6 赤の結界
「赤の結界内では常に魔力が満たされ、それと全く同じ魔力量の魔法が飛び交う。その適当な魔力感知でよく動けているようだけれど、ボクの本気はまだまださ」
結界の魔力量が上がるごとに魔法の威力も増し、手数が増え、加速していく。
もっと濃密に、もっと大量に――。
受けることすら困難になりつつある結界内で、それでも堪えるエルソル。
辺り一面を吹き飛ばすほどの魔力を準備する時間すらなく、徐々に傷が増えていく。
「それに、お前はさっきから何をしているんだ?」
ネルソンの視線が私に向く。
「ボクの攻撃を全て防いでいるにもかかわらず、さっきからそこで傍観してばかり。もしかして戦うのが怖いのかな?」
随所で聞こえる爆発音と金属音を耳にしながら、私は小さく笑った。
「お前が一番理解しているだろう? 私は何もしない。ただ見守るだけだ」
「ふーん――残念だ」
ネルソンがニヤリと笑った。
「こっちに来て戦ってくれれば、ボクはもっと強くなれたかもしれないのに」
私がこの戦いに手を出せば、そのパワーバランスを調整しようと《世界》の介入が入ってくる。それを解った上で、ネルソンは先ほどから私に攻撃を仕掛けて挑発しているのだ。こっちに来てみろよ、と。
「随分と余裕だねッ」
正面から突っ込むエルソルに、ネルソンは身に付けた小手でハクジツを受け止めた。
「触らないんじゃなかったのか? 油断した?」
「油断していない。余裕があるのさ」
ハクジツと小手の打ち合いが始まった。
魔力を食らいながら、魔力を溜めこむエルソル。
対して、打ち合うたびに魔力を減らしていくネルソン。その打ち合いを長く続ければどちらが不利になるかなんて解りきっている。
ある一太刀がネルソンの角に届き、根本から角を切り落とした。雪の上にサクリと落ちては、降り積もる真っ赤な雪の下敷きになって見えなくなった。
「君、ボクの魔力が減ってるって、本当にそう思っているのかい?」
「……ッ」
ズンと辺りが急激に重苦しくなる感覚に、私ですら一瞬息が詰まりそうになった。
苦しそうに呼吸するエルソル。
彼の魔力を凌駕する凄まじい魔力量に、大気の気圧すら変化させてしまうほどに濃密な魔力が周囲を満たした。
「ボクの魔力は四天王の中で最大の有量を保しているのに、それを知っていてそんな安っぽい挑発をボクに仕掛けたのかな?」
人間や亜人だけでなく、魔物や動物の死体に残る魔力すらも吸収して我がものとするのだ。加えて魔力の結界を展開するこの内側は常にネルソンのそれで満たされている。この中でなら魔法を即放つことができ、霧散した魔法の残滓をそのまま回収できるという永久機関を創り上げているのだ。
エルソンが魔力を使えば使うほどに、その使い古した魔力もまたネルソンの中へと吸収され、減る一方のエルソルに対してネルソンの魔力はほとんど減らない。
撃ち放題、吸収し放題。
「君に勝ち目はない。潔く諦めてさっさと死んでくれ」
気づいた時には切り落としたはずの角が再生していた。
腕を高く上げて、赤い魔力をその手に集めて超高密度の魔力塊を作成していた。
「そ、そんなの洒落にならないぞッ」
今度はエルソルが放つ番となった――大量の魔力弾、そして四元素の魔法に加えてそれらを組み合わせたものまで放っていた。正確に狙ったそれらがすべてネルソンの元へ吸い込まれるように飛んでいき、炸裂。属性魔法の相性も重なった更なるダメージ力を加算させ、攻撃の手を緩めず、魔法を乱射するエルソルだが、彼は理解していた。
これらの攻撃がすべて、彼の周囲に張り巡らされた障壁によって防がれ、消失した魔力の残滓を更なるエネルギーとして魔力塊に利用されていることを。
「くそっ!」
魔法の発射は止めて、エルソルはハクジツを手にネルソンへと突っ込んでいく。加速的に膨らんでいくネルソンの身長を優に超える大きな塊が空へと浮かぶ中で、ネルソンはそよ吹く風で欠伸をかましていた。
「調子に乗るなッ!」
ハクジツに魔力を乗せ、食らわせ、ザアルを斃した時と同じ技で、赤の結界から突き出るほどに巨大な魔力を刃へと変え、結界ごと断ち切るつもりでハクジツを振るった。結界を切り裂きながら真横へと振るわれる巨大な刃が、ネルソンの身体を横一文字に断ち斬る。
「そんなのではダメだ」
霞のように消えうせるネルソン。
そして上空から聞こえる彼の声。
「君は一人だと何にもできないないんだね」
魔力塊の上に乗って、鼻で嗤っていた。
「今度は僕が勝たせてもらうよ」
赤の結界内の魔力がすべて、魔力塊に収束し、グンと一気に大きくなり、次いで拳大の大きさにまで縮み込んだ
ゾッとするエルソル。
ネルソンの目の前にふよふよと浮かぶ紅のそれを、彼は中指でデコピンの要領でエルソルに向かって軽く弾き飛ばした。
