7 奴隷
「……そこまで怒ることないじゃないか」
「…………」
私たちは森を抜け、次の目的地である南方の国へと足を運んでいた。エルソルの訓練のため、一日だけこの森に滞在して、翌日空を飛んで今に至る。
「ごめん、あれは不可抗力というか何というか――」
「言っただろう。私は怒っていない」
「怒ってるよね? 魔力の波動、明らかに怒ってる動きをしてるじゃないか」
「だから怒ってなどいない」
「水浴びを誤って見たのは本当に申し訳ない――」
「お前、私に何て言ったか覚えているか?」
「え? えっと――『綺麗だね』?」
「その後だ」
「えっと、『姉さんより小さいね』?」
「殺す」
「ちょ、何でそうなるッ!」
超超超高密度の魔力弾を指先に溜め、それをエルソルの額に向けた。
奴は慌てて全身に張っていた魔力を殊更強化させている。
だが放ちはしない。その頭が全身を巻き込んで消えてなくなるからな。
「そんな低俗な言葉を聞いて、私の自尊心を破壊したことに気づいていないのか」
「いやその、姉さんたち家にいるときは基本薄着だし、夏なんて裸でうろついてるくらいだから慣れちゃったというか。あ、シエル様と同じでムダ毛とかは無かったかなあ――あイダアアッ!」
額を抑えて悶絶する馬鹿を放っておいて、そろそろ近づいてくるラグオン国に、だがエルソルが急に立ち止まる。
「放っておけ、お前が助けるのはお前の住む国と家族、そして友だろう? そこまで世話を焼いてしまうと、いずれお前の国がほろぞされて無くなってしまうぞ」
「関係ない。僕は勇者だ。僕は僕の責務を全うする」
「……それでこそ勇者だ。無視していたら私の旅はここまでだったよ」
「それは危なかった」
小さな森の中へと下りていく。
「ったく、言うことの聞かねえガキがッ」
「それ以上はやめておけ。商品に傷があると売値が下がる」
「傷物になっても買う奴は買うんだよ。亜人だぜ? ゴミのよう扱ってごみのように捨てられるのがオチのこいつらが、こんな反抗的な目をしてきやがるんだ。躾の一つや二つしたところで罰は当たらねえよ」
と、地面に横たわる獣人の子供の大きな蹴りを食らわせていた。お腹を押さえ嘔吐するその子を、それこそゴミを見る目で見下す男と他数名。その獣人の子に寄り添っては泣いている子供がもう一人。おそらく兄弟だ。おおかた、弟を庇って殴られたか――まだ四肢を切り落とされたり、内臓を抉られたりされていないだけマシだ。
しかし、それを見て正義感を燃やしている者が隣に一人。
「今――」
――だ、と言い終えるよりも先に飛び出していったエルソル。刀を使わず拳で制圧しようとするのが何とも優しい。
「さてと……」
手をはたいて一仕事を終えたエルソル。地面に縛り上げられた奴隷商人とその護衛が並び、解放された獣人や他の亜人たちが彼らを鋭い視線で見下ろしていた。
「痛い目を見てもらう。でも殺しはしないからね」
ドスのきいた言葉を並べるエルソル。商人はガタガタ震え、護衛たちは唾を吐き捨て反抗的な目で彼を見ていた。
「エルソル、やり方が違う」
彼に近づいてそう言った。
口笛が聞えた。私を見て興奮する者、発情する者が出ており、エルソルが彼らをより見下すような視線を向けるのは至極当然のことだろう。
「気にするな。どうせ耐えられない――エルソル、見ておけ。拷問や尋問というのはこうするものだ」
彼等の瞳の奥をのぞき込み、そこへ魔法を侵入させる。魔法を忍ばせるのは彼らの魂だ。
「ぎゃあああああああああああああッ」
「や、やめてくれええええええええッ」
「おかあちゃあああああああああんッ」
と、もれなく全員が発狂した。
「えっと、何したの?」
「一番効率的なのは、相手の大切な人間や物を質に取るのが手っ取り早いが、終わりなき拷問というのもこの上なく地獄だ」
「えっと、何を見ているんだ?」
