8 魔族
魔族は力だ。
人間の世と違い、弱肉強食をその身で体現したかのような生態をしている。強さこそ正義、強者こそが偉い、という脳筋甚だしい思考の元、魔力すらも強大な者こそ強い。魔力を外部へと誇示し、悟られないよう創意工夫する弱者とは正反対の行動を取る。すなわち我最強なり。そんな傲慢ともいえる強さへの執着こそが、魔族の真髄とも言えた。
「こんなにも魔力を露にして闊歩しているは本当に不思議だね」
「それが魔族というものだ。お前だって、ザアルとネルソンの魔力をすぐ見分けていただろう」
「うん、四天王の魔力が強大だし、他の魔族とは違う特有の性質があるというか」
目立ち過ぎない程度に魔力を敢えて放出して、魔族の姿へと変装しながら街の中を歩いていた。獣人の国なのにまるで我が物顔で歩き回る魔族どもと、そして彼らに従える奴隷の獣人たち。
早く四天王の一人を斃して、その首を城から掲げてやらねばな。
それに、エルソルは今はこうしてすんなりと歩いているが、いつ勇者としての正義感が爆発するか解ったものではない。ここへ入ったときでさえ怒りで震えていたというのに、時間の問題だ。
「人間や獣人にも個性があるように、魔族の魔力にも個性がある。色、形、硬さ、香り、気配――強者であればあるほどその魔力が特性はより顕著に表れる。四天王であればなおさらだ」
周囲から向けられる視線。
私たちが放つ魔力もまた、勇者とエルフであるがゆえに、周囲にはそれ相応の特徴的な魔力を見ていることだろう。勇者の黄金色に輝く魔力が他を寄せ付けない密度で放たれている。魔力を表現するなら解放する必要はない。そこに意思を乗せて魔力の強度を示してやれば十二分に伝わる。
「んだてめえ、そんなキラキラした魔力を放ちやがってよお、眩しいったらありゃしねえ」
勇者特有の、エルソル特有の魔力に反応した魔族たちが寄ってくるのは仕方ないと言える。
「女、てめえの魔力は雑草臭せえんだよ。二人揃ってお似合いのクソみたいな魔力を発しやがって、鬱陶しいにもほどが――」
その醜い豚顔を殴り飛ばしてやった。
雑草くさいと言われて腹が立ったからではない。こうやって晒し者にしておけば、他に文句を言う奴はいなくなるという高度な思考を基に取った行動に過ぎない。
「手を出すの早っ。やっぱりシエル様って結構短気だよね?」
「何か言った? 金ピカ君?」
「うん、何でもない」
奴に従っていた獣人が少しだけ、いやかなりすっきしりた顔で私を見ていた。
地面に這いつくばる豚さんを、私はその脚を踏んでへし折った。
「ぶひいッ!?」
「オーク風情が醜い悲鳴を上げるなんてやはりオークだな。今度はその汚い股の間を蹴り潰してあげようかしら?」
言葉に気を付けて丁寧に伝えるも、オークは目を血走らせて襲い掛かってくる。折れた脚なんて気にも留めずに魔力を全開にして、回復したその脚を支えに渾身の右腕を突き出してくる。
「やだやだ、怖い怖い」
こんな鈍い攻撃――指一本で充分だ。
それでも押し切ろうと体重を乗せてくるオークだが、私の身体はピクリとも動かない。
「やるならこれくらいはやらないとね」
脚を上げて、その無防備な脚の間を狙って動かす。
「ぶぎッ!?!?」
そしてそのまま天高く舞い上がるオーク。
豆粒よりも小さく飛んでいったそれを、私は無視して進んだ。
「あんまり事を荒立てない方が良いって言ったのはシエル様だよね?」
「この高貴で崇高なる私を侮辱した罪は重い」
「シエル様に暗殺家業は向いてないね」
「少しカッとなっただけだ。これくらいは何の支障もない」
「十分出ているとは思うけど?」
チラリと周囲を見る。
戦々恐々として、男どもが自身の股間を若干に抑えて私を見ていた。
ゲラゲラと酒のつまみに笑っている魔族も居た。もっと血の気が盛んになるのかと期待していた者もいるくらいだ。
やはり魔族、腐っても魔族。
抑止力になるよりむしろ火をつけるだけだと思い知る。
「これだから魔族は嫌いなんだ」
「僕もそう思うよ。でも今回はシエル様が悪いね」
「黙れ」
「はいはい」
やれやれと呆れるバカは放っておいて、私たちは道を外れた。人目に付かない細い通路や人通りの多い場所を歩いたりして、今度は魔力を少し抑え気味にして街の中を進んでいった。
目指す城までそう遠くない。
後十分かそこらで到着する――。
肩を叩かれた。
「何だ?」
「つけられてる」
「解ってる。奴隷ではない獣人の気配だ」
「勧誘かな?」
「物語の読み過ぎだ」
「カッコいいじゃないか。反乱軍、レジスタンっ」
「そんな馬鹿なことをしている暇はない」
「それはそうだけど、つけてくる理由だけでも知りたいなあって」
「それこそ時間の無駄ではないか。そもそも早く終わらせてあげたいと口にしたのはどこのどいつだ」
