4 ザアル
歩き、そして馬車にゆられて街々で乗り継ぎしながら数日を経て、常世国の街へとやってきた。東方の国と呼ばれるだけあって、奥ゆかしさと風情のある雰囲気があって私は好きだ。
「いつ見ても変わりない様子だな」
建物に屋根瓦、障子紙、木材を使用し、レンガや石を使わず、鉄すらも持ち出さずに木組みだけで建設しているのだ。二階建て、さらには巨大な城をその技術を用いて一切崩すことなく作り上げている。
着物姿で街を歩く姿にすら奥ゆかしさがあり、上品な面持ちを感じる。
「エルソル、お前の得物探しだが、お前には剣との相性があまりよくない」
行先は武器商店。
主婦から冒険者まで多くが賑わう市場へと足を運び、そこで売られている武器を彼に与えるつもりだった。ただの鉄板で今まで戦えて来たのが嘘のような所業ではあるが、一度の戦闘ですぐにボロボロになるほどだ。戦いの度に何度も新しい武器へ変えてきたのだろう。
「これまで色々と武器を扱ってきたけど、しっくりする物が無かったね」
ボロボロの剣を手に取って、刃こぼれした箇所から剣にひびが入っている。
次の戦いには使い物にならない。たったの一度で、エルソルの魔力には到底耐えられない代物。
「お前は叩き切るというより滑り斬る動作の方が効率がよさそうだ」
「刀は触ったことは無いんだけど、初めて見てかなり魅力的だとは思ったよ」
すれ違う冒険者たちの腰には刀が拵えられている。時折剣を持つ者もいるが、エルソルの目はその刀に吸い寄せられるのがほとんどだ。
「あれなら二回は耐えられるかな」
と、近場の武器屋に目を向け、そこに飾られた品を見てはそう告げた。
価格にして金貨千枚はくだらない一流品だが、エルソルが扱うとなると二流品に下がる。技や技術どうこうの問題だけでなく、純粋にエルソルの魔力に耐えられないのだ。
だがエルソルに見合う刀が存在しない。
二時間ほど見て回ったが目ぼしいものを見つけられず、エルソルは肩を落としていた。
「他の街に行こうかな」
昼下がり。
この街の武器商店をあらかた見て回ったが駄目だった。
刀を打つ国はこの国以外には見られない。外への技術流出を防ぐため、よほどのことが無い限りは国を出ることは許さない反面、国民への優遇っぷりは計り知れない。小さい国でありながらも、その技術革新を為せる環境に徹し、他国との一二を争う国力を持っているとのこと。
「ん?」
街を当てもなく歩いていると、エルソルが不意に一方の路地裏を見つめた。
人通りのない、人が二人並んで歩くと少し狭いくらいの道先を。
「何か見つけたか?」
そのただならぬエルソルの気配を感じとる。
返事もせずに、その路地裏へと一緒に入っていった。
薄暗い路だった。けれどある程度清掃されている。ゴミや煤は見当たらず、じめりとした空気は感じられない。小さなランプも取り付けられており、足元を見過ごすことはない。
「ここか?」
歩いていると、小さな店が見えてきた。『エルゴの店』と、おそらくその者の名前を使った店。こちらも綺麗に清掃され、古くはあれど趣を感じる店先だった。
小さく頷くエルソル。
店の扉を開けて中に入ると、所狭しと飾られた武器。地味な装飾でパッとしないが、外の店に比べれば、凄まじい気を感じとることができる。置き方はバラバラで、とりあえずそこに置いてあると言わんばかりの配置。どこに何があるのか一見して解りにくい。窓はなく、壁一面に武器があり、天井にすら配置されている。テーブルにすら並べられた小道具、さらには店の端に置かれた箱の中に投げ売りされた武器までも。
魔石が光るランプが無ければこの店内は真っ暗だ。
そんな武器塗れの店内で、エルソルは迷いなくある武器の前にまで行った。金額は外の店に比べて高い。迫力もなく、威厳も感じられないひと振りの一般的な刀。銀色に輝く刀身と黒い柄で拵えただけのモノだった、モノは確かだ。
「これか?」
「魔刀だ。ここにある物すべてが魔だ――」
悪魔が宿ると言われる魔の武器。
魔剣、魔槍、魔鎌、魔銃、魔弓、魔鎧――身に付けた者は呪いを受けるとまで言われている魔の武器。それに選ばれたが最後、悲惨な死を迎えるとも聞く。
「こっちでの客は久々だな」
振り返ると、そこには初老の人間が一人いた。
いや、人間とは呼べない。
皮は人間にそっくりだが、その中は魔族――魔王の血族であることがはっきりと解るほどに。
「そう武器を構えるな。争う気なんてねえよ。国からの処刑を覚悟で臨むなら話は別だがな」
カッカッカと笑う初老の男。
全く感じなかった魔力の反応を、この距離でようやく実感する。
「国には一応受け入れてもらっている。ここではこんな武器を作ってはいるが、表でもそれなりの物を作って売り出しているからな」
「……ひときわ目立つあの場所か」
街の中心に位置する立地の良い場所で、とりわけ大きく売り出された武器の数々。この街で一番大きく、そして品ぞろえの多い多種多様の商店がひしめく巨大な建物。その中の一角に、小さく開かれた店があった。
「まあそれくらいは解ってもらないとここへ来た意味もないだろうがな――勇者よ」
「……」
「そう睨むな」
