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《世界》をエルフと共に  作者: カケル
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5/21

5 ネルソン

翌朝、宿にて目を覚ますと、近くにエルソルは見当たらなかった。魔力を発し、周囲を探ると、言いつけ通りあの山の向こうで魔力のコントロールを行っていた。淀みのない、落ち着いた魔力操作に、やればできる子だ、と思いながら服を着替えた。

宿の店主に挨拶をして、近くの売店等に伺って、魔法を使っては空をゆったりと飛びながら街を見下ろし、そうしてエルソルの元へと向かった。

彼の近くによっても、エルソルは反応を示さない。宙に浮きながら胡坐を組み、目を瞑って魔力を循環させていた。ハクジツが彼の近くを浮遊していて、繋がった魔力で互いに魔力を強弱付けながら交換している。全身を纏う魔力を大きく、そして小さくして、全方位に粒状の魔力を等間隔に展開して球形を形作ってもいた。

不器用すぎるくらいに不器用だったエルソルが、一週間近くもかけてようやくまともなレベルにはできるようになったのである。喜ばしい限りだ。


「もういいぞ。終わりだ」


そういつもの掛け声をしてやると、エルソルはふっとすべての魔力を霧散させた。一つも残すことなく消し去った魔力。エルソルはハクジツを鞘に収めて振り向いた。


「もう朝か」


と、疲れた顔をしている。夜通し続ければ当然だ。


「おはよう、シエル様」


「ああ、おはよう」


魔力操作を延々と続けて、集中力を途切れさせることなく今の今までこなしていたのだから、疲れて当然だ。私ほどにも成れば常に魔力を循環させて、無詠唱で魔法を打てる準備をしているし、寝ている間ですら魔法を展開して警戒網を敷けるくらいだ。

「まだまだ全然だな」

無意識レベルでそれを可能にしてもらわなければ意味がない。

瞑想を辞めた後も、それを継続して魔力操作をしていなければ、魔王を斃すのも夢のまた夢だ。


「解ってる。魔力を操れるようになってはっきりと解った。シエル様の魔力、まるで星みたいだ」


「お前が目指すのはこのレベルだ。自覚しているのなら、もっと研鑽しろ。精進を怠らないことだ。ハクジツ、お前も随分と魔力の流れが良くなっているじゃないか。見間違えたぞ」


そう言ってやると、ハクジツの魔力が大きく震えた。

喜んでいる様子だ。


「サボるなよ? 短時間でもよい、その訓練を毎日やるんだ。そうしているうちに魔力操作が当たり前になって、より魔力を感じとることができるようになる」


頷く一人と一振り。

私も満足げに頷いた。


「朝食にしよう。宿の近くで美味しそうな店を見つけたのだ。ハクジツにやる魔力もいくらでも良い。魔力ポーションは山のようにストックしているからな」


げんなりするエルソルと、歓喜極まるハクジツ。

これからの彼らの成長が楽しみだ。


――


「お前さんらは本当に化け物だなあ。敵に回したくねえぜ」


という言葉を最後に、初老の男と別れを告げて、常世国の街を後にした。

あの戦いを、魔族の視力をもってすれば簡単に覗くことができ、出てきた感想がその三文字だった。強化された四天王を、エルソルは撃破してしまったのだ。《世界》の影響を鑑みても、その成長速度は目を見張るものがある。

おそらく次の四天王はさらに大きく力を付けて現れることは間違いない。

そもそも、その一人がいるのがまさに、次に向かおうとしている国だからだ。


「あの国は本来、ザアルに支配されるはずだった」


私たちが早くに行動して、この国に入ったからこそ防げたこと。


「…………どれだけの村や町が無くなったんだ」


話す必要が無いと思って口にしなかった真実を、だが魔力操作を習得しつつある彼が周囲を探って、ザアルの魔力の残滓に気づいて話さざるを得なくなった。

《世界》のバランス調整はすさまじく速い。亜人の国が魔物に襲われることすら無かった現実が、実際には起きている。

ザアルがあの国を支配および破壊しなかったのはひとえに、彼の気まぐれによるところが大きい。

魔王の手によって、人間の国は滅びに瀕している。その上で他の種族さえも抹殺しようとする力が働いているのだ。《世界》のバランス調整によって、世界の平和の均衡が崩れてしまった。それもまた自然なこと。


