18 《魔王》
「そうだ、そう来なくてはなッ!」
巻き戻るように身体がピタリと吸い付きくっついていく。傷口に向かって血液が入り込み、地べたを赤く染めることもなかった。
「もっと、もっとだッ!」
切り筋から血を一滴だけ指でなぞって、血で剣を創り上げた。簡易的で、簡素な見た目のそれだが、その刃から溢れ出る獰猛な切れ味は想像に難くない。より実践的に、より凶器的に作り上げられた一品。
刀と剣が打ち合った。
一振りすれば床が裂け、二振りすれば壁が切れ、三振りすれば天井が割れた。
一端だった豪華な魔王城が瞬く間に瓦礫へと早変わりしていく様を、だが彼女は何も思うこともなくエルソルだけを見据えて剣を振り続けた。幾度も交じり合うたび、互いの魔力が迸り、地面を、空を、空間を走り抜け、亀裂を入れる。
「まだだ、まだまだ足りないぞ」
振るわれた一撃がエルソルの腕を切り裂いた。軽症だが、それでも次なる一手を鈍らせるには十分。
数十の突きを浴びせられ、弾き、躱し、流していても、幾つも身体に付いて行く。
「ほらほら、どうした勇者ッ、その程度かッ!」
重い一撃を脚に食らって体勢を崩す。その隙を突かれて今度は腹を切り裂かれた。
「ぐうッ……」
「弱いぞ勇者ッ、もっと粘ってみろッ」
エルソルは距離を取り、魔法を放って結界を張る。
「逃げるな小僧ッ!」
結界を切り刻み、猛攻に出る。対して消極的に対応するエルソルに、少しばかり怒りを募らせるアルラス。
「もっと攻めてこい、もっと切り刻んで来い、もっと貫いて来い、もっともっとッ!」
血の剣が真っ赤に燃え盛り、エルソルの袈裟懸けに切る。正面への明確な深手を負い、大きく血を撒き散らす。
「ッ……」
痛みは一瞬。そしてその血を魔力で操り、弾丸と化した。
瞬時の反撃に若干の反応を鈍らせて、身体中に血の弾丸を浴びるアルラス。身体中に小さな穴を大量に作り、顔すら原形が無くなったその表情を、だがケラケラと笑ってエルソルを見据えている。
「今のは良かったぞッ」
魔力を使い、身体を修復していくアルラスとエルソル。だが傷の負い方からしてエルソルが圧倒的に多い。随時回復をこなしつつ戦闘をこなしているのだ、一瞬の時に回復する方法を用いるアルラスと違って、戦闘への集中が多少疎かになっている。
「そんなに痛みが怖いか? 勇者よ」
「怖いね。お前たちと違って、人間はか弱いからね」
「何を馬鹿な。血で血を洗う戦いを何百年何千年と続けてきているお前たち人間に、今更自分が傷つくのが怖いと言うのは傲慢ではないか?」
コツンとブーツを床に打ち鳴らし、魔力によって土くれを鋭い槍へと変形させて宙に浮かせる。
「物量戦とは、こういうことを言うのだよ」
パチンと指を鳴らしたのが合図。
宙に浮かぶ有象無象の土の槍が、一斉に発射された。スローモーションで見ても影を縫う隙間もないほどに埋め尽くされた、もはや面による攻撃。避ける暇もなく、ただただ目の前を蹂躙される世界に、だがエルソルは毅然と構え、同じく土の槍を生成して迎撃に当たった。
槍と槍がぶつかり合い、砕け散る。
粉々に砕け、微粒子にまで消えてなくなったそれらからまたも槍を作り出し、そして放つ。
「お前ではこれを到底受け切れない」
中心にてせめぎ合っていたぶつかり合いが、徐々にエルソルの方へと後退していった。エルソルが作り出すよりも早く放ち、そしてまた作り出し、放つ。そんな単純な繰り返しだが、その数の暴力を防ぎきれずに押されていくのを、エルソルは汗を垂らして堪えていた。
「これでもまだ序の口だ」
さらに数が何倍にも膨れ上がり、射出。
一気にその境界線が無くなり、エルソルに向かって放たれた。
あまりの多さに黒い影で目の前の光景が真っ黒に染まる。何者の躱すことのできない圧倒的なそれらに、エルソルは呑み込まれた。
無限にすら匹敵するその数を放ち続け、土煙を上げ、エルソルの姿形が無くなろうとも止める気配のないアルラス。
「これくらいで死んでもらっては困るんだよ」
そう言い放ち、アルラスはさらに攻撃の手を加えた。
土煙に囲まれる中へと無尽蔵の魔力弾をさらに追加で放ち、爆炎を放つ。土煙の粒上の影響によってさらに爆発の効果が増幅され、魔王城天井を豪快に吹き飛ばし、壁を、床を、すべてを吹き飛ばし、玉座の間を青空に下に満開に咲かせるが如く、辺り一面がまっさらになってしまった。
「……はあ、はあ」
エルソルがハクジツを杖代わりにして血を吐いて立っていた。
それでもなお立ち続けるエルソルには感慨深い感情を抱いてしまうが、それでも彼のダメージは尋常ではないほどに積もりに積もっている。いつ倒れておかしくないほどのその身体を、彼は必死に支えてアルラスを睨んでいた。
「そうだそうだ。そうこなくてはな」
愉しそうに笑みを深めて、ニヤリと笑った。それはもう壊れないおもちゃを発見して、愉悦に染まる愉しそうな笑みだった。
「これならもっと遊べそうだな」
アルラスは巨大な魔法陣を展開した。空一面に魔法陣を展開し、呪文をとなえる。長い長い呪文であったが、エルソルは魔力を高めて防御の姿勢に入っていた。