「食われる夢だ。化け物に徐々に食いつぶされる悪夢、蟲に食い殺される悪夢、肉食獣に生きたまま食われる夢――」
「食べられる夢ばかりだね」
「想像してみると良い。生きたまま、これまで共にしてきた腕や脚が徐々に無くなっていくのを。筋が見え、血が溢れ、骨が見え、さらには内臓を抉り出され、引き千切られ、グチャグチャと咀嚼されていくのはたまったものではないぞ」
「……もういい、解ったから」
「意識のある状態で顔を引き剥がされるの何て見るに堪えられない――」
「解った、もう解ったから」
身震いする彼を見て、私はようやく満足した。私はかなり根に持つ女だからな。あまり私の恨みを買わないことをお勧めする。
『…………………………』
何も物言わぬ骸と成り果てた商人たちを見下ろし、私は彼らを足でつついた。
「これで良いな」
「死んじゃってない? 大丈夫?」
「死んではいない。廃人になっただけだ」
「それ、人間からすれば致命的だよ?」
「大丈夫だ。こうやって快復魔法をかけてやれば」
光の粉をかけるように魔法を振りかけてやる。天使が愚者に慈悲を与えるが如く。
「ゆ、許してくださいっ、何でもしますからもうやめてください、お願いしますお願いしますお願いします……」
護衛の一人が目を覚まし、私の顔を見るや否や地面に額をこすりつけて懇願してきた。他の奴らは恐怖で震えるばかりで会話にならないが、護衛隊のリーダーである彼は中々に骨のある者と視た。
「もうやめてあげたら? 見てるこっちが可哀想に思えてくる」
「彼らはそうでもないぞ」
「…………」
鼻息荒くフンフン鳴らしている奴隷たち。
早く早くと急かしてくるその視線に、だが私はあえて無視した。
「おい、にんげ――いや、名を何という」
「ザ、ザイゲンだ……です」
「ではザイゲン、お前には私たち二人を奴隷として扱い、街の中へ案内してはもらえないだろうか」
「……へ?」
キョトンとするザイゲン、そして奴隷たちまで。
「勿論、お前たちは解放する。魔力で土人形を作って偽装するのだ」
安堵の息を吐く奴隷たち。
「中に入って時間が経つと土人形は勝手に戻る」
だが安心していないのは奴隷商たちだ。
「そ、それならいっそ殺してくれよ。奴隷どもを逃がしたなんて知られたら俺たちの命がねえよ」
「因果応報だ、私たちの知ったことではない」
「そ、そんな……」
自殺しようとした者がいたが、快復魔法で即座に元通りだ。
「死ぬなら中で死ね。ここで死なれては都合が悪い」
にこりと笑ってあげた。
彼等に戦意はなく、反抗する気力すら消えうせ、ただ私の言いなりになるだけの奴隷になり下がった。
「……怖いなあ」
エルソルが苦笑する。
「何を言う。悪さをした同胞を改心させるために、五感の利かない部屋で監禁するくらいは当たり前だぞ?」
「……いや、怖すぎでしょ」
「そうか怖いか。この程度が怖いなら、それ以上はどうなるんだろうか」
「解ったから。そんな真顔で真剣に考えないで」
この程度で根を上げるなら、《世界》から罰を受ける前のエルフはもっと残忍だったのだがな。躊躇なく相手の生皮を生きたまま剥いでいたとか。悲鳴を上げる獲物のその表情見て絶頂していたとか。今はこんなにも大人しい種族になっている。
「……エルフのご先祖って結構やんちゃだったんだね」
「やんちゃどころかやりたい放題よ」
「ははは……」
乾いた笑みを浮かべるエルソルだが、さっきから地味に傷ついている。
エルフって頭おかしい、みたいな評価を付けられるのは正直堪える。少し寂しい。
「まあなんだ。こうしている間にも魔族どもに国を乗っ取られているのも不憫だ。潜入して、四天王の一人を斃してやろうではないか」
「そうだね。獣人の国を早く彼らに返してあげないと」
そう言って、奴隷に身を落とされた彼らに向かって笑みを浮かべたエルソル。
だが彼らの表情は若干にして固かった。