「ろまん? があっていいじゃないか」
「そんな夢物語は英雄譚だけにしろ」
「少しだけでもいいから、ダメ?」
「ダメだ」
「頼むよ」
「ダメと言ったらダメだ」
駄々をこねる子供ではあるまいし、こんな今でも魔族が獣人たちを奴隷として扱う日々が続いているのだ。それを解放したいというエルソルの願いを叶えるために、この国の魔族との全面戦争ではなく、アタマを狙った手を使っているのではないか。
「エルソル、そんな子供じみた真似は止めて四天王の首を――」
「あのさあ、君はどうして僕たちを追いかけてくるのかな?」
「ッ!?」
いつの間にか、後ろにいる尾行者に声を掛けるエルソル。あのバカがわざわざ事を起こすような、人のことを言えないことを自ら突っ込もうとしている。これを馬鹿と言わずして何と言う。呆れてものも言えない。
「……すこしこちらへ」
「いいよ」
と、優し気ににこりと笑った。
いいよ、ではない。わざわざそんな遠回りをするような行為、私は断じて認めんぞ。
とりあえずエルソルの後を追い、話し合いの場で即断りを入れて城へと向かうのだ。今はこうしている場合ではないのだ。
話は単純だ。魔族を打倒す計画があるから協力してほしいというものだ。魔族ではないことは察しているようで、私たちの力を見て是非にと協力を仰いで来たのだという。
「お断りだ――」
「謹んで協力させてもらおう」
「おおッ! それはありがたいッ!」
そして握手するエルソルと獣人の男。名はカイルと言う。
ニコニコと互いに手を取り合うバカとカイルを見て。
私はため息を吐いた。
エルソルは頑固だ。
こうと決めたらテコでも動かない。言うことを聞かない。ここで彼をカイルから引き離したとしても、先のように知らぬ間にカイルの所へと舞い戻って反乱軍の一員として行動すること間違いなしだ。
「共にこの国を救おうぞッ」
「勿論だッ」
「…………はあ」
――
案内されたのは、街の一角にある長屋の地下だった。
手製の木製の梯子を下り、カイルが照明器具を携えて洞窟を進んでいると、扉が一つ見えてくる。扉を不規則にノックし、言葉を伝えると扉が開かれた。
中に入ると、大きな広間と幾つかの部屋の扉、そして通路が通っている。
「ここが?」
「そう。レジスタン軍の拠点だ」
魔法武具を、刀剣を、鎧を、さまざまな種類の武器を見に帯びて、彼らは中央のテーブルに集まって話をしていた。大きな地図を広げ、そして書類と睨めっこしながら、魔族へ一矢報いるための計画を練っているのだろう。
「連絡は受けている。魔族に紛れる魔族ではない者が、魔族を蹴散らしているのを見たと」
「それをやったのは僕の連れなんだけどね」
リーダー格の男が前に出て、小さな魔法具をエルソルに向けた。取り付けられた針がグルングルンと何回転もし続け、周囲がどよめく。
「あなたは勇者か?」
確信めいた瞳でエルソルを見る。彼もとりわけ否定することもなく、素直に頷いて変身魔法を解いた。
――エルソル様だ。
――エルソル様が来てくれたッ!
ワアッと一気に活気づく広間。男女関係なく、彼らは皆エルソルを囲んで期待を込めた眼差しで、そして握手をしていた。
「隊長、これなら魔族に勝てますよッ」
「そうだな。もう一度計画を練り直そう。エルソル様、突然で申し訳ないが、是非ともあなたの力を貸していただけないだろうか」
「勿論だよ」
と即答。
私は彼には何も言わずに、その様子を見守った。
「ところで、彼女は一体――」
「ああ、僕のパートナーだ」
「んっ、ゴホゴホッ」
「どうしたの、シエル様?」
「いや、何でもない。少し喉が引っかかっただけだ」
喉を鳴らしてしまった。
いきなりそんなことを言われて息が詰まったではないか。
何をそこまでドキリとするかは解らんが、最近は調子が狂うばかりだ。
「そして師匠でもある」
――師匠?
――ということはエルソル様よりも強いのか?
ざわつく。
「うん、強いよ。おそらく世界で一番だと思う」
そして驚きに満ちる。
「それは頼りになるお嬢さんだ。何かあったときはすぐ私を呼んでくれ。すぐに助けに行ってやるからな」
と、だがリーダー格の男は冗談だと捉えて陽気に笑っていた。
ほんの少しムキになるエルソルだったが、その手を掴んで止めた。
「ではエルソル様、こちらに来ていただいてもよろしいか。これからの作戦について少し話し合いたいのです」
「……了解した」
少し口をつぐみ、何かを言おうとしてやめた。そして了承の意思を示してリーダー格の男に向き合う。
途端にエルソルの目の前を、部下たちが両脇に控えて一本の道が出来上がる。そこをエルソルとリーダー格の男が並んでテーブルへと足を運んでいった。




