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《世界》をエルフと共に  作者: カケル
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16/21

16 ダンス

「…………」


「起きたか」


寝ぼけ眼で、周囲に視線を向けるエルソル。ボーっとした顔で、間抜けにも髪を乱してぼさぼさだ。


「お前は寝相が悪いな」


「……そう?」


昨日まではベッドと向きを合わせて寝ていたというのに、いつの間にかベッドごとひっくり返して横向きに寝ているのだ。寝返りをしたのは解る。それからベッドを蹴散らせして壁に突き刺しているのが何とも。


「はあ……ここに寝かせる前に結界を張っておいてよかった」


定期的に彼を診に来る医者には気を付けるよう言っていたが、それでもむしろその医者が入院しそうになったのだから笑えない。いつもこいつが寝るたびに魔力で固定していたが、今回ばかりは重症のエルソルなら大丈夫だと思っていたのが失敗だった。


「まあ誰にでも失敗はあることだ。気を付けよう」


「えっと、何の話?」


「お前が目を覚ますのを今か今かと待ち望んでいる者たちが居るというのを考えていただけだ」


「ええ?」


カーテンを開け、エルソルを押し出してやると、病院前に集まっていた人々が一斉に沸き立った。

――エルソル様が目を覚ましたッ。

――エルソル様ご無事でッ!

――寝ぐせのついたエルソル様も素敵だわあ♡

と歓声が上がるも、当の本人は訳も分からず目をぱちくりさせていた。


「三日前、お前はガミルを斃したのだ。その話が国中に知れ渡っている。此処に居るものは、そんなお前を見舞いに来た人たちだ」


「えっと、多すぎない?」


町の大広間ですら収まりきらずに道の端にまで越しかけるその行列。


「ざっと一万人くらいはいるか?」


「そ、そんなに?」


王城の一室を借りて、そこで療養していたエルソルを、だが心配するあまり大勢の人間がここへやってきたということが、エルソルが如何に勇者であるかをはっきりと証明していた。


「支度しろ。お前のための祭りが開かれるぞ」


「ま、祭り?」


「そうだ、祭りだ。好きだろう? 人間は祭りが」


「えっと……エルフは好きじゃないの? なんか怒ってない?」


「……怒ってなどいない。お前は人気者で、勇者で、英雄なのだ。街へ行き、彼らを安心させてやるんだ」


「大勢の前はあんまり好きじゃないんだけどね」


「その前にこの城にいる王が、お前に礼を言いたいそうだ。身なりをしっかり整えてもらえ」


「ええ……」


そして私の陰からスッと現れたこの城のメイドたち。きらりと目を光らせて、各々に準備を始める。


「ちなみに全員が女だ。喜ばしいことだと思わないか?」


「えっと、うん、思いません」


「そう遠慮するな。貴様の処分は後ほど私が決めてやるからな」


「な、何の処分? なんでシエル様から罰を受けないといけないんだ? 僕、この国を救った勇者だよね?」


「ッチ……」


「舌打ち? な、何で舌打ちしたの?」


ちょっ、シエル様ッ――という声を、メイドたちに囲まれて掻き消えていくのを尻目に、私は部屋を出た。王城と言うだけあって廊下も部屋も全てが大きく、飾り付けられ、豪華だった。エルフの大地では女王であろうとここまでは飾らない。しても意味がないし、品格と雰囲気を身に纏えばどんな服であろうと上品に見えるものだ。


