12 お酒
「さすが、エルソル様だ」
祝福会が設けられ、街の中心にて人酒を飲んでは騒ぎ、肉を食べては騒ぎ――解放の宴会を楽しんでいた。
バハルザードが息絶えたことで、街の人たちの制御が解放され、反乱の意思は瞬く間に国中で発生した。迅速に対応したのは冒険者たちだった。強い魔族はエルソルや私が斃したことで、比較的余裕をもって魔族たちを追い返したのだ。
「エドガーはよくやった」
「俺は、エルソル様にやられてただ寝ていただけだしなあ」
「あなたが先導してきたからこそ、皆諦めずにやって来れたんだ」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
照れくさそうに、外付けのバーカウンターに置かれた酒を一気に飲み干した。
「主役のあんたは行かなくてもいいのか?」
チラリとこちらを向いてくるエルソル。
酒豪大会ならぬ大会が開かれ、何故か私が参戦しており仕方なく酒を大ぐらいに飲みほしているところだ。
「僕は正直、目立つのが好きじゃないんだよ」
エドガーによって無理やり突っ込まれたエルソルが、こっそりと私の名前に書き替えていたらしい。私も酒が好きだから別に構わないのだが。
庶民の恰好をして、エルフの姿をさらして、私は煽るように酒を飲んでいた。まだ一升しか飲んでいないのだぞ。まだまだ持ってきてもらっても構わない。
そう手招きすると、会場がざわめく。私はまた酒を口にする。
「あれだけ派手に暴れておいて目立つのが嫌いってのはおかしな話だ」
クスリと笑って、エドガーは酒を少し口にした。
「だったら君があそこに立てばいいじゃないか。シエル様と勝負するのが目的になったあの会場でね」
「遠慮する。あんな酒豪に勝てるわけねえよ」
「酒を注いでくれる人でも探すのはどう?」
と、エルソルが向けた視線の先には、リーダーを慕う複数の女性たちが見ていた。抜け駆け禁止と言う暗黙の了解のもと、不用意に近づかないのだろう。別の見知らぬ女性がエドガーに声を掛けようとして、集団に睨まれてそそくさと何処かへ消えていった。
ちょいちょいと手を伸ばして手招きするエルソル。気づいた女性たちが一斉にやってきては、エドガーに近づいて話しかけていく。
ワッとなる席上で、エルソルはそっと席を離れた。
が、途端に彼を取り巻く別の女性たち。
少しばかり苦笑いするエルソルだが、優しく丁寧に対応して、彼女たちを楽しませていた。
「…………」
唐突に胸の奥に飛来する怒りの感情に、目の前に座る勝負相手を無視してさらに酒を飲み込んだ。立て続けに飲み干して、周囲をアッと驚かせた。
少し頭がフラフラしてきた。これでもう三十人抜きという記録だ。まだまだ伸ばし続けるつもりなのだが――。
「もうそこまでにしておいた方がいいよ」
酒を禁止されて一口も飲んでいない彼に、口に運ぼうとしていたジョッキを止められた。
「何を言う、私はまだいける。勝負の邪魔をするな」
「顔は真っ赤だし身体もふらついているし、それ飲んだら多分倒れるよ?」
「まだいけるって言ってるんだから放っておいてやれって」
面白おかしく言うやじ馬に、私も気分が上がってそのジョッキを無理やりに動かして飲み干していく。
「もう相手いないのに」
そう言われて気づく。
目の前にいたと思われる男はただの椅子の背もたれで、周囲に促されるがままに私は一人で酒を飲み続けていたようだ。
「関係ない。飲めば呑めば盛り上がる。そんな単純な話ではないか」
――いいぞいいぞー。
――やれやれーっ。
と、周りがはやし立ててくる。
それにつられ、私はさらに運ばれてくる酒に手を伸ばして、浴びるように飲み干して――。
「ていっ」
サッとジョッキを奪い取られた。
近くの野次馬に手渡し、私の腕を掴んで膝を抱え上げられた。
「もうまともに立てないでしょ? あっちの方に宿があるからそっちに行くよ」
建物のほとんどが崩れ去り、瓦礫だけとなったこの街で、だが王宮の魔法使いがそれらをすぐさま修繕した。負傷者はいれど、死亡者が居ないという奇跡的なこの時を、全員が祝ってどんちゃん騒ぎ。
なのに私はこうして担がれ、近くの宿へと連れていかれようとしている。
「お前、大胆だなあ。私を襲うなんてこと」
せき込むエルソル。
「人聞きの悪い。もう休んで次の街に行かないと――」
「少しくらい滞在しても良いだろう? こんなにも素晴らしい、屈強な国なのだぞ? 楽しまなくてどうする?」
