11 魔力糸
「シエル様ッ」
脚に、腕に、身体に、首にと。
動きを封じられていく。
「嗚呼、ここで頭打ちか」
私の四肢を引き裂くほどの力には至らずに、私の自由を制限するほどで止まった力の上限に肩を落とすバハルザード。魔力糸で身体を作り上げ、私を舐めるように見つめる視線が気持ち悪い。
「どうせならここで犯すか」
「……」
「ば、バハルザードッ!」
エルソルが叫ぶも、バハルザードは私の服に手をかけて破り捨てる。
「その威勢の良い顔が屈辱に歪むのが楽しみだ」
奴の一物が私の身体に触れた。
気持ち悪い感触が全身を撫でた――。
「それじゃあ遠慮なく――ごっ」
頭を蹴り飛ばされて街の彼方へと吹き飛んでいくバハルザード。
私を拘束していた魔力糸を全て断ち斬り、エルソルに抱き留められた。
「今度は守るッ、絶対にだッ!」
繭から脱出するに至り、身体を削ぎ落してでもそうして、身体中を血だらけにしてハクジツを握りしめていた。魔力によって身体の傷が少しずつ癒え、異次元収納から羽織を取り出して私に被せてくれた。力強く、抱き留められていた。
「ごめんなさい、シエル様」
「……気にするな」
その身体の体温が温かく、私はそっとその胸に顔を埋めていた。
「危うくバージンを失うところだったよ」
「……え」
「初心な奴だな、お前は」
「……え、あ、その、それ本当?」
「さあな、どちらだろうね」
と、顔を真っ赤にして逸らすエルソルを、私はニヤニヤしながら見ていた。
やはりまだ十代。まだまだ若いな。
「ちゃ、ちゃんと見えないように羽織って、下からも見えないようするんだよ」
と、いそいそと羽織を整えてくれるエルソルが、無性にかわいく見えて仕方が無かった。
「まだまだ子供だなあ、お前は」
「うぐ……っ」
ハクジツを落としそうになったのを、私はくすくす笑った。
「随分と余裕だなあ、おい」
魔力糸を通して聞こえてくるバハルザードの声。
奴の身体は遥か彼方だが、それも解けて周囲に漂っていた魔力糸へと姿を変えた。
奴はもうすぐそこだ。
「そう見えるんだったらそうだろうね」
私は二人から離れていく。
再び彼らの間で激しい殺意がぶつかり合った。
「今度こそケリを付けよう」
「貴様に言われるまでもない」
魔力糸が周囲全体を覆い、魔力がハクジツへと集まっていく。
しばしの静けさ。
そして――。
二人が動く。
まとめられた糸の束がハクジツとぶつかり合う。少しの鍔迫り合い。
そしてその束が解けてハクジツ共々エルソルに巻きつき、彼を大きく宙で振り回す。目を回す彼をそのまま地面へと叩きつけ、街中に大きな地割れを作り出した。
――糸の雨。
無数の糸の弾丸が発射され、街を覆い尽くしていった。この戦闘が始まる前に町の人々は地下へと沈めているため、彼らに被害が出ることは無い。しかし、その無限に続く糸の弾丸は、街を容易に破壊し、エルソルに長時間降り注ぐ。瓦礫の山に埋もれ、無尽蔵の物量でダメージを延々と与えている。
見る影もないほどに破壊しつくされた街に、それでも放ち続ける糸の弾。
羽織をぎゅっと握りしめるのを、バハルザードが見ていた。
「こいつを片付けたら今度はお前だ。楽しみだなあ、ほんと」
その下卑た笑みを見るのが堪えられなかったが、だがそれでも不思議とエルソルが負ける想像なんて浮かびもしなかった。
「そんなに余裕で大丈夫?」
「あッ?」
降り注ぐ糸の雨――だが煙が晴れ、その下では糸に対抗する無数の光の刃が、糸とぶつかり合っていた。
「放出、収束、そして操作」
と、呟きながら、ハクジツを糸が向かってくる方向に向けて、魔力を形成して放ち続けていた。
金色の刀身の刃。
星間を巡りめく流星群の輝き。
「この、死に損ないがッ!」
さらに勢いの増した滅多打ちにされる糸のそれ。