「エルソル、今のうちに攻めろ」
私はそう叫んでいた。今のアルラスは魔法を完成させるために魔力をそちらへと集中させている。そのおかげで今は彼女の防御は手薄だ。ごり押しすれば多少のダメージを彼女に与えることができる。
だが防御に回れど攻撃には転じない。
「エルソル!」
私はさらに叫んだ。今のエルソルでは彼女の攻撃を受け止めることは困難だ。下手をすれば死んでしまう可能性だってある――。
「エル・ソ・ル」
と、彼女は魔法の名を冠して、高く上げた手を下へと落とした。魔法陣から途端に現れる巨大な火球。初めに彼女が発動した魔法とは比較にならないほどの巨大な魔力を感じた。直径数十メートルもの火球だ。それがエルソルに、いや、この領地に達すれば、おそらく魔王城はおろか魔王領そのものが吹き飛びかねない。
「仲間まで殺す気か!」
「殺すも何も、奴らは我のおもちゃだ。そのおもちゃをどう使おうが我の勝手だ」
徐々に、ゆっくりとだが迫ってくる超高密度の火球を前に、エルソルは自身に充てていた魔力を一気に外側へと放出して巨大な盾を作り出した。魔王城を覆い尽くすほどの巨大な盾で、さらには領地すらも覆うほどの巨大な盾。火球よりもなお大きい。
火球と盾がぶつかり合う。せめぎ合う。それでも盾の方が若干ながら押されている。
「ああああああッ!」
エルソルが叫ぶ。彼の中の魔力が膨れ上がり、盾の中へと送り込まれていく。さらに大きくさらに巨大に膨れ上がっていく。一気に無くなっていくエルソルの魔力だが、天より降りてくる巨大な火球を防ぐ方法は今のところそれしかない。耐えるしかない。ゴリゴリと削られていく魔力、彼の中から黄金色の魔力がみるみる減っていき底をつく。すべての魔力を投資して、ようやく火球を少し押し返すことができた。
だが余裕綽々な笑みを浮かべては、舌なめずりするアルラスを。
「よいぞよいぞ。その意気だ。もっともっと。我を楽しませてくれ」
「ふざけるなあああッ!」
強化した盾を変形させ、曲げて、包み込み、覆い尽くしてしまった。
「ほう?」
圧縮に圧縮を重ねていき、盾ごと火球を縮みこませていく。
圧縮された魔力の火球が悲鳴を上げて、意志を持つかの如く自爆した。
内部で広がる数千度にも及ぶ爆発力。すべてを燃やし尽くす地獄の業火が盾の中で暴れ狂う。
それを必死に抑え込むエルソルだが、盾にヒビが入りだし、その隙間から火球の炎が漏れ出した。魔族の街にプロミネンスの如く、しなり、うねり、貫いていく。
魔族たちが悲鳴を上げて逃げ出すのを、エルソルは空っぽの魔力を更に絞り出して漏れ出た炎の迎撃に当たった。限界を超えてなお魔力を使い続けるエルソルに、感心した笑みを浮かべて、ニヤニヤと笑うアルラス。
ついに手を貸してしまった。魔力を分け与え、さらに彼の盾を何倍にも強力にし、サポートするための魔法。《世界》からの干渉が大きいかもしれないが、彼の意志を尊重し、この町を守ることを優先する。
それがまた歯がゆく、非常に悔しい思いに駆られた。
「ありがとう。十分すぎるよ」
魔力を操作し、盾のヒビを修復して、エルソルはさらに力を込めた。火球がより強く反発するも、それでもエルソルはめげずにより火球を抑え込むことを目論む。徐々に縦が縮小していき、それに伴って火球の圧力が増していくも、彼は諦めずに懸命に盾を操作し、そして火球の威力を押さえていった。観念するように徐々に火球の力が小さくなっていき、盾もろとも、エルソルは火球を共に消滅させる。
「ぜえ。ぜえ」
大きく呼吸をして、エルソルは膝をついた。宙に浮いた玉座の間の床が、アルラスによって維持されていることをエルソルはほどなくして気づく。強く目を瞑り、こんな芸当までできるほどに余力を残しているアルラスを見上げて、強く強く睨みつけた。
「お前は本当に」
「我が本当にどうした? どうしようもないクソだと言いたげなその視線はなんだ? お前は勘違いしている。弱者は守るためにあるのではない。食いつぶすためにこそある。奪い、殺し、搾取する。それこそが強者というものよ」
「そんな理不尽は許さない」
「人間こそ理不尽ではないか。この世界を見よ。貴様らが作り上げた国が、他者を、自然を破壊していることに気づいているのにそれを止めようともしない。貴様らも何も変わらないのだよ」
エルソルよりも鋭い視線を彼に向けて、殊更に強い念を抱き、憤怒と憎悪に塗れた表情でエルソルを睨みつける。
「我の存在は《魔王》として、そして《世界》の意志としてここに立っている。何物でもない。我自身の意志によってだ。この世界を壊すことこそが魔王の真髄たる所以を、お前はまだ何も理解していない」
新たな魔法陣を創り上げる。今度は火球ではなく、水球。
「今度はこれを防げるかな?」
トプンと音が鳴り、そして落下してくるそれに、私はエルソルに魔力回復薬を投げ渡した。それを採り、即座に飲み干してハクジツに白金色に変色した最高峰の魔力を注ぎ込む。目を開くアルラス、高らかに笑った。