「人間は権力を持てば持つほど態度も大きくなるな」


廊下を歩く貴族を見ると、品もなければ図々しく、我こそがこの国の支配者だと言わんばかりの顔で歩いているのだから滑稽だ。やはり人間、そう本質が変わるわけでもないか。


「そこのお嬢さん、少しよろしいか?」


振り向くと、そこには二十歳を迎えそうな顔立ちの良い貴族が使用人を連れてそこに居た。髪をかき上げ、私に視線を向けてくるのが何ともうざい。


「エルフを見たのは初めてであるが、ここまで見目麗しく、そして美しいとは思いもしなかった」


「喜ばしい限りです、閣下」


「閣下とは、そんな壁を作らないでおくれ。私たちは互いに敬い、そして愛する仲ではないか」


愛し合う中にも敬う中にも成った覚えはない。そもそも初対面の相手にそうして一方的に話をすることこそマナーがなっていない。


「大空の如く美しいその瞳、きめ麗しい女神を彩った絵画のような肌、そしてすべての音色を聞き分けようとする素晴らしい耳もまた、なんと素晴らしいことか」


容姿をほめているのは解っているが、容姿をほめるのはエルフの間では忌み嫌われている。エルフが見るのは外ではなくその内、本質である。こ奴のように外見を気にして派手に着飾って、言葉を並び立てる姿はあまりに醜悪だ。酷いなんてものではない、あまりに醜い――。


「どうしんだいお嬢さん。もしかして、私の姿に見とれて言葉を失っているのかい?」


怪訝な目つきをどう解釈すればそんな言葉を吐き出せるというのだ。反吐が出そうだ。


「ここで立ち話もなんだ。この城の園で共にお茶を共にするのは如何か」


そう言って、私に差し出してくる手を、だが今回ばかりは断ることが出来ず、仕方なくその手に自らのを添えようとして。


「これはこれは王子様。私のパートナーに何の御用でしょうか」


と、私の手に会わせてそっと手を握ってくれた。


「国すらも包み込んでしまうほどの彼女の優しさと包容力に気づくとは、王子様は何て素晴らしい眼力をお持ちなのでしょうか」


そして腰にすら手を添えてそっと守るように私を預けてくるエルソルに、不意にも胸が高鳴ってしまった。


「これはこれはエルソル様。素晴らしい装いをしてなんと勇ましい姿でありましょう」


礼儀を尽くして頭を下げる彼に、エルソルも同じく頭を下げて礼儀を尽くす。


「しかしエルソル様、横やりはいけませんね。彼女を誘っている私の顔に泥を塗るつもりですか?」


「少々勘違いされているようですが、彼女の様子を見れば一目瞭然かと思われますがね。強引すぎる誘いは失礼に値するかと存じます」


「強引ではない。現に彼女は私に手を差し伸べていた。つまりは了承したということだ。それを横から邪魔をしたのはエルソル様ではないですか――」


「よい、エルソル」


彼の手を優しく手放し、王子の手を取る。


「お前の行いは過ぎている。この方の言うように、お前は私たちの邪魔をしたのだ。それがお前なりの気遣いであったとしてもな」


「ッ……」


苦虫を潰したように、だが反省するエルソルと、勝ち誇るように小さく鼻を鳴らす王子。


「閣下、私もかの者との戦いで疲れておりますので、少し風にあたるだけで済ませてもらえないでしょうか」


「ええ、勿論ですとも。私が不甲斐ないばかりに、気づけず大変申し訳ございません」

そして懇切丁寧に謝を示す王子。


「エルソル、まだきちんと支度が整っていないだろう。そこで困惑している方々をこれ以上困らせるな」


振り返り、おろおろするメイドたちを見て、エルソルは顔を伏せた。


「解った」


踵を返して歩いていくその後ろ姿。

まるで捨てられた子犬みたいで、流石に申し訳ない気持ちになった。


「それではお嬢さん、私の腕を取って。あちらのバルコニーへと向かいましょうか」


城の反対側へと続く廊下の先。

王子が大きなガラス扉を開けると、心地よい風が入り込んできた。

ここから魔族の領地が近いとは思えないほどの穏やかな風、そして落ち着いた空気を感じて、その先に広がる大地を、森を、山をしかと感じとり、その自然の空気を全身で感じていた。

