



 クロノスの問いに三人は顔を見合わせながら頷いた。デオダに至っては同じことを何度も聞くなといった態度を示している。



「まず一つ目の疑問。君たちは些細な事ですら思い浮かばないと言うけれど、騎士学科・薬師学科の学生たちに聞けば、口をそろえて答えてくれたことがあった。〝女性にしつこく迫っていたので恨みを買ってそうだ〟と」



 君たちは親しかったのであれば同じように思い浮かぶのではないか。クロノスの疑問にデオダが視線を逸らし、セリーヌは俯いた。エドガーは頭を掻いているが、こちらに目を向けてこない。


 その反応だけで三人が〝些細な事すら思い浮かばなかった〟というのが嘘であるのだと判断できる。


 レナントがそれに気づかないわけもなく、「こちらでも聞き込みの結果で分かっている」と腕を組んだ。



「お前たちだけだ、何も浮かばないと言ったのは。ベニートを知っている人間は、強いて言えばと、そのしつこさと言動に女性から恨みを買っているのではと証言している」



 レナントは容疑者として絞った理由もその一つだと、三人に言った。隠しているのはお見通しだぞと胸を張って。


 三人は黙ったままだ。こうなるのは想像できたので、クロノスは「次の疑問を」と話を進める。



「二つ目の疑問。デオダ、君は体調が悪くなって三限目までは授業を休んだらしいな。それに関しては間違いないはずだ。君の妹セリーヌが代わりにベニートにピルケースを返しに行っているのだから」



 そうだろうとクロノスが言えば、セリーヌが「はい」と答える。体調不良の兄の代わりにピルケースを返したと。


 体調不良に関しては関係ないと思ったから言わなかった。そう言い返されるのは予測できたので、「そのことを話さなかった点についての疑問ではない」とクロノスは先回るように言葉を続ける。



「君は体調が悪くて騒がしいところは嫌だからと、待ち合わせ場所を談話室ではなく、静かな渡り廊下にしてほしいとボトヴィットに言ったようだが……。昼食は食堂でしたのだろう。俺の記憶が正しいならば、昼休みの食堂はかなり騒がしかった」



 それは今も変わらないのではないか。クロノスがエドガーに問いかければ、「そうですね、騒がしいです」と素直に答えが返ってくる。


 では、騒がしさが体調に障るからと言っておきながら、昼食は人の話し声が飛び交う食堂でとっていた。これは矛盾ではないか、クロノスはあからさまに首を傾げてみせた。揺さぶるように。



「に、兄さんはわたしを気遣って一緒に昼食をとってくれたのよ!」



 そうよねとデオダに声をかけるセリーヌにクロノスは「あぁ」と納得する。彼が「そうだ」と頷いたのを見て。



「あの、さっきから何の質問ですかね? おれたちよくわかってないんですけど……」



 エドガーは丁寧に聞いてくるが、眉間に皺が寄っていた。苛立ちが見えているのが分かる。デオダはあからさまな態度で、拳を握って睨みつけてきていた。


 彼らの反応にレナントも確かにと言いたげに見てきたので、クロノスは最後の問いかけをした。



「セリーヌ。君は魔法薬師学科の生徒だ。毒草の扱いも学んだ君ならば常識だと思うが。アダゴンタの葉を粉末にする時、君ならばどうする?」


「え? 授業で習った通りに、まず調合台に飛び散った粉末を捨てやすくするための特殊紙を敷いてから、手袋をはめてマスクをつけ、ゴーグルを装着します」



 セリーヌは薬師学科の生徒なら当然そうすると答える。毒草の扱いは注意する必要があると学んだのだからと。



「その理由を君なら話せるな?」


「もちろんです。アダゴンタは他の植物と違い、元から乾燥したような状態の葉となっています。粉末にする時、空中に舞いやすく、目や鼻、口に混入するだけでも体調不良を起こす……から……」



 はっとセリーヌは気づいて言葉を噤んだ。どうしてそうしたのか、この場にいた全員が気づく。



「そう、一人だけ体調不良を起こしている人間がいる」



 そうだろう、デオダ。クロノスに呼ばれて彼は「ふざけんな!」と握りしめた拳をふりかざしてきた。けれど、レナントに取り押さえられてしまう。


 体調不良だっただけで疑うのかと怒鳴るデオダに、クロノスはそうだなと頷いた。それだけで疑うのは横暴なのは重々承知だ。



「君は学院の裏(ここ)に常駐している植物オタクのヘルマンニ教授を知っているだろう。この学院に通っている学生なら一度は聞いたことがある変人教授だ」


「は? 知ってるけど、それが……」


「教授、彼を見かけましたか?」



 クロノスが問いかけるように振り向けば、植物の影からひょっこりとヘルマンニが顔を覗かせる。変人なんて酷いじゃないかと口を尖らせながら。


 ゆっくりと歩いてクロノスの隣に立つと、デオダの顔をじっと見つけてからうんと頷く。



「君は昨日の早朝四時に来ていたね。農業科の畑と園芸サークルの花壇の間で見かけたよ」



 ヘルマンニの間違いないという言葉にレナントが「はぁっ!」と声を上げた。どういうことだと言うように。



「待ってくれ、そんな証言はこちらに上がってきてないぞ!」


「いやぁ。昨日は朝八時には別件で王都外に居まして……。帰ってきたのが、今日でしてね」



 事件があったのも学院に戻ってきてから知ったのだとヘルマンニはははっと笑って頭を掻く。


 アダゴンタの樹が植えられている付近だったはずだというヘルマンニの追撃に、デオダはレナントを勢いよく突き飛ばした。

 

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