「急ごう」


魔力を帯びて、地を蹴り、空へと飛びあがると宙を蹴った。まさしく宙を駆けまわり、ここより近い北方の大地へと駆け抜けていく。

野を越え山を越え、辿り着いた先の北方の国――シヴィルノバの街。

雪国故に、屋根が地面にまで伸び、窓も二重構造で寒さが内に入り込んでこないようにされている。街の歩道だけが雪が解け、その地下を流れる温水がその役割を果たしているのだろう。雪が降り積もり美しい雪是色。ふかふかの雪が辺り一面を覆い隠す銀世界。息を吐くと温かい息が凍り付いて真っ白に染まる。

それが本来の、この国のあるべき姿――。

無惨にも建物は破壊され、街全体が瓦礫の山と化し、真っ白な雪に覆い隠されて白い雪の山がいくつも創り上げられている現在。この土地に住まう人々の姿はなく、ただただ冷たい空気が、雪が満たしているだけだった。 

道とは呼べない道を進んで、吹雪の中を進みながら――。

街の中心部のひときわ高い塔の頂上にて、一人の男が佇んでいた。


「気持ちの良い風、静かなる幻想的な風景。これこそこの世界に相応しい景色だと思わないかい? 勇者君」


優美に浸っていた。

この雪景色の中を満悦とした表情で、魔力を身に纏って、豪華絢爛な衣装を身に纏って酔いしれている。


「また会えてうれしいよ。勇者君。少し見間違えたよ。あの時と違って随分逞しくなっているじゃないか。ボクよりは弱いけど」


髪をかき上げて、瞳を赤く染めた。


「エルフの手助けが無ければ、仲間が居なければ何もできない能無しが、よくもまあまたボクの前に姿を現せられたものだね」


魔力が真っ赤に膨れ上がり、真っ白な雪景色を赤く赤く染め上げる。


「この赤よりもなお赤い色でこの地を染めてあげよう。さぞ綺麗な色をしているんだろうね。二人の量を合わせても足りないくらいだけど、この下に咲き乱れる花々よりかは綺麗になるだろうね」


「ネルソン……ここの人たちをどうしたんだ」


「どうしたもこうしたも、その足元でたくさん眠っているよ。まだ生きている、なんて淡い期待はしない方がいい。次の街ももっと美しい赤色に飾り付けてあげないと――」


ハクジツの刃が、ネルソンの尻尾に防がれて大きく音が鳴り響いた。


「ザアルが死んじゃったのは可哀そうだけど、君のことを嘗めてかかってやられちゃったんだろうねえ」


背中から翼が拡がり、身体が黒く染まって、顔が悪魔のそれに。

牙を剥けてはくすくすと笑っていた。


「僕は油断しない。下にも見ない。とある司祭の命を犠牲にして得た勝ちだったとしても、対応できなかったのはこのボクだ。負けは負け」


完全なる悪魔の姿へと変えたネルソン。

翼を大きくはためかせ、真っ赤な魔力を辺りへ撒き散らしながら、雪の中に埋もれた死体から人間の魂を吸い上げている。


「ボクは最初から本気いく」


雪景色がついぞ赤に染まりきり、どこを見ても赤一色。死のにおいが私の鼻腔を刺激した。


「くっ」


変則的な尻尾の動き。腕に切り傷を負ったエルソル。

上下左右前後どこからでも、ネルソンの攻撃を躱そうとしても先読みするように既に避けた方向へと進んできた。避けるのをやめて受け止め、もしくは弾いて攻撃に対処しているが、次いで空から魔法による追撃までしてくる。

魔法に気を回していると尻尾に、尻尾を気にしていると魔法にやられる。

魔力を膨れ上げて放出して全方向へのカバーするも、今度は地面下からの棘によって足場を崩される。

エルソルが展開する魔力の膜内に魔法を発動して、さらに数の手を増やしていくネルソン。魔法による爆撃。躱すことすら困難なほどの圧倒的な絨毯爆撃に、エルソルが火の海に包まれた。

それを少し離れたところで見ていたが、手数にまだ対応できていない。

火で包み込んでおきながら尚攻撃の手を緩めないネルソンの周到性が見てとれる。


「見えてるよ」


ネルソンの背後へと、髪の先をチリチリと燃やしながら切迫したエルソルだが、ハクジツを、魔法で作り出した剣で防がれる。


「その刀には触れてあげない。魔力を食らって物量を押し切ったみたいだけど、しっかりと視えているよ」


シュッと。

寸での所で回避した刃。

真っ赤に染まった刀身。柄までも真っ赤で、この赤色に染まった世界では刃を刃と認識できなかった。

魔力感知によって反応したそれを直感的に避けたにすぎない。


「もっともっと増やしてあげる」

「ッ」


バック宙。

気づいていなければ今頃エルソルの背中は剣の山だった。


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