「完全に酔ってるね?」
ため息を吐くエルソルに、だが私は不満を抱く。
「私は酔ってなどいない。もっと酒をくれ。私は酒に強いのだからな」
「はいはい」
私の身体が魔力で包み込まれていくのが解る。優しくて暖かいエルソルの魔力。少しだけ気分が落ち着いた。
「シエル様にしては珍しいことだけどね」
そう言って、中心地から離れた場所の宿へと入っていく。細かいところまで修復されているわけでなく、装飾品などはほとんどなかった。それでも簡易的な家具は一通り直っているようで、私を抱えたまま受け付けを済まし、少し恥ずかしい気分でそのまま二階の部屋へと連れて行ってもらった。
「入り口で下ろせと言っただろう?」
「また酒だ何だと言って、どこかへ行かれたら困るから」
「少し落ち着いたのだからそんな横暴はしない」
「ほんとかなあ?」
と、疑ってくるのがまた不服だった。
扉を開けて中に入ると、部屋も質素な作り。ベッドとテーブル、そして椅子と棚ぐらいだろうか。
片方のベッドに寝かされ、そのまま布団を掛けられる。
「私はまだ寝ない」
「疲れてるでしょ? 僕も、シエル様が寝たらすぐに寝るつもりだし」
「私は子供ではない」
「傍にいないと落ち着かないだけだよ」
「…………」
唐突に私の目を見てそういうものだから、不意を突かれて胸がドキリと跳ねた。
感じたこのない感覚に戸惑うばかりで、エルソルの顔を直視できずに視線を逸らす。
「シエル様の目って綺麗だね」
「な、何を言い出す」
「初めて会ったときからずっと思ってた。その青く澄んだ、空のように自由な瞳が」
「……それがどうした」
にこりと笑うその表情に、また心臓が跳ねた。今度は脈が何度も大きく高鳴る音がして、息苦しい感じがする。
「大丈夫?」
顔を近づけてくる彼に、殊更心臓が高鳴った。
ぎゅっと目を瞑って、布団を被る。
「何でもない。少し頭痛がしただけだ」
今度は背を向けてそう言った。
「それならいいんだけどね」
と言って離れていく。
少しホッとする。だが寂しい気もした。
「……ッ!?」
頭を撫でられた。
優しくて柔らかい、大きな手だった。
「痛いの痛いの飛んでいけ~」
「……なんだそれは、そんな言葉初めて聞いたぞ」
どの文献にも存在しない言い回し。それでいて子供をあやすように発する幼稚じみたかけ言葉。
「母さんが、僕が小さいころによく使ってくれた言葉さ。遠い遠い国で使われていた、怪我の痛みを治す魔法の言葉だとか」
「魔力を使わないのか?」
「使わない。言葉だけで治すんだって。言葉には不思議な力が宿るから、人の悪口とかを言うと自分に帰って来るし、良いことを言えば良いことが帰って来るって」
「何とも不思議な、まじないみたいなことを言う母君だな」
「そうだね。でも、そんな不思議なところが、父さんは好きだってよく言っているよ」
「親子そろって不思議な人たちだ」
「ははっ、よく言われるよ」
「勿論、その中にはお前も含まれているがな」
乾いた笑みを浮かべて、だが私に微笑みかけるのが何とも。
「……お前、実はモテるだろ?」
「あんまりそう感じたことはなんだけど」
「何とも女泣かせな男だ」
「そうかな? 今はシエル様を泣かせないよう必死だけど」
「そういうところだろうが……」
今度は急に顔が熱くなって、酔いがひどくなっていく気がする。
「もういい寝るッ」
「何で怒ってるの?」
「知らんッ、話しかけるなッ」
ベッドに手をかけて私に近づいたところで、その手を滑らせて私の上に落ちてきたエルソル。覆いかぶさるようにして私の目の前にまで急接近してきた。
「……ッッッ!?」
「か、顔赤いけど大丈夫? さっき受付けの人に水を持ってきてって――」
「お客様お待たせいたしました。お水を二つお持ちさせて――……失礼致しました」
扉を開けて入ってきた受付が私たちを見て、気まずそうに扉の近くの棚に水を置いてそっと扉を閉めて出ていった。
ますます身体が熱くなるのを、だがエルソルは涼しい顔でいた。それが余計に腹が立った。
「さっさと離れろッ」
「ごふっ!」
肘を思い切り鳩尾に喰らわせてやった。九の字に折れ曲がり、後ろへと倒れていき、うずくまって悶絶する貧弱者を、私は絶対に忘れないだろう。
「お前はそこで寝ろッ。その冷たくて固い床で寝るのがお似合いだッ」
こっちに手を伸ばして慌てるエルソルを完全に無視し、ベッドの周囲に結界を張って、物音も振動も何もかもを遮断して、私は目を瞑って寝た。




