15 白金色
そういうや否や、身体が途端に重くなって全身をだらりと下げて、重量を持たされた奴隷の如く、エ自身の身体の変化に驚きを露にしていた。
「もっと殺せ、もっと斬れ。そうすればそうするほどに、ボクの魔力によってこの世界に干
渉できるようになった亡霊どもが、お前の自由を奪っていくのだ」
「うっ」
首を絞められてか、息苦しく呼吸をして、魔力を殊更開放するエルソル。
呪いの魔力によって干渉する魂ならば、魔力をより発散させて追い払えばよい。だが、呪いの魔力にギリギリ対抗できるだけの魔力で抑え、出来るだけロスの少ない魔力の運用をして戦っているというのに、ここに来てさらに亡者どもに魔力を使わなければならなくなったのだ。
チラリと下を見るエルソル。
奴の魔力が他の魔族どもと繋がっているのであれば、先に魔族どもと仕留め、命のストックが無くなったガミルの本体へと攻撃を叩き込むのが賢明だと。
だがどちらにせよ、魔力を消費することに変わりない。
どちらを取ろうと、エルソルにより負担が加わるのは知己の事実だ。
「さっさと死んで楽になれ。この世界を支配するのは、我が君なのだから」
呪いの魔力が最大限にまで強められた。それに伴ってエルソルの魔力がさらに減っていき、亡者どもの数も増えていく。数にして千はくだらない。もっと増えていく。
「この世界は無念なる魂に溢れている。この世界は残酷だ。こんなにも愚かな者たちがこの世に留まろうと躍起になり、しがみつき、執着しているのだから」
指をエルソルにかざすと、エルソルの魔力にぶつかった四天王の魂が三つ。
殺意を宿してエルソルへと襲い掛かった。
「こんなになってでもこの世にしがみつき、お前を殺したいと願う阿呆が三人もいるんだ。これを有効活用しなくてどうする?」
他の亡者よりもあまりに強大な魂のそれに、しかも四天王の魂に襲われて――。
エルソルの魔力がさらに減少した。
対抗するために、その膨大な魔力をどんどん減らしているのだ。亡者の想いや生前の強さによって、世界へ干渉する程度は個体によって変わるが、四天王ともなるとその動きは暴力的だ。ザアルは巨大な魔力の塊を、ネルソンは無数の鋭い魔力を、バハルザードは幾星霜もの魔力の糸を。
生前に比べて威力は劣るとはいえその手数、その強度――今のエルソルに耐えられるはずもない。
「く、う……」
強固に展開した魔力の壁が徐々に弱まっていく。
奴らの魔の手がエルソルに届くまで時間の問題だ。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね――」
怨念のこもった声でそう言い放つガミル。
魔力が明らかに消費されて消えていく中で、だがエルソルに諦めた様子はない。
「呪いの魔力でも、魔力は魔力」
「ッ……あのバカッ!」
黄金の魔力を切り捨てて、その膜が、壁が、守りがすべて取っ払われた瞬間。
エルソルに向かって呪いの魔力が膨大に取り囲んでいくのが解った。
「バカだねえ~、自分から魔力を切ってしまうなんて、諦めた諦めた、フフッ」
ここぞとばかりにガミルは殊更呪いの魔力を放出させて、エルソルに向かって魔力の波を送った。四方八方縦横無尽に襲い掛かるそれらを、エルソルは何の守りもなく蹂躙され、身体が闇色へと変色させて、瞬く間にその身体の生命を、命を枯らしていく。
「もう死ぬ、もう死ぬ。今度はお前」
ギョロリとこちらに視線を向ける奴に、だが臆しない。死に絶えてなお怨念を携える四天王どもに、だが私に関係のないことだ。このままだとエルソルは死ぬ。だが手を貸してやることはできない。見殺しにしたくはない。心から湧き上がる不安と恐怖。エルソルが居なくなるこの感情を、今も抑えている私をほめてやりたいくらいだ。こぶしを握り締めすぎて、掌から血が流れるくらいだ。
「仇くらいは取ってやる……」
魔王を殺すのとは違う。私がやるのはあくまでガミルだけ。それなら《世界》からの干渉はそこまでの力は及ばないはずだ。弔い合戦くらい――一瞬で終わらせてやる。