呼応するように、今度は黄金の刃が爆発を引き起こしてその威力を相殺していった。二人の間で巻き起こる爆発の連続。
物量対物量。
「ッ!?」
バハルザードが振り返り、糸の剣で何かを止めた。
甲高い音が響き、何かとぶつかり合う。
「首を取れると思ったのに」
スウッと現れたエルソル。
だが当のエルソルは下でまだ刃を放っているのが見える。
エルソルの本体は上側。
そして下側のエルソルは偽物。
「器用な真似ができるようになったじゃないか」
「あんたの魔力の流れを見て何となくやってみたんだよ」
「何となくってのは納得できないなあッ」
本物と偽物のエルソルがほぼ同時に薙ぎ飛ばされ、その両方に向かって、糸の雨が向けられた。
「その手はもう見飽きているッ」
エルソルはさらに分身体を作り出すと、分身体を突っ込ませていく。さらに黄金の刃も追従させて、前方からの物量に対抗しながら距離を詰めた。
次々と分身体と刃が消える中で、だが本体の持つハクジツが、バハルザードの胴を分断させた。
「……ッ」
解けて鋭い棘へ変化して襲い掛かってくる。躱しても避けても追ってくる追尾型のそれらを、黄金の巨大な盾を生成して防ぐ。
のだが、その棘山を後ろから突き破って突進してくる一本の槍。
易々と盾を貫いて、エルソルの腹を抉った。
「ぐっ……」
「エルソルッ」
叫び、咄嗟に回復魔法を唱えようとして――。
「心配しないでよ、シエル様」
抉られた腹を魔力で治療しながら。
口から血を吐き出しながら。
エルソルは微笑んでいた。
「大丈夫だ」
その姿を見て、目元が熱くなった。
「調子に乗るな小僧ッ」
手をかざすバハルザード。
その動きに合わせて、この土地の全てが糸へと変わり、津波のように彼へと押し寄せた。
黄金の結界が私を包み込み、身を護る。
「エルソルッ」
「少しはカッコつけたい気分かな」
そして呑み込まれてしまった。
エルソルをひねり潰すように糸が集まり、ぐしゃぐしゃに圧殺していくその様。
あの量の魔力の糸だ。これではもう――。
高笑いするバハルザード。
奴に鋭い視線を向けて、魔法を爆発させようとして。
「駄目だよ、シエル様」
スパンッ、と巨大な刀剣が八つ、糸の塊から突き出しては切り刻んでいった。
中から姿を現すエルソル。
治療に注いでいた魔力を遮断して、手の中のハクジツへと魔力を集めていた。
「この、くたばり損ないがッ!」
街中の糸を一つに、固く圧縮させて、重く大量に束ねたそれらを、鋭く尖らせたそれを。
一切合切を破壊する圧倒的な一撃をもって放たれる。
「怖いねえ。ほんと」
ハクジツの形を魔力によって変えた。
一本の槍。
全ての魔力を、一切の無駄なく集めてはより鋭く、より繊細に、より破壊的に作り上げたそれ。
大きく振りかぶって投げ飛ばした。
一直線に飛んでいくそれ。
バルハザードが繰り出した破壊的な糸の束から正面から打ち砕き、突き進み、貫きながら、バルハザードの心臓を貫いて行った。
「が、か……」
魔石を破壊された奴の身体が、ボロボロと砂のように崩れ去っていく。何も残らず空気の中へと消えていく。
「……はあ、はあ、もう無理」
魔力切れと感知していない腹の傷によって、そのまま地面へと落下していく。頭から地面に叩きつけられそうになるのを、私が間一髪抱えて防ぐ。しっかりと抱き止めて、膝の上に頭を乗せた。
「まったく、無茶ばかりする」
「無理しない戦いなんて一度もなかったよ」
身体をボロボロにして、傷だらけになった勇者の姿。私は息を吐いた。人のため、如いては自分のために戦い続ける彼に胸打たれる瞬間はいつまでも。
「また片づけをしないといけないな」
エルソルにそう言うと、彼はため息ではなく笑顔を見せてくれた。
「片付けも勇者の仕事だよ」
と、何でもないようにそう言った。