「赤の結界はない。これに耐えられたら誉めてあげるよ」
近づいてくる紅の球に、だがエルソルはハクジツを握って振り下ろす。巨大な刃と小さな球がぶつかり合う。だがエルソルの刃が明らかに押されているのが解る。踏ん張り、必死になって抵抗するエルソルだったが、その密度と圧力、その威力に力負けして後ろへとずり下がっていった。
「君の弱さをここで完全に証明してあげよう」
ネルソンは掌を前にかざし、小さな魔力を一つだけ放った。
高速で移動して、せめぎ合う紅の球に飛んでいく。何の変哲もない、ただの魔力弾。赤ではなく青色をしたそれが、紅の球にカツンとぶつかるや否や。
「エルソルッ!」
そして――。
私の呼びかけと、二つの球の結合によって発生した大爆発は同時だった。
音よりも先に光が放たれた。エルソルと私、さらにはこの国全土を覆い尽くすその威力に――。
私はギリギリで結界を張って、自分の身を護った。だが結界にひびが入る。凝縮されていた紅の魔力が一気に大爆発を引き起こしたのだ。国一つ破壊するその力がより高密度の威力となって暴れ狂っている。エルソルはそれを目の前で身に受けているのだ。この暴れ狂う魔力の渦ではエルソルの安否を確認するのは難しい。もしやすると――。
爆発の渦が治まっていき――私は小さく息を吐く。
霧散した魔力を察知して結界を解き、結界で自身を守り切ったエルソルを確認したからだ。
「……はあ……はあ…………」
身体を傷だらけにして、だらりと身体を支えて立つので精一杯だった。
光と音、衝撃、痛みにあらゆる刺激が全身を襲ったのだ。魔力の展開に集中しながら、その中で途轍もない余波を五感で感じながら、今か今と魔力爆発の渦が治まるのと耐えなければならなかったのだ。
「クフフッ、流石というべきだね。驚いた。素直に褒めてあげるよ」
笑顔でパチパチと拍手をするネルソンに、エルソルはギロリと視線を向けた。
「まだそれだけの闘志を宿しているのが本当に凄まじい。勇者と呼ばれるだけのことはあるね――けど」
指先に魔力を集中させ、回転のくわえられた魔力弾が――。
「ここまでだよ」
エルソルの胸を貫いた――。
「ん?」
そう見えていただけで、エルソルのすぐ横を通り抜けたようだ。
「狙い外した?」
二発目を装填して、放つ。
が、これも外してエルソルの頭をかすめそうになって通り過ぎる。
「それなら」
先とは比べて小さな魔力塊をいくつも作り出し、それを放つ。少々逸れてもエルソルを爆発で巻き込める。今の弱った彼になら十二分に致命傷を与えられる。
「……」
だがエルソルは立ったまま、そしてハクジツを握ったままの姿で、ギロリと睨んだまま、霞のように消えていった。
「ちっ!」
解りやすいほどに悪態をついて、魔力感知を周囲へと放った。
――ネルソンの技を盗んで対処した、魔力の残滓による残像。
「油断はしないんじゃなかったのか?」
パッと振り返るネルソン。その額には明確に冷や汗を流していた。
ハクジツに帯びる一点に凝縮された超高密度の魔力。圧縮された魔力がハクジツの一メートルほどの刀身にこれでもかと集めて夥しい魔力を纏っていた。
「僕は一人じゃない」
織り合わさった魔力の束が圧縮され、その上からさらに魔力が重ねられていく。
「僕には仲間がいる」
「――ッ……エルソル……」
「魔族はいつだって、独りだろう?」
「――ッ貴様ああッ!」
――魔王もそうだ、と口にして。
「お前たちはいつも寂しそうな目をしている」
「アアアアアッ!」
と、向かって来るネルソンに、エルソルは静かにハクジツを袈裟斬りに振り出した。
「ギッ……」
――ドッ、と。
ネルソンの纏った魔力を軽々と切り裂き。
その薄い線を持って、直線状の大地を、雲を切り裂く。
ピシリとズレる光景。
切り取った写真をハサミで切って、ズラして加工するかのように。
世界が割れた。
肉体だけでなく魔石をも容易く断ち斬って、ネルソンの身体はボロボロと崩れ落ちて塵と消えた。
「はあ……はあ……ははっ……」
雪の上に前のめりにドサリと倒れていった。
駆け寄って、彼を抱きかかえる。
「お前はすごい奴だな」
「ははっ、嬉しいよ」
ニッと笑うエルソルがおかしくて、つられるように私も笑った。
「無茶ばかりして」
「無茶ばかりさせられるんだよ」
減らず口を叩けるくらいにはまだ余力のありそうな彼に、私は言う。
「ならもう少し無茶をさせてやろうか?」
「え、あ、ごめん、冗談だよ?」
「私は怒っていない。嬉しいんだ。その成長を祝って、魔力集中の訓練をしてやろう」
「ちょ、待――」
「土壇場であれほどのことをやってのけたのだ。時間のある今なら余裕だろう?」
「す、少し休憩だけでも――」
「待たない」
エルソルの地獄の訓練が今開かれたッ。