王子に導かれるようにバルコニーへと足を入れ、そして手すりに手をかけて、よりその自然の光景を眺望した。

視線の先にある大きな湖。

太陽の光が水面を反射して、キラキラと宝石のように輝いていた。


「もうそろそろその演技を止めても良いと思うぞ」


「……お気づきでしたか」


傲慢な態度を崩して、王子は頭を掻いた。


「そこまでする必要はないと思うが」


「貴族や民に舐められるとそれはそれで問題ですので」


毅然として言い放った。

解らんでもない。しかし、やりすぎは駄目だろうに。


「ここは私のお気に入りの一つなのですよ」


先ほどのキザで嫌味ったらしい雰囲気はなく、それこそ誇るようにしてその場を至極落ち着いて眺めていた。


「自然は好きか?」


「ええ、旅へ行くときは必ず、こうした自然に溢れた場所に足が赴いてしまいます」


他者に対する攻撃性、そしてプライドの高さ。

だが何物にも属さない自然にだけはそうして心を許しているというなら。

確かに、私に声を掛けたのも頷ける。


「お前は人間とは会わない人種だな」


「窮屈ですよ。この国も、人間の世界も」


「それなら亜人の国へと赴いてみると良い。自然と共に生きる彼らとなら通ずるものがあるだろう」


「私は貴女が良い。他の何者でもない、貴女が」


そう言って私の目を見る緑色の瞳。この王族に生まれ持ったその瞳の色。自然の色合いと何とも合いそうなものだ。

私の手を取る手に力が入ってくる。

しかし私はその手を離した。


「私は貴方に興味がない。恋慕もなければ愛情もない。嫌い、というわけではないが、お前の好きなところへ行け。私の所ではないどこか別の場所へな」


指を小さく振るって、風を贈る。

木々が凪、湖面が揺らめき、山が躍る。


「貴方のこの先がより良いものになることをなることを願っている」


「……ありがとうございます」


だからこそ――。

お前はもっと外へ羽ばたくべきだ。

こんな窮屈な場所ではなく、もっと大空へ。

中に入り、部屋に戻ると。


「ほう……?」


ドレスコードされてビシッと決まったエルソルが部屋の中央に居た。髪は整えられ、燕尾服を身に纏い、これまでの冒険者風情の服装ではなく、しっかりとした、貴族さながらの印象へと変貌していた。

その少々落ち込んだ面持ちを除いては完璧だ。


「シエル様、僕は――」


「考えすぎるな、阿呆が」


その手を取り、踊りの態勢を取る。


「お前、踊りはできるか?」


「少しだけなら」


「ならやろう、ゆっくりでもいい合わせろ」


「解った」


手取り足取り教える必要はない。私の動きに合わせてエルソルは踊りだす。美しい動きとは言えないまでも、とりあえずは様になっていた。


「まだまだ下手だな、お前」


「細かい動きはあんまり得意じゃないんだよ」


「さっきのアレも、介入するにもタイミングがあるだろうに」

「申し訳ない」


と、落ち込むエルソルを見て、少しばかり楽しくなった。だが今回はグッと我慢する。


「お前の責任感は褒められる点ではあるが、自分を責めすぎるのは良くないな。もう少し気楽でもいいだぞ」


「僕は結構気楽な方だと思うけどね」


「私はそうは思わないが、来てくれて嬉しくはあった」


パッと顔を上げてきたタイミングで、私は視線を逸らしてまた戻す。


「もし来なければ、その頬を引っぱたいていただろうな」


「きっと首の骨が折れていたね」


私とエルソルが躍るのを見惚れているメイドたちから、ほうと息を吐く音が聞えた。


「――次の相手は魔王だ。死ぬ気でやれ」


「勿論、僕は何時でも死ぬ気でやっているよ」


「減らない口だな、全く」


最後にポーズを決めて、踊りは終わった。

そして始まるのだ。人類の存亡をかけた最後の戦いが。


「お前の行く末を最後まで見届けてやるぞ、エルソル」


「それは大変光栄だよ。シエル様」


二人揃ってクスリと笑った。

ほんの数週間の出来事。教え教えられ、学び学ばされた。私にとっては短い付き合いではあったが、非常に有意義で、頼もしい日々であった。こんなにも胸躍る気持ちと感覚は久方ぶりだ。この旅を共に共有できたことに永遠の感謝を。

そして――戦い闘い、死に物狂いで命をかけてきたエルソルに至極の敬意を。


「お前は本当に飽きない人間だな」


「それは何よりだよ」


二人揃って部屋を出た。


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