初老の男が動き、エルソルが見ていた刀を壁から降ろす。初老とはいえ体長二メートル以上はある男だ。魔族では珍しい魔力を抑えたその在り方もまた、魔族から逸脱している。
「魔王様のやり方はどうもワシには合わなくてな。武器を作るのが仕事だったが、逃げていつの間にかここへ流れついていたって感じよ、ホラ」
鞘に納めた状態で投げ渡してくる。少しもたつきはしたが、しっかりと刀を受け取った。
「『魔刀ハクジツ』――ワシにしてはあまりにもらしくないモノを作ってしまってな。えり好みするこいつらと違って、こいつは関係なしの大ぐらいだ。魔力を食うことが生きがいのいかれた奴さ。食えるだけあれば喰い散らかす悪食」
刀を抜いて、見る。銀色に輝く刀身、そこから魔力が唐突に迸り、エルソルを包み込もうとする。まるで舐め回すように。
「気を抜くなよ小僧」
途端に、エルソルの身体から一気に魔力が減っていった。
驚き、吸収されていく魔力を抑制するエルソルだが、ハクジツの魔力吸収が強い。あの膨大に合ったエルソルの魔力がいつの間にか半分にまで落ち込んでしまっていた。それでもまだ魔力を吸収しようとするハクジツに、エルソルは刀を鞘に戻した。
魔力の放出が止まる。
「カッカッカ、魔力が大きいわりに扱いが随分と下手だな、小僧」
肩を揺らすエルソルに、魔力回復ポーションを渡した。一気に快復する。
「お前には早い代物だったな――」
と、初老の男がハクジツを手に取った瞬間。彼は前のめりに倒れていった。
それを抱えて転倒を防ぐエルソル。
数秒して、初老の男が目を覚ました。
「……お前、随分と気に入られたな」
頭を押さえながら態勢を戻す。だがまたもふらつき、エルソルに腕を掴まれ、ゆっくりと床に下ろされていった。
「鞘越しに魔力を九割持っていかれたな」
「僕は何ともないけど」
「お前の魔力が多すぎるだけだ。こんなにも満足したこいつは初めて見る」
ハクジツを見るエルソル。淀んでいた魔力の流れが快適になり、高質な魔力を弾けさせているソレを。
「随分と上機嫌だな、ハクジツ」
初老の男にもポーションを渡すと、礼も言わずにグイと飲み干した。立ち上がり、カッカッカと笑う。
「魔の武器にそこまで気に入られる勇者は初めて見たぞ」
エルソルも苦笑いした。
と、ビクリとこちらに振り向く初老の男。
「そういやあ、それの値段だがな」
そろばんを手にしてパチパチと計算をはじめ――。
「これくらいでどうだ」
それをのぞき込む私。
「その値札よりも安いわね」
「ああ、あれはダミーだよ。こっちが本命だ。面白半分で手を出す代物でもねえしな。解りもしねえのにバカみたく買って痛い目見た奴もいるけど、本物の野郎はこいつらを相棒みたいに扱ってくれるからな。まあ失敗作としちゃあこれが妥当よ」
「失敗作なのか?」
「ああ、作り方は全く同じ、品質も同じ。だが魔族が作る武器は魔力の分量を間違えるとすぐにこうなっちまう」
「それじゃあ、魔の武器って」
「意志を持つ、魔族のただの失敗作だ。魔族が扱う分には影響は少ないが、他の種族が使うと呪いだのなんだのそうなるわなあ。だがうまく使いこなせりゃあ、どんな代物よりも価値ある武器になる。ま、それを知る奴は少ないがな」
「こんなにも素晴らしい武器なのに、勿体ない」
「お前にとっては素晴らしいかもしれないが、意志を持つ武器がどれほど恐ろしいものか解っているだろう?」
「知ってるよ。勇者になる前、先輩冒険者が魔の武器を使って死んだからね。あながち『魔』ってのは間違っていないのは承知してるよ」
「殺された理由は?」
「実力が気に入らなかったってさ。廃棄されてバラバラにされてしまったけど、可哀想だとは思った」
「可哀想、か」
「もっと強い奴に出会いたかったって」
「へえ~、そりゃあ残念だ」
「今の僕ならもしかしたら扱えたかもしれないね」
「ハハッ、お前は良い魔武器使いに成れるな。こいつら全員の主人になれないのが残念だ」
「多くは要らないよ。そんなに器用じゃないし」
「まあ、そんな大食らいを従えちゃあ、他に気を回す余裕なんてねえだろ。それにソイツはかなりのヤキモチ焼きだ。他の武器に目移りしてたら食われるぞ?」
「無いよ、そんなこと。僕は一途だからね」
「へえ~、どの辺が一途なんだ?」
「子供の頃に死んでしまった片想いの幼馴染が今でも好きだよ」
それを聞いて、何故か胸の奥がチクリと痛かった。
「カッカッカ、それだと一生独り身だなあ」
「構わないよ。ボクは守れなかった。弱い男さ」
「拗らせてんなあお前。まあいいさ」
組んでいた腕をこちらへ突き出してくる初老の男。
「金はきっちりと払ってもらうぞ」
「そういうところが魔族らしいね」
と、エルソルは懐から大金貨と金貨を取り出して、きっちり彼に手渡した。
「釣りは要らねえじゃねえのかよ」
「きっちりって言ったのはあなただよね?」
「カッカ、それもそうだ。悪かったな小僧。手入れして欲しい時はまた来い。お前が気に入った。タダでやってやるよ」
「それは嬉しいな。じゃあ是非」
「謙虚さもありゃしねえか。ここの奴らは大人しいんだがなあ」
「大人しいだけで、腹の底はもっと恐ろしいかもしれないよ?」
「カッカッカ、そりゃあいいッ、よく解ってるじゃねえかッ、やっぱお前は良い魔武器使いに成れるなッ」




