14 ガミル
「ガミルッ!」
魔力を解放し、周囲を黄金の魔力で満たしていく。魔族の発する魔力を飲み込んで無力化してしまうほどに強力な一手で、戦況が一変し、時が止まったように静まり返った。
血肉と武器と魔法が入り乱れる場所には似つかわしくないその静寂さに、だが誰も動けない。
「……アア、勇者エルソル……」
何も無い虚空に転移ゲートが開かれ、現れ出た一体の魔族。
四天王ガミル。呪いを操る、死神のような魔族。
身体中に巻き付く鎖をジャラジャラと立てて、だらりと腕を下げてエルソルを睨んでいた。
「エルソルエルソルエルソルエルソルエルソルうう~ッ」
呪詛のように彼の名前を連呼する。
身体を掻きむしり、へし折り、引き裂くもすぐに回復してはそれを繰り返す。
「お前を、お前を殺す。殺して殺して、死んでも殺し尽くすしてやるッ!」
叫び声、なのだろうか。
キイイイイインッと響き渡る高周波の音に耳を塞ぐ一同。
だがエルソルだけは居に構えて、ハクジツをスラリと抜いた。刃に魔力が走り、ハクジツの悦ぶ波動を感じとれた。
「斃したいのは僕も同じだ。ケリを付けよう」
「殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロス……」
目玉だけを動かしてギョロリと向けた。
呪いの魔力が周囲へ放出され、魔族が合わせて逃げ出すも、間に合わない者は是非に呪われてもがき苦しみ息絶えた。
人間と魔族との間に立つエルソルによって、人類側に影響はない。
黄金の魔力がそれを防ぎ、その後ろへと呪いの魔力を辿りつけないようにさせていた。だがエルソルの魔力が呪いの魔力に触れて徐々に黒く染まっていくのが解る。それがエルソルに届かないように、彼自身半永久に魔力を消費させて防いでいる。
「何した? 何シタ?」
呪いの魔力がエルソルに届かないことに首を傾げるガミル。エルソルの魔力を侵食しているのは解るのに、それ以上の進行がないことに。
「魔力すらノロウ、なのに何で呪われナイ?」
如何に大量の魔力を解放しようと、魔力そのものを呪うその魔力を防ぐことなぞ普通はできない。
「少し餞別を頂いてね」
宝石の一つ。
呪いによる影響の排除と回復、そして耐性。ただしその耐性は長くは持たない。
「早くその死に顔がみたい。みてみたいのにいい……」
顔を掻きむしって皮膚を、骨を露出させて。
「足りない、タリナイッ」
ガミルがより呪いの魔力を解放した。怨念と憎悪といった負の感情の全てが宿った魔力が、エルソルの魔力を徐々に侵食していく。
「くっ……」
ほんの一部の片鱗がエルソルに近づき、触れてもいないのに腕の一部が黒くくすんだ。地獄のような苦痛がその部位に訪れ、声を上げる。
呪いの武器によってつけられた呪いとはわけが違う、直接的なその魔力にはさすがに宝石の耐性が無ければすぐにやられていただろう。
「ハクジツ、斬るぞッ」
呼応して、ハクジツの刀身の魔力がより大きく輝きを増した。
白金色へと変化するエルソルの魔力。
光と闇。
対比するにふさわしい言葉がそれだった。
――飛ぶ。
刹那の動きだった。宙に浮かぶガミルに合わせ、エルソルはハクジツをすれ違いざまに振るった。真横に一刀両断されるガミルの身体。血しぶきを上げて、内臓を露出させる。ズルリと身体がズレ落ちそうになり、それを支えるガミル。傷口が合わさり、代わりに近くにいた魔族の身体が横に切り捨てられた。
「ボクの命は、この下にある魔族の命の数だけある、そう、思っていい」
うすら笑いを浮かべるがガミル。エルソルはそれを見て、だが冷静になって事に応じる。
「……下種が」
正直ガミルの本当の強さはその呪いの魔力だ。彼自身が強いかと言うと、魔力の大きさを見てそこまで強いとは思わない。抑えているわけでも、手加減しているわけでもない。それが彼の純粋な強さであり、エルソルに間合いを容易く詰められてしまうのもまた彼自身の強さの底だ。
だが、存在するだけで強い。
その強大な呪いを周囲に放つだけで、感染した者は漏れなく苦痛を味わって死ぬ。その魔力の強弱によって生かすも殺すも自由。苦しめるも苦しめないも本人の意思によって如何様にでも変えられてしまう。
「ボクを殺せる? ムリムリ。苦しんで死ね」
解放される魔力に乗せられた圧倒的な負の感情。身体だけでなく魂すら破壊してのけるそれを、だがエルソルは黄金の魔力によって防ぎながらハクジツを振るう。振るい続ける。幾つもの太刀筋を浴びせられ、何分割にも切り裂かれていくガミルだが、その下の生存する魔族の身体がそれに合わせて切り刻まれた。
元に戻る身体に伴い伸ばされた手を、エルソルは両断する。
「痛みが無いカラね」
身体を捻じ曲げ、本来なら曲がらない方向へと関節や骨を湾曲させ、さらには伸ばし、縮ませ――身体がどんな形態、どんな状態になろうとも、これと言った攻撃方法もなく触れようとするだけの攻撃を仕掛けてくるガミルに、エルソルはサッと避けて何度も攻撃をいなしていた。
痛みが無いというのは本当らしく、動きに微塵のぶれもない。痛みによる反射的な反応もなく、手を、脚を、身体を伸ばしている。それでも、ただの魔力だけで疲弊するそれを、触れられればひとたまりもないことくらいは容易に想像できる。
「追いかけっこは好きだけど、そうすばしっこく何度も逃げられるのは好きじゃないなあ」
ニヤリと口角を歪めては、徐々に動きを鈍らせているエルソルを確認して、楽しそうにしていた。
下の魔族はまだ半分ほどいる。これでも何百と相手してきた太刀筋の回数に、だがエルソルの体力が先に底をつき始めていた。ただでさえ呪いの魔力をはじき返すために魔力を解放し、ハクジツにまで魔力を通してガミルの身体を切り刻んでいるのに、完全に防ぎきれない呪いによって体力もじわじわと削り取られているのだ。
「ボクの命を、魔族どもの命を削れば削るほどボクを殺せる時期が近づいてくる。あと少しだ、なんて考えているのかもしれないけど、むしろそれが良い。ボクにとっては最高の状況だよ」
ガクンと宙で足を取られる――宙にて取られる物は無い。瓦礫も死体も何もない場所で、そんなことは起こりえないはずなのに。
「……ッ!?」
足を引き抜き、ガミルの手を躱した。軽くなった足をチラリと確認しながらもエルソルは攻撃を仕掛ける。
「ッ!?」
振り上げた腕が急に重くなり、またも動きを封じられる。
目の前に迫った攻撃を寸での所で躱し、重くなった腕を強引に動かして距離を取る。
「オマエはもう終わりだよ。お前が殺した魔族どもの無念を知るといいさ」
「何だと?」