「呪いが想いなら、僕の想いもまた、呪いなのだろう」
「ああ~?」
「……エルソル……ッ」
呪いの魔力の渦の中心で、だが声が聞こえた。健全とは言えないが、彼はまだ生きている。尋常ではない死者の念に、そして苦痛に囲まれながらも、その身体は朽ちず、魂は壊れず、辛うじて彼はそこにいた。
「僕の想いは誰にも負けない。助けたいという気持ちは、誰にも」
ハクジツすらも真っ黒に染まったそれを握りしめ、刃を振るった。
切り裂かれる死者の魂。浄化されて消えていく。
「やることは斬るだけ」
死者たちの魂を次々と切り払い、そしてこの世から切り離していくその光景を。
「呪いを切る、切って斬ってキリ捨てるッ」
無念を抱き、恨みつらみを抱くことしか出来なくなってしまった彼らを、相対した者さえも強欲に助けたいという想い。救いたい――世界に繋ぎ留められた憐れな魂を救う。救済。傲慢で、だが優しいその行いを。
「ザアル、ネルソン、バハルザード――静かに眠れ」
彼らの魂さえも切り捨て浄化し、この世から切り離していく。周辺の魔力を根こそぎ飲み込み、四天王三人の魔力すらも凌駕して振るわれた三度の斬撃によって。
彼等を最後に魔力がエルソルの中へと吸い込まれていった。
「なぜ、何故何故何故なぜなぜナゼナゼ」
怒りを交えた呪いの魔力をエルソルにぶつける。
一瞬にして包み込まれて真っ黒に染まる彼だが、しかし何事もなかったかのように元の姿に戻って呪いを払っていた。
「クソクソクソクソクソッ」
「お前の想いも解った。その怒り、その憎しみ――全部僕が引き受けてやる」
「解ったような口を利くなッ!」
エルソルへと急接近して両手を真っ黒に染めて、彼の首元を掴んだ。
「しね、死ね、死んでしまえッ」
「もうダメだよ」
しかし、呪いの魔力によってエルソルの身体に変化は訪れず、彼の肉体を破壊することは出来なかった。ガミルの表情が死神のような冷たく、そして目を開いて――。
「君ではもうダメなんだ」
「あ?」
ガミルは自身の胸を見た。
そこに突き刺し込まれた一振りの刀。
白金食に染まった、エルソルに纏う魔力と同じ色をしたハクジツの刀身があった。
「い……」
溢れ出る血液と、その感覚に。
ガミルが叫ぶ。
「イタイイタイイタイイタイイタイイタイ、痛いイいッ!」
ハクジツを抜こうと刃に手を触れようとして、だが触れた途端にボロボロと崩れ落ちるそれらを、ガミルは震えて見ていた。
「ボクは、ボクはあああッ!」
ズッと、エルソルは彼を抱きしめながらハクジツを奥へと突き刺し貫く。
「あ……」
「もう終わりだよ、ガミル」
ボロボロと崩れ落ちていくガミルを見つめながら。
「魔王も斃す。必ずだ」
そう言い放つと、ガミルは悔しそうな顔をして――消えていった。
「…………」
その場に呆けて、空を見ているエルソル。
身も心もボロボロで、今にも倒れそうにフラフラとしているエルソルだが、何故か今はそっとしておくのが良いと思った。
近づいて彼を見守っていると、突然魔力が切れて落ちていくのをそっと抱えた。
「お前は本当に――」
息を立てて気絶している彼の顔を見て、私は小さく笑った。
「少し休憩が必要だな」
地平線の先――そのさらに先にある魔王城を魔力で確認して。
玉座でふんぞり返っているだろう奴を、私は睨む。
「もうすぐだ。もうすぐ――」
下からの大きな歓声を耳にしながら、私は下りていく。
彼をたたえようと続々と集まってくる人間たちを、だがじろりと見てその動きを止めた。
「静かにしろ。祭りなら街に帰り、こいつが目を覚ました後でもいくらでもできるだろう?」
そう言うと、皆口を閉じて、動きを落ち着かせて、膝をついた。ぎこちない奴らも多かったが、それでも倣って頭を下げている。
「お前が守った命だ。誉なことだぞ」
ここから近い街へと向かう。
この旅の終わりがそろそろ近